第十二話
小屋の壁にもたれてスマホをいじること数分。遼子さんへの報告を終えるのと、後ろが静かになるのとはほぼ同時だった。
扉が開いて中から村瀬が出て来た。
「終わった?」
「うん」
「スッキリした?」
「まぁね」
「そいつは何より」
手拭いを差し出すと、意外にも村瀬は素直に受け取った。
「あの、さ」
口籠もるようにこっちを見るが、目は合わそうとしない。
「なに?」
「さっきさ、実はちょっと危なかった。窓から飛び込んで来てくれなきゃまずかったかもしんない。……その、あんがと。助かった」
まじまじと見つめるあーしの視線から逃れるように、汚れた顔を手拭いでゴシゴシと擦る村瀬。
「なに、あんたちゃんと礼とか言えるんだ」
「馬鹿にしてんの。助けて貰ってありがとうも言えない礼儀知らずだと思ってたわけ?」
うん、と言いそうになったがなんとか飲み込む。
「いいや。思ってないよ、そんなこと。士峰館剣徒だもんな」
そのあーしの言葉に、手拭いから顔を上げた村瀬の顔は笑顔に包まれていた。以前も思ったが、やっぱこいつ、笑うとめっちゃ可愛くない?
「なあ、ひとつ聞いていい? なんであーしにあんなに突っかかってきたんだよ。背のこと気にしてんのは、なにもあんただけじゃないんだよ」
「え、どういうこと?」
意外そうにこっちを見返す村瀬。
「平均身長から違いすぎるとね、高くても低くても色々言われんのは同じなんだよ」
「例えば?」
「デカいだの怖いだの」
「そう、なんだ……」
意外そうな顔をしてあーしを見る村瀬。
内心に舌打ちする。なんでこんなことわざわざこいつに告白してんだ。馬鹿みてーだ。なのに口は止まらなかった。
「あーしからすりゃあんたはまだいいよ。これから伸びる可能性あんだから。あーしは縮むことはないんだからね。それで、なんで目の敵みたいにしてたんだよ。あーしが気付かずになんか言ったりやったりしたか?」
「あ、その……えぇと、…………ったから」
ごにょごにょと決まり悪そうに呟く。
「はっきり言いなよ。士峰館剣徒でしょ」
「その、前が、つまり、黒板が、見えにくかったから……」
** はぁあああ?!**
「なに、そんなことで?! 言えばいくらでもよけてやったよ」
「チビな自分を認めるみたいで、嫌だったの!」
前が見えにくいからよけてとお願いするのは、自分を小さくて弱いと認めること。そんな風に村瀬には思えたってことか。
汚れた顔で村瀬があーしを真剣な目で見つめる。
「……あぁ、そっか。そうかもな。なんか分かるよ」
「ねぇ、私も聞いていい? あんた、なんか口調とか雰囲気とか、前とちょっと変わってない?」
しまった。遼子さんに会ってからここまでのドタバタのせいですっかり地が出てしまっていた。
「いや、それは……」
なんと説明したもんか。
「今の方がいいよ。自然な感じがする」
「そうかな。……うん、そうかもね」
村瀬が笑った。私も笑った。お互いに出た笑いは言う通り自然なものだった。
「今まで変な呼び方してごめん。ねぇ、私も他の子たちみたいにスズって呼んでもいい?」
「んー、いや、今まで通り呼びなよ。もう慣れたし。特別だ」
特別。その響きに村瀬は顔を輝かせる。単純な奴だ。でも、悪くない。嫌いじゃない。
「そういや、そっちはゆっこって呼ばれてんだってね」
「え、なんで知ってんの」
「由美花に聞いた。あんたの様子が変だ、連絡がつかないっつって、わざわざあーしのとこに血相変えて相談に来たんだよ」
「あ、それで私を探し回ってたってわけ? でも、よくこんなとこにいるって分かったね」
「……あぁ、まぁね。随分探したよ」
忍部や遼子さんのことを村瀬に言う気はなかった。とりあえず今のところは。
「ふぅん。ま、それで助けて貰ったんだから特に文句はないけどね」
村瀬もそれ以上深くは追及しなかった。
「あ、そうだ。おい、村瀬……」
「待って」
「あ?」
「自分のことはズーランて呼べなんて言っといて、それはないんじゃない?」
「なにが?」
「村瀬じゃなくてゆっこって呼んでって言ってんの。分かるでしょ、鈍いなぁ」
こいつに鈍いって言われるとなんか腹立つな。でも、そうだな。一理ある。
「分かったよ。ゆっこ」
にっと歯を見せて笑うゆっこ。あ、やっぱこいつ本気で可愛いわ。背なんか関係ない。なんかちょっと悔しい。だからしばらくは教えない。黙っておくことにしよう。
「で、なんだっけ?」
「由美花だよ。早く連絡してやりなよ。あの子、あんたのこと相当心配してたよ」
「あ、そうだったね」
袂からスマホを引っ張り出し画面に目を落とす。
「げっ」
「どした」
「着信がえぐいことになってる」
横から覗き込むと236件の数字が見えた。うわぁと私の口からも変な声が出る。一刻も早く村瀬の無事を知らせてやらないと。
「ほら行くよ、ゆっこ!」
促して走り出す。
「待ってよ、ズーラン!」
私たちはもう随分薄暗くなった竹林を出るべく、明るい光へ向けて駆け出した。




