竜より強い謎の美少女
どれだけの距離を歩いただろうか。きっと引きこもりにとっては、かなり辛いだけの距離を進んだのだろう。
すでに息は上がり、足も痛い。
そもそもな話、ベッドの中から召喚されたのだから裸足なわけで、物理的に痛いわけだ。
「あぁ、家に帰りたい。ニート御用達のポテチとコーラを片手に、食っちゃ寝の生活を……コーラ嫌いだけど」
と、その時だった。僕の背後で、なにかが折れる音がしたのは。
木にしてはおかしい。あれはまるで鉄がへし折られたかのような音だったわけで。
そこまで考えて、僕の周囲の木がどんなものなのかを思い出してしまった。
背後を恐る恐る確認して見れば、そこには竜がいた。
蛇の容貌のものではなく、ファンタジー世界ではよく見られるトカゲのようなもの。
口元からは時々火が溢れていて、それに焼かれた葉が一瞬で燃え尽きていた。
それと相対するのは、1人の幼い少女。
年は12ほどか。腰あたりまで伸ばされた白金色の髪は、陽光を反射して輝いている。愛らしく開かれた瞳は、血に濡れたような紅色だった。
背は140後半から150前半程度。身に纏う白色の装束のようなものは、ところどころがほつれていた。
まるで妖精のような少女だと、そう思った。
「まだこのような所にトカゲがいるか。妾は今、機嫌が悪い。逃げるのなら、今のうちだが?」
鈴のような声が辺りに響いた。それに呼応するのは、竜の唸り声。それと同時に口からは、身を焦がすどころか、消し炭すら残さぬほどに熱量を含んだ炎が放たれた。
それは当然少女に向けられたものではあるが、広範囲にも及ぶそれは僕にも向かってきていた。
「ブレスだけは次第点をやってもよいが、そんなものが妾に当たるとでも思っているのか?」
少女は左手を掲げ、それを無造作に打ち払った。
たったそれだけで炎は消え、それどころか竜の巨体を怯ませた。
「消えろ」
少女がそう呟くと、竜の巨体が突然消えた。
いや。竜だけではなかった。
竜の背後にあった木々が、地面が、なにかに抉られるかのようになくなっていたのだ。
そこにはなにも残っていない。あるのは破壊のあとだけ。
自身より幼く見える少女の持つ力に、僕は恐怖を抱いた。無意識に体は震え、全身冷や汗をかいている。
それでも視線だけは少女に向けられたまま。
「ん?汝、いつからそこに?」
今気がついたとばかりに僕の方を向いて、少女は言った。
いや。実際に気がついていなかったのだろう。
先ほどの竜に比べれば、僕なんて蟻以下の存在なのだから。
その価値すらもないのだろう。
「感じられる魔力量は、皆無。容姿も平凡。見たところ武に秀でたわけでもなく、戦う術を持たぬ一般人といったところか」
綺麗な顔を歪め、少女は解析するように呟いていた。
「ふむ。とりあえず妾は今、腹が空いている。供物を捧げれば、見逃してやる」
供物?と一瞬頭に疑問が浮かび、やや間を置いて納得する。
「ああ、食べ物のことか……すまないけど、僕は食べ物を持っていない。というか今着てる服以外には、一切の持ち物すらないから」
「ほう。では汝の血を貰おうか」
血?と思った時には遅かった。
少女はあーんと、大きく口を開けて僕の首筋にかぶりついた。その時、犬歯が鋭く尖っていたのを、僕は見てしまった。
だから気がついてしまったのだ。
目の前の少女がただの人間ではなく、その牙と血を吸われている現状から、吸血鬼だということに。
「ふむ。血の味は、中々のものだな。つい癖になりそうな後味と香り。決めたぞ。汝は今日から、妾の眷属だ」
初めて出会った人外を前に思考放棄をしていると、若干目がイッてしまっている彼女がそう言った。
当然、それに僕は気がつかなかったのだが。




