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朝岡美夜日は疾駆する 番外編 士峰館剣風録  作者: 叉火多
ズーランとゆっこ

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第五話

 こほんと小さく咳払いをする村瀬。


「私は昨日、この教室を飛び出した後、校舎の裏に広がる竹林へと入った」

「竹林? あぁ……」


 この士峰館学園の敷地は、一般人が考えられないほどに広大で、建物の数も無駄に多い。幼稚舎から高等部までの校舎に各種施設、職員寮や剣徒寮に加え、ほぼ手つかずの森や竹藪が周囲を覆う。

 鍛錬と称して山籠もりに使われる低山もあれば、いまだ内部の全てを踏査し切れていない謎の地下洞窟もある。その他敷地の端の方には、女子部に比べて圧倒的に規模が小さく扱いも低い、細々とした男子部の校舎や施設などなど。

 幼稚舎時代から数えて、約十年ほどもこの学園に通っているあーしでさえ、未知の領域は数多いのだ。時折学園内で遭難する者まで出て、学園最大最強の執行機関《剣武会》が出動することもあるほどだ。

 そんな場所のひとつに足を踏み入れて何やってんだ、こいつは。


「私は腰の刀を抜き、近くの竹だの笹だのに手当たり次第に斬り付けていたの。『ズーランのアホー! ボケカス鼻クソうんこ垂れ! 死ねー!』って大声で叫びながらね」

「わざわざ台詞の再現いらないでしょ!」

「言いたいことは分かる。でも、改心する前の私だから容赦してね。説明は具体的にしないと」

「あぁ、そう、それで! さっさと続けなよ!」


 いちいち腹が立つが、話が進まないので先を促す。


「そうしてひとしきり刀を振り回してイライラを解消していた私が、荒い息を整えていた時だった」


 不意に場違いな拍手のパチパチという音が聞こえたという。


「顎に伝う汗を手の甲で拭いながらそっちを見ると、一人の男子が立っていた。すらりと背が高く長い手足、長めの前髪を右方向にさらりと垂らして、キリリと細長い目、口元のほくろも良い引き立て役になっている。十分にイケメ……ううん、男前や二枚目と言っていい風貌だった。その人は男子高等部の指定制服、紫紺の詰め襟を着用していた」


 あ、なんだかちょっと話が見えて来たぞ。

 その男子が村瀬に言った。


「すごいね、君。相当な腕前の剣徒なんじゃない?」


 村瀬が暴れ回った後の、辺りに散らばる竹や笹を眺め回して笑いかける男子生徒。


「あっ、急にごめん。驚かせてしまったね。僕は男子部の長谷川っていう者だ。ちょっと学級内で嫌なことがあって、林の中を気分転換になるかと散歩していたんだ。そしたらどうも道に迷っちゃったみたいでね。どうしようかと困っていた所に、なんだか妙な音が聞こえるなと思って歩いて来てみたら、こうして君を発見したってわけ。何年生? よかったら名前を聞いてもいいかな」

「……中等部一年、村瀬結宇子、です」


 それを受けてにっこりと笑う長谷川。


「へぇ、結宇子ちゃんっていうのか。僕は男子部だから帯刀も許されていないし、剣のことなんかてんで分からない素人だけど、これだけは分かる。だからもう一度はっきり言うよ。君、相当な腕前の剣徒だろ」

「わ、私が? 私なんか全然!」


 パタパタと刀を振って否定する村瀬。


「嘘だ。さっきの剣捌き、遠くから見ていたけど、あの動きは只者じゃないよ。君なら高等部に上がったらきっと剣武会の一員になれる。いや、その中枢を担う十剣鬼だって夢じゃないと見たね」


 長谷川のベタ褒めに、怒りに任せて滅茶苦茶に剣を振るっていた自分が急に恥ずかしくなって、村瀬は下を向いた。


「違う。さっきのはそんなんじゃないんです」

「ん、どういうこと?」

「同級生と言い合いになっちゃって、それで教室を飛び出して、むしゃくしゃしてたから、こうしてたってだけで……。誰かに見せられるような、それこそ褒められるような剣なんかじゃ、全然ないんです」


 最後の方は段々と声が小さくなり、今にも消え入りそうだった。


「そうか、なら僕と一緒だな」

「一緒?」

「うん。ちょっと探しものがあってね。それであちこちを訪ね歩いているんだけど、なかなか見つからなくってね。仲間たちからは『何グズグズやってるんだ』とか、『早くしろよ』とかってことあるごとに言われていたから、最近ちょっと嫌気が差してたんだ。で、教室にいたくなくて学園の屋外を探しもののついでに歩き回ってたってわけ。でも、ある意味僕は幸運だったかもね」

「幸運? 道に迷ったのがですか?」

「そう。だって、こうして結宇子ちゃんに会えたんだからね」

「あ……」


 長谷川の顔を見ていられず刀を鞘に収める振りをして視線を逸らす。頬が熱くなる。


「さっきの僕の剣の評価だけど、やっぱり訂正の必要は無いと思うな」


 足元に落ちていた青竹の一部を拾い上げ、切り口を指先でなぞる。


「怒りに任せた乱暴な剣なのに、ここまでのことが出来るんだ。この先もっともっと成長すれば、きっと立派な剣士になるよ。絶対に間違いない」

「本当ですか」

「ああ、断言する。もし嘘だったら僕を斬ってもいいよ。なんてね」

「ふふ」

「あはは」


 木漏れ日が差し込む午後の竹林で、そうして二人は笑い合ったのだった。





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