第三話
出席番号というのは時に厄介な代物である。
慣れない新学期、前後左右など近い番号や列の並びの順番で仲良くなるのはよくあることだ。しかし、そこにウマが会わない人間がいた場合は最悪だ。
出席番号は基本一年間変わることがない。転校や編入でもあれば別だが、そうそう大きく変わるものではない。
それよりもこの学園で一番手っ取り早い、出席番号順を無効化する方法が他にある。それは……。
こつんと背中に何かが当たり、それがコロコロと板張りの床を跳ねて転がっていく。小さく千切られた消しゴムの欠片だ。
「ちっ、またかよ……」
小声で毒突く。
廊下の一件以来、村瀬はあーしをあからさまに目の敵にしてちょっかいを掛けるようになっていた。
休み時間あーしが友人と話をしていると、偶然を装って(バレバレだけど)肩をぶつけて来たり、足を踏んで来たり。
授業でもお構いなしに張り合って来る。私が指されて答えを言って正解すれば、すかさず次の問題で指されてもいないのに村瀬が手を上げる。そこで正解ならばまだいいが、勢い込んで不正解だった場合は最悪だ。不機嫌オーラとともに鉛筆攻撃がやって来る。グリグリと背中をやられるのだ。これが地味に利く。
嫌がって机を前へと離せば、今度は消しゴム爆撃だ。鉛筆のように痛みが発生しないだけマシだが、ペンペンペンペン細かいものが体に当たったり、視界を掠めたりするのはこの上なく鬱陶しい。なにか誤解があるならば解こうと思った。気に入らない部分があるならば直そうと思った。だが、休み時間になり、ちゃんと話し合おうと後ろを向くなり、村瀬の奴はあーしから顔を逸らして席から立ち上がると、ピューッと教室を出て行ってしまう。
そんなあからさまな態度を何度も続けられているうち、こっちとしてもすっかり話し合う気はなくなってしまった。要するに、あっちはただあーしが知る由もない個人的なイライラをぶつけて、ストレスを解消しているだけなのだ、きっと。
だったら、気にするだけ時間の無駄だ。馬鹿なお子様に付き合う暇なんてあーしにはない。中等部に上がって、考えなきゃならないことややらなきゃならないことは山ほどあるのだ。
怒りや苛立ちをあーしはぐっと堪えた。
どうせこの幼稚な嫌がらせに付き合うのも、不毛としか言いようのない時間を過ごすのも、もう少しで終わりだ。あと少しで後ろの馬鹿とはオサラバすることになる。
なぜなら次は待ちに待った嬉しい嬉しい席替えの時間だからだ。
ムカつくチビ女の嫌がらせに耐えること幾数日。やっとこの日がやって来た。
教室のどの場所になろうとこの際文句は言わない。このチビ女のそばから離れられるならばどこだっていい。
そうして席替えのくじ引きが始まった。
――結果。
私は窓際後ろから二番目という好位置を獲得した。それはいい。申し分ない。だけど……。
「後ろがまたあんたってどういうことだよ!」
「それはこっちの台詞だよ。ったく、どんなヒキしてんのよ、ズーランは」
「ズーランって言うな! ヒキが弱いのはあんたも同じだろ」
席替え後の休み時間、珍しく村瀬が席に残っていた。逃げる素振りを見せなかったのは、向こうもあーしに物申したいことがあったからに他ならないと判断し、この機会に言いたいことをぶちまける。
「席、前の方に変えて貰え。目が悪いからとか何とか言って」
あーしは立ち上がると、村瀬の机にバンッと両手を突き、顔を目一杯近付けて凄んだ。もはやこいつとの和解なんて考えてはいなかった。ただただ、席さえ離れればそれでいい。それ以上の贅沢は言わない。
「やだよ、命令すんな」
吐き捨てるように言って村瀬が睨み返して来る。
「あぁ?! 私の後ろが嫌なんだろ。拒否する理由ないだろ」
「なんで私が窓際の一番後ろって好位置を自分から手放さなきゃなんないの? ズーランが替えて貰えばいいでしょ。目のついでに性格も悪いからっつってさ」
「てんめぇ……、どの口で他人を性格悪いってぇ!」
ブチ切れ寸前の私の腕をグイと誰かが引っ張った。見ると真矢だった。
「落ち着きなってスズ」
「真矢、だけどこいつ!」
つんとすましてそっぽを向いている村瀬。あー、腹立つ!
「なんでそういっつも突っかかってくんだよ! 私が何したってんだ。理由があんなら説明しなよ!」
流石に我慢の限界だった。あーしは村瀬に怒鳴っていた。
「うっせー、デカ女! とにかく私が気に入らないならそっちが替われ。私からは絶対にこの席を替わんない。誰が替わるか!」
バンッと両手で机の天板部分を同じように強く叩き返して村瀬が立ち上がり、あーしに負けない大声を上げ教室を飛び出して行った。
「あーあ。ちょっとスズ、どうすんのよあれ」
「ちっ、知るか」
背のこと気にしてんのはあんただけじゃないんだよ。
あーしはどっかと自分の席に座り直し、席替え前に考えていた、この学園における一番手っ取り早い方法に思いを巡らせる。
――斬り合いによる死亡除籍。
愛刀の柄に手を乗せ、ぎゅうっと強く握りしめた。
その日、村瀬は教室に戻って来なかった。




