第八話
「それでスズちゃんはどう思う? 長谷川さんのこと」
「どうって、村瀬にも色々聞かれたけど、私は一度も長谷川には会ったことないよ。由美花はある?」
「私は一度だけ。って言っても見ただけ。ゆっこちゃんのあとをこっそりついて行って物陰から」
「へぇ。どうだった、生の長谷川は」
あーしの中にあるのは、村瀬が描いたど下手クソな似顔絵の印象だけだ。
「格好いい人だなって思ったよ。優しそうだったし」
ほぉっと思った。恋は盲目状態にある村瀬の言葉なんか、いくら聞かされたところで話半分どころか三分の一程度もあればいい方だ。なのでこうした冷静な目を持った第三者の意見というのはかなり重要だ。
「なら結構なことじゃん。何か問題なの」
そう、何も問題がないのなら、由美花がそもそもあーしを訪ねてくる必要なんかないのだ。
「そもそも今回の行動そのものが変過ぎなの。今まで男の子がどうだとか、彼氏が欲しいだとか、そんなこと一度も言ったことなかったのに、急に愛がどうとか言い出したりして」
「まぁあいつが変なのは今に始まったことじゃないけど、出会った瞬間に熱く激しい恋に落ちるってのは、世の中にないってわけでもないんじゃないの。ひと目惚れっていうやつ?」
少女漫画や恋愛ドラマなんかだとよくある話だが、あーし自身も経験がないので、それに関しては断言出来ない。
「ううん、ゆっこちゃんってそんな性格じゃないの。熱く激しい恋に落ちる時でも、どこか冷酷というか冷静に計算しているような、そんな女の子だよ」
「あいつがぁ?」
あーしにはとてもそうは思えないけど。
「ゆっこちゃんのことは置いておくとしても、スズちゃんは長谷川さんってちょっと妙だと思わない?」
「おいおい、さっき格好良くて優しそうって言ったばかりじゃん」
「それは見た目の話だよ。物陰からちらっと見ただけだし、中身はどうだかなんて分からないよ」
「そりゃそうだけどさ。何がおかしいっての?」
由美花が辺りを見回し、心持ち声をひそめる。
「長谷川さんが、嫌なことがあって教室を抜け出して、竹林の辺りをフラフラしてたって話はゆっこちゃんから聞いた?」
「らしいね。それがどうした」
「男子部の校舎は初等部から高等部まで、全部学園の端っこだよ。女子中等部校舎に近い竹林にやって来るまで、どれだけの距離があると思う? それが道に迷ってフラフラ彷徨いながらってなったら、ものすごく時間もかかってるはずだよ。でも、ゆっこちゃんの話じゃそんな様子はなさそうだったよね」
由美花の言う通りだった。
士峰館学園で扱いの低い男子部は、敷地内でも僻地に校舎や施設が集中している。舗装された道を通って真っ直ぐ来るならまだしも、ろくな手入れをされていない森や竹藪を抜けてこの辺りまで来ようと思ったら、どれだけの時間と労力が掛かるか分からなかった。それなのに長谷川の髪型も服装も乱れていたというようなことは少しも言っていなかった。疲れていた様子もなかった。
「……由美花は何が言いたいの」
「長谷川さんは目的を持って、女子中等部周辺に真っ直ぐやって来たんだと思う」
しばらくあーしらの間に沈黙が下りた。由美花が続けるかと思ったが、その気配はない。あーしは仕方なく、今の言葉の一番重要な部分を尋ねた。
「目的って、なに」
いつの間にかこっちも声を低めていた。
「それは……分からない。でも、長谷川さんは怪しいと思う」
「確かに学園施設の立地や長谷川の様子を考えた時、由美花の言うように不審な点はいくつかあるよ。でも、だからって長谷川が何か悪事を企んでいるという話にはならない。考え過ぎだよ」
「でも、もしもゆっこちゃんに何かあったら! 何かあってからじゃ遅いよ!」
「まぁ、そりゃそうだ」
別に仲良しでも友達でもないが、酷い目に遭えばいいと思うほど奴を憎んでるわけでもない。まぁ最初は最悪斬ってやろうかとも考えてはいたけれど。
……どうしたもんか。
あーしは後頭部をガリガリと掻く。ったく、面倒ばっかり起こしやがって。
「でもさ、なんでこんな話を私に?」
「ゆっこちゃんがスズちゃんの話をする時、いつもとっても楽しそうだったの」
「はぁ、嘘でしょ? あいつが?!」
思わず大きな声を上げてしまう。由美花が頷く。
「スズちゃんは違うって言ったけど、二人はきっと仲良しなんだろうなって。ゆっこちゃんに新しい友達が出来てよかったって思ってたの。だから、話を聞いて貰えるんじゃないか、助けてくれるんじゃないかって」
それで訪ねてきたってわけか。
それにしてもなんなんだよあいつ。わけ分かんない。
「で、肝心の村瀬の奴、今日は?」
「なんか長谷川さんに友達に会って欲しいって言われたって。ゆっこちゃんを皆に紹介したいからって」
「なんでそれを先に言わないんだよ!」
私は叫んでいた。
本当に長谷川が何かを企んでいたとして、一対一なら帯刀している分だけ小柄といえど村瀬に分があるだろう。けど一対多数じゃ話は変わってくる。しかもその相手は、複数の男子たち。武器でも持っていたら……。
「だって、いきなりそんな確信もないこと言ったって、スズちゃんがちゃんと話を聞いてくれるかも分かんなかったし」
辛そうに形のいい眉を歪めて、由美花が言葉を絞り出す。眼鏡の奥の瞳に涙が滲んでいた。
「……ああ、そうだね。ごめん。由美花の言う通りだ。大きな声出して悪かった」
「こっちもごめんなさい」
何もないなら別にいい。でももし、本当に長谷川が何か良からぬ事を企んでいた場合、村瀬が危ない。
「どこへ集まるとか言ってた?」
由美花が首を横に振る。
「連絡は?」
「何度もゆっこちゃんのスマホにしてるけど返事がないの」
由美花が自分のスマホを取り出して、発信中になっている画面をあーしに見せる。会話をしながらも、陰で呼び出しを続けていたらしい。
「ねぇスズちゃん、どうしよう。どうしたらいいと思う?」
不安に押し潰されそうな表情の由美花の隣で必死に考えるが、いい案なんてポンと浮かぶもんでもない。
「ねぇ、先生に言えばなんとかしてくれないかな」
「無理だよ。長谷川が悪党だって証拠は何もないんだ。現状じゃ『かもしれない』、『その可能性がある』ってだけだ」
「でもそれじゃ……」
「分かってる、今考えてる!」
事が起きてから動いたって遅いのだ。
クソっ。村瀬結宇子、世話かけやがってぇ。
あいつの小憎たらしい顔が脳裏に浮かび上がり、しかもその顔はこっちに向けて舌を出している。想像の中でその顔面を白刃で思い切りぶった斬る。
何もあいつの身に確実に何か起こると決まったわけじゃない。単にあーしらの思い過ごしで、明日また跳ねながら登校してくるって線がないわけじゃない。
……でも。由美花の言うように万一何かあったとしたら取り返しが付かない。
ダメだ! これじゃ堂々巡りだ。冷静になれ。
あーしは心を落ち着けるため、ひとつ息を吐き出した。
そして覚悟を決める。
「……ふぅ。やっぱそれしかないか」
「スズちゃん?」
ベンチから立ち上がってお尻を払うと、鞄の中に手を突っ込み、帳面を取り出す。
「時間がない」
あーしのスマホの番号を書き付けて破り取り、由美花の手に押しつける。
「私の番号。由美花は村瀬に連絡を続けつつ、心当たりを当たって。もしあいつを見つけたらすぐに教えて。いいね」
「分かった。スズちゃんはどうするの?」
不安そうな眼差しが眼鏡の奥で揺れる。
「私も心当たりを探してみる」




