第七話
また翌日も、村瀬は惚気なのか何なのかよく分からない電波を垂れ流して、放課後ルンルンで教室から出て行った。
あーしはぐったりしていた。勿論村瀬のことだ。
これならまだ分かりやすい敵意を向けてくる以前の方がマシだったかも知れない。
そっと腰の刀に手をやる。流石に悪いことをしているわけでもない人間をぶった斬って除籍にしてやろうとまでは思わない。
でも、いざとなったらそういった強引な手段を使えばいいやと思えるか思えないかというのは精神に大きく作用する。そのせいで余計に疲れているとも言えた。本当にやるかやらないかは置いといて。
今さらだけど黒板が見えにくいって、前の席に替えて貰おうかな。
そんなことを考えてふぅと小さくため息を吐く。
「お疲れだねぇ、スズ」
またニヤニヤ笑いの真矢がやって来た。今のため息を聞かれていたようだ。
「あんた面白がってんでしょ。疲れてんだからあっち行って。今日はひとりで帰るから」
「あーら冷たいお言葉。いいよ、今日は私も倶楽部見学行こうと思ってたし。あんたらの話も長くなりそうだしさ」
あーしらの話?
「ほら、スズにお客だよ。待ってんだから早くしなよ」
真矢が教室の入り口を示す。見るとそこには、いつだったか村瀬と一緒にいた丸眼鏡の女子が立っていた。こっちの視線に気付くとぺこりと軽く頭を下げる。
慌てて帰る準備をすると、真矢に別れを言って、丸眼鏡女子のもとへと向かう。
「ごめん、待たせたね。私に何か用?」
村瀬に負けず劣らずの小柄な丸眼鏡女子は、ぐっと身構えるように身体を引いた。
そうだった、最近村瀬の態度が変わったので忘れかけていたが、デカい私は小柄な子に威圧感を与えることが多いのだった。久々に顔を出したコンプレックスに胸の内をモヤモヤとさせながらも、相手との適切な距離を保ちつつ、表情に笑顔を貼り付ける。あなたの敵ではないと言うように。
「あの、私、隣の学級の咲田由美花っていいます。突然すみません」
「確か前に村瀬と一緒にいたよね」
「そうです。ゆっこちゃんとは友達なんです」
ゆっこちゃん、ね。
「で、私に何の様なわけ、咲田さん」
「実はゆっこちゃんのことで、道山さんに相談があって」
「ま、あいつのことだろうとは思ったけどね。でも私は村瀬と別に友達とか仲良しってわけじゃないよ」
何か考えるような、思い悩むような表情で咲田さんが押し黙る。やがて意を決したように口を開いた。
「私の話、聞くだけ聞いて貰えませんか。お時間取らせません。お願いします!」
がばっと深々と頭を下げられる。
「わっ、ちょっと」
廊下を行く子や教室に残っていた同級生から、興味津々の視線が飛んでくる。
「なーに、スズ~、詫び入れさせてんの~?」
まだ教室に残っていた真矢が面白がるように言った。
「違う! いいからさっさと倶楽部見学行きなよ!」
「はいはい」
右手をヒラヒラさせて真矢が教室を出て行くのを見送ってから、目の前の女子に向き直った。
「やめて。頭上げなって、ほら。話くらいならいくらでも聞くから」
「ほんとですか」
「でもひとつだけ条件がある」
「な、なんですか」
咲田さんが再び身構える。
「敬語やめな。同い年なんだからさ」
あーしらは校舎を出て中庭へと移動した。なるべく人の行き交わない位置にあるベンチを見つけ、並んで腰かける。
あちこちから剣徒たちの話し声や刀同士を打ち合わせる甲高い音が聞こえて来るが、あーしらに注意を払っている者はひとりもいない。
「こっちの自己紹介がまだだったね。私は道山鈴蘭」
「はい、知ってます。ゆっこちゃんからよく聞いてましたから」
「だから敬語やめなって。じゃないとあんたの話聞かないよ。あと私のことはみんなスズって呼ぶからそう呼んで」
「分かった。ならスズちゃんって呼んでもいい?」
「いいよ」
「じゃあ私のことも由美花で」
「分かった。ま、約一名そう呼ばない奴もいるけどね」
ぷっと吹き出す由美花。
「ゆっこちゃん」
「そう。あいつ」
お互い軽く笑い合う。由美花はようやく笑顔を見せた。よほど緊張していたらしい。
「スズちゃんって怖い人なのかなって思ってた。……あ、ごめんなさい。そんなわけないのに」
「いいよ。言われ慣れてるから。背デカいし、顔立ちちょいキツめなのも自覚あるし」
慣れてはいる。でも全く気にしていないわけじゃない。ただそれをほぼ初対面の由美花に言ったって仕方のないことだ。そもそもこの場の本題じゃない。
「で、村瀬のことでしょ。なんなの?」
途端に由美花の表情が曇り、口を噤む。
思い当たる節がないでもない。っていうかひとつしかないとも言える。
向こうが言いにくいならと、あーしから水を向けることにした。
「もしかして長谷川って奴のこと?」
眼鏡の奥のつぶらな瞳を大きく開き、あーしを見返した。
「やっぱりスズちゃんに話してたんだ、ゆっこちゃん。思った通りだった」
「耳が腐りそうになるくらいね。由美花も散々聞かされたんじゃない?」
「うん。まぁ」
長谷川のことをあーしに話しているかどうか確信が持てなかったから、いざという段になって逡巡してしまった、というところか。
由美花の表情が変わる。私が聞いているなら話は早いとばかりに、単刀直入に本題へと入った。




