第十話
鋪装された石畳の上を全力で男子部施設方面へ向けて走る。
その時右手に持っていたスマホが着信を告げた。極力足を緩めずに画面を見ると、短いメッセージと共にひとつの画像が送られて来ていた。
『竹林の中、ココへ行け。壊れた石灯籠が目印』
士峰館学園敷地内見取り図の一部を切り抜いて拡大したものに、赤丸が記されている。
それはあともう少し走った先、舗装された道を逸れて左手に広がる竹林へ入って行くよう指示していた。
そこに何があるのだろう。
ただでさえ広大な敷地を有する士峰館学園は、隠れて悪巧みをしようと思ったら、その死角の多さは折り紙付きだ。そういう輩にとっては圧倒的に優位に働く。
学園側や剣武会がそれらを把握していないはずがないが、絶対的な武力と戦力を持つ者たちの前では、気にするほどでもないということか。不埒な輩などいつでも踏み潰せる。
それ以前に自分の身を自分でしっかり護れるのも、剣徒としての大事な資質のひとつでもある。
だから、本来ならあーしが村瀬の世話を焼く必要なんてどこにもない。
ないはずなのに、足は止まらない。
道の両側には等間隔に石灯籠が並んでいる。日が落ちると自然の多いこの学園は、街中と違って恐ろしいほどに闇が濃くなる。そのための照明設備の役割を石灯籠が果たすのだが、まだ灯りは入っていない。
「あれか」
進行方向左側の石灯籠がひとつ、崩れて破損しているのが見えた。速度を緩め軽く息をつく。
そこへ見ていたかのように二度目の着信が入った。
『そこから竹林へ。五分ほど進んだらかつて、伐採作業の休憩や道具置き場に使われていた小屋がある』
添付されていた画像が二つ。開くと、竹に囲まれた木造の簡素な小屋を写したものだった。
一枚目は小屋の外観。古ぼけてはいるが、窓ガラスが割れたり、戸が外れたりしているということはなさそうだ。少なくとも風雨を凌ぐ用途は成していると思われる。
二枚目は内観。長谷川一味がいない間に撮られたのだろう。十畳ほどの広さの約半分が土間になっていて、残りのもう半分が畳を敷いた小上がりのようになっている。小さい座卓に座布団が五枚。外観とは異なりこざっぱりとした印象だった。
座布団の新しさから考えて長谷川たちが持ち込んだ物で間違いなさそうだ。なら数からして少なくとも五人組以上か。
その長谷川一味全員で、一生懸命小屋の手入れや掃除をしている場面を想像したら、なんとも言えない馬鹿馬鹿しい気持ちになった。
『この小屋を長谷川たちが溜まり場にしているところをうちの部員が確認してる』
足元を見ると、うっすらと竹林の方へと向かう踏み固められたような跡があった。迷わずそちらへ足を向ける。
『小屋の外観が見えたら、竹林に沿って裏手へ。窓があるからそこから中の様子が分かるはず。十分気をつけるんだよ』
あーしはスマホを袂に放り込むと、竹と竹との間に身体を滑り込ませていった。
足を踏み入れた竹林の中は予想以上に鬱蒼としていた。
放課後とはいえ、まだまだ日の光はあったはずなのに、一歩中に足を踏み入れた途端に視界が随分暗くなる。
村瀬が教室を出て行ってからもうかなりの時間が経過している。
長谷川とどこかで待ち合わせ、しばらく話をし、この奥にあるという小屋まで歩いて行くのにどれくらいの時間がかかるだろう。
「間に合うか?」
何にせよ、それほど猶予はないはずだ。左手で愛刀の鞘をギュッと握り締める。
しばらく行くと、辺りは竹林というよりも、人の手の入っていない竹藪という様相を呈してきた。剣徒たちが行き交う舗装路の周辺は用務員が手入れしているが、内部はご覧の有様だ。悪巧みをする連中にとっても、そいつらの様子を探るあーしにとっても都合がいい環境。
折り重なる笹の葉陰の向こうに微かに人工物が見えた。視界は大分悪かったが、先ほど送って貰った画像の小屋で間違いなさそうだ。
小屋の向きからいって、このまままっすぐ進めば正面の入り口側に出ることになる。外側に見張りがいる可能性は十分にあった。
遼子さんの指示の通りに、まっすぐは行かず迂回することにした。身を低くし、足音を殺す。小屋を視界に捉えつつ反時計回りに回る。
心臓が高鳴る。いつの間にか額に大粒の汗が浮いていた。走って来たため呼吸も荒い。
もう大分小屋に近付いた。
中腰の姿勢から一旦完全に腰を落とす。目の前の笹を両手で掻き分けると、その隙間の向こうに目をこらした。
「案の定、か」
小屋の前に詰め襟を着た男子が、手持ち無沙汰に立ち、入り口の方を何度も振り返っている。中で行われている、あるいはこれから行われるであろうことが気になって仕方ない、そんな様子だ。おかげでこっちに気付きそうな様子はない
「ジャンケンで負けて、外の見張り役を命じられたってところか」
ただ、だとすると小屋の中で行われている、あるいはこれから行われるであろうことは、私や遼子さんの想像の通りか。
もはや一刻の猶予もない。
あーしは、逸る気持ちを抑えて小屋の裏側へと回った。
幸い見張りは表の入り口側にしかいなかった。
腰高の位置に窓ガラスが嵌め込まれている。幸いなことにカーテンなどはないようだった。
窓の正面に立たないよう注意しながら、いつでも抜刀出来る体勢のまま素早く竹藪を出た。
ピタリと小屋の壁に背中を預ける。
さっきにも増して心臓の音が大きく響く。小屋のちゃちな壁板を通して中まで聞こえるんじゃないかとすら思える。
落ち着け。
自分に言い聞かせつつ、そっと窓から中を覗き込もうとした時だった。
あっはっはっはっはっは!
盛大な笑い声が弾けた。ビクッとなって壁にへばりつき直す。ひとりじゃない。小屋の中にいる大勢が一斉に声を上げたようだった。
バレた。
そう思ったが、続いて中から聞こえた言葉が、そうではないとすぐに教えてくれた。
「え、え、えーっと、長谷川さん? 言ってる意味がよく分かんなかったです。もう一度説明してくれませんか」
村瀬の声だ。あーしは意を決して中を覗き込んだ。
画像にあったのと同じ景色がそこにはあった。違うのは木刀だの金属の棒だのを持った四人の男子部の生徒が、ひとりの女子を囲んでいること。その女子は取りも直さず、探していた村瀬結宇子に他ならなかった。
小上がりに腰かけているのが長谷川だ。手には煙管を持ち、格好を付けるような気障な仕草で紫煙をぷかりと吐き出した。
「おい長谷川、聞いたかよ。もう一度説明してくれませんか、だとよ」
「この状況で説明が必要だとはどれだけお目出度いんだ、お前」
「可哀想だからもう一度噛み砕いて説明してやれよ。紳士の嗜みとしてな」
村瀬を囲む三人はおかしくてしょうがないというように、口々に馬鹿にした声を上げる。
戸惑うように周囲を見回し、助けを求めるように村瀬が目の前の長谷川を見た。
「今から結宇子ちゃんは俺たちのおもちゃになるんだ。色んな意味でね。もう中等部なんだから、この状況からその意味くらいは分かるよね」
「……分かんない」
言い含めるような長谷川に村瀬が首を横に振る。
「分かんなーい、だってよ」
村瀬の右側にいた男がその返答にゲラゲラと笑った。
その様子を見た村瀬が不安そうに長谷川に尋ねた。
「私を……ひどい目に遭わせるってこと、ですか」
「それはお互いの考え方ってやつさ。俺たちはひどいことをしているつもりもするつもりもない。結宇子ちゃんもそれをひどいと思わなけりゃひどいことなんて存在しないさ」
無茶苦茶な言い分を長谷川は口にして、紫煙を吹き上げる。
「私なんにもしてない。そんなことされる覚えなんて、ない!」
強めの村瀬の言葉に長谷川の目つきが変わった。
「そっちになくてもこっちにはあるんだよ」
「いったいなんのこと」
「お前らは女子ってだけで中等部に上がれば帯刀を許され、剣徒と呼ばれる。だが俺たちはどうだ。どこまでいっても何もありやしない。ムカつくんだよ。刀を差した程度で偉そうにふんぞり返ってる、お前ら剣徒たち全員な!」
長谷川が煙管を小上がりの角にガンッと叩きつけた。
「私は別に、ふんぞり返ってなんか……。長谷川さん言ってくれたじゃないですか、私なら立派な剣士になれる、十剣鬼にだってなれるって。あれ、嘘だったんですか」
「嘘に決まってんだろバーカ! お前みたいなチンチクリンのチビが十剣鬼になんてなれるわけねぇだろ。普通に考えりゃ分かんだろうが!」
「……チンチクリンのチビ……」
村瀬はその言葉にショックを受けたように俯いてしまった。
その様子を見て再び大きな笑い声が響く。
「なんで、私を……」
「お前みたいな頭の緩い女を罠に嵌めんのが最高に面白いからだよ。そうだ、去年自主退学した松野かおりって女知ってるか」
「松野……かおり……?」
「必死に遅くまでひとりで素振りしてたとこを、ちょっと褒めておだててやれば簡単だったよ。お前らは誰よりも他人に認められたいって気持ちが強いからな。褒めておだてて蝶よ花よって扱いを数日繰り返してやれば、すっかり警戒心なんかなくなってる。あとは上手いこと言ってここへおびき寄せ、囲んで刀を取り上げて隠しちまえば終了だ」
「終了……」
「刀さえなけりゃあお前らなんかただの中坊に過ぎないからな。あいつ、刀を返してって泣いてたっけな。士峰館剣徒の魂だもんな、そりゃあ返して欲しいよな。だけど当然只ってわけにはいかない。それなりの見返りが必要だ。松野は賢いよ、自分からそれに応じた」
お前はどうすると言わんばかりに長谷川が村瀬をいやらしい目つきで見つめる。
こいつら、最低だ。あーしは頭に血が上っていくのを自覚した。
「松野さんに、刀は返したの」
「当然だ。俺たちは紳士だ。約束は守る。刀を差していない剣徒がいたらそれだけで悪目立ちするしな」
胸がムカムカして来た。何が紳士だ。結局自分たちが疑われないための保身じゃねぇか。
「だけどな、刀を奪われた上に返して貰う見返りに、相手と取り引きしたなんてことが、もし学園や剣武会にばれたらどうなるかな。当然処罰の対象だ。最悪死罪もあり得る。周りだってそんな奴を仲間とは思わないだろう」
こいつら、まさかそうやって松野って剣徒を脅したのか。
ヤバい。久々にブチ切れそうだ。
こいつらはその手口に味を占めて、次なる獲物を探していたのだ。で、それにまんまと引っかかったのが村瀬というわけだ。
「それで松野さんは自主退学」
「そういうことだ。俺たちはもう少しあいつで遊びたかったんだがな」
昔話は終わりだとばかりに低く嫌な声で笑う男子たち。
「ねぇ、聞いていい?」
俯いたまま村瀬が尋ねる。
「なんだ」
「私、刀取り上げられてないんだけど」
ぷくくとおかしくて堪らないというように、男子たちが吹き出すのを堪える。
「松野の時は安全策を取ったが、お前には必要ないだろうってみんなが言うもんでな」
「どういう意味?」
「そのまんまの意味。お前みたいなチンチクリンのチビ、多少腕が立ったところで、大の男が武器持って囲んじまえばどうにでもなるってことだ。手荒な真似は俺の趣味じゃないんだが、こいつらがその趣向がいいって聞かなくてな」
村瀬の右手にいた男が、金属の棒を自分の掌にパンパンと打ち付けた。
「一度士峰館剣徒の実力がどれほどのもんか試してみたかったんだよな。ほら、抵抗しろよクソチビ。でないと面白く」
「だぁあれが、チンチクリンのクソチビだぁあ!」
村瀬の絶叫が響き渡った。




