3.
「わたくし、菰田 蒼太の妹に当たります。菰田 愛香と申します」
ホラーのような再会から一転。淑女のような佇まいの彼女は、ココネの前でそう微笑んだ。
身長174cmと、身長168cmの蒼太よりも長身な女性。丁寧な手入れを施した長く艶やかな黒髪で、目鼻立ちのくっきりした顔立ち。特に眉の形は、美しくも柔らかく、しかし芯の強さを感じられる整った造形。
しかし、大人びた容姿に反し、その身に纏っているのはブレザーの制服だった。何を隠そう彼女は高校生。しかし服装を変えれば大人の女性としても充分に通ってしまうような品格を持ち、年齢には不釣り合いな風格をも纏って存在感を示している。
そんな彼女が、スーツケースを脇に置いて、室内に正座している。とてもではないがちょっと寄ってみただけ、という状態ではないのは火を見るよりも明らかだった。
当然、ココネは来客の予定を聞いて居なかったので、彼女からするとこの状況はややちんぷんかんぷんであるようだった。
六畳一間の椅子の無い部屋で、蒼太・ココネは、愛香と名乗った彼の妹と向き合う。
そんな彼女に、ココネは普段蒼太と話すときとは異なる、他者と話す際の丁寧な口調で対応する。
「ご家族の方ですね。ワタシはココネと申します。菰田 蒼太のライフサポートロイドです。よろしくお願い致します」
「はい、こちらこそよろしくお願いしますねっ」
そう言って、愛香はにこやかに挨拶を返した。その所作は上品なお嬢様を思わせるもので、言ってしまえば、蒼太の妹と紹介されても真実かどうかをココネが混乱する程だった。
「えっと、ココネ。愛香と話すときは、俺と話す時のように普通で構わないからね……?」
「分かったわ」
喜色満面の愛香に対し、蒼太はどこか居心地の悪そうな顔をしている。理由は勿論、
「(――ココネがセクサロイドと知られたらどうしよう……)」
である。
突然訪ねてきた妹。ココネの事を隠す間もなく家に突撃され、ご覧の通り対面果たしてしまったこの状況。蒼太は流石に、家族にこの現状を知られるのは気まずかった。
「? 何か緊張されておられますか、お兄様?」
「あっ、いや、気のせいじゃないかな……」
別に、嫌われるとか軽蔑されるとか、そういう事は無いと、蒼太は確信している。長い付き合いのある、妹の愛香。彼は、彼女の事をよく分かっている。だから、マイナスに認識が振り切れる事は無いとは自信を持って言える。
「そうですか? お兄様がそう仰られるのであればその通りだと思いますが……」
だがそれはさておき。至極単純に、恥ずかしい。身内に“そういったもの”を買ったと認識される事がどれだけ羞恥を煽る事か。その後の事とその事自体は別の話なのである。
「そ、それよりさ! どうして突然訪ねてきたの!?」
先ほどの通知。それは今更言うまでもなく、蒼太の妹・愛香からのものだった。表示されたメッセージは、『今、お兄様のお宅のある階へと辿り着いた所です!』というもの。
何の脈絡も無く、突如としてそんなメッセージが表示された時の困惑は筆舌に尽くしがたい。
「? 言う程突然ではないと思うのですが――」
「どういう事??」
「昨晩、やり取り致しましたよね?」
訝しみながらも、蒼太はLINKを開く。そこには、元気かどうか、ちゃんとゴハンは食べられているか、といった、兄への心優しい気配りの記録が残っている。
――だが。その中に、今日訪ねてくると判断できる文面はどこにもなかった。当たり障りの無い会話。何度も見返すが、そう認識できるやりとりはどこにもない。
「あなた。ワタシにはどれがそれに該当するかさっぱりなのだけど。ワタシに機能障害が起きているのかしら?」
「大丈夫、君の不調じゃないよ。俺もわかんない」
「そんな! 見せてください!」
そう言って、愛香は蒼太の腕を引き寄せる。――細身でありながらパワフル。そのチカラは結構強い。
「ほら、ここですお兄様!」
「――どれ?」
「ここですってば!」
愛香はそう言って、彼女自身の発言を指し示す。そこには彼女の、『大変そうですね、お兄様』という発言の跡が。その後、時間も遅いからそろそろお開きにしよう、と言う蒼太の発言と、愛香の返事で締めくくられている。
「いや、絶対そう受け取れないよねぇ!?」
「わたくしは『大学の方はいかがですか?』とお聞きしました。そうしたら、『ぼちぼち』と返答が返ってきたのです! なれば、様子を見に行くしかないではありませんか!!」
「いや、そうはならないでしょ!?」
――と、そうは言いながらも。蒼太は内心、彼女ならそうしうると思っていた。
というのも、菰田 愛香という女の子は、頭の回転も蒼太と比べて遙かに良く、発言の一つ一つ、応答から、相手の状態を察し取る事ができる程なのである。
この文面の『ぼちぼち』は、ココネが来てからのあれこれと、仲良くなるような相手ができていない事からの、蒼太の若干の鬱屈からによるものだった。常人には特に何も感じる要素のない発言。彼女はその4文字に隠されたもやもやを、目ざとく見つけたのだ。
その賢さと心情を慮る能力から、彼女は高校2年生にして、在席する学校の生徒会長を務めるほど。
賢く、嫌味さ無く。そして気配り上手と、他の立候補者が大木の傍で生える雑草のごとく。その絶対的信頼を持って満場一致の当選となったのはもはや当たり前。彼女は容姿端麗でスタイルも良しだが、仮にそうで無かったとしても、トップに立つにふさわしい人間として誰もから好意的に見られているであろう事は間違いが無い人物だ。
しかし一方で、兄に対してはかなり心配性であり、そして頭の回転の速さが災いして、色々話をすっ飛ばす傾向にあった。生徒会長としてはそんな事はないようで、蒼太は胸をなで下ろしている所なのではあるが、兎にも角にも、時々こうして、どの発言がどういったつもりでしていたものなのか、兄である彼にも分からなくなる事がある。
この場合。恐らく、大学での状態を聞いた時点で、『何か手助け致しましょうか?』と言う意味が含まれていたのだと蒼太は思う。2ヶ月ほど前までは何とかそういう言外の意味もなんとなく察せていたのだが、少し離れていたせいか勘が鈍ったのかもしれない。
「夜遅くで電車もないので、自転車で来ました!」
「……大分距離がある筈なんだけど」
「――つくづく、人間の複雑なコミュニケーション能力には感心させられるわ」
「これはきっと感心しなくていいやつだからね」
ココネが真似をして、1の中に10、100を込める発言ばかりをし始めたら事だと、蒼太はやんわり釘を刺す。愛香の兄ではあるが、自分は彼女ほど頭が良いわけではない。
「すみませんお兄様……わたくし、お兄様がお辛い状況にあるのかと、早とちりを。そう思ったら、居ても立っても居られず」
「いや、良いんだけどね……心配してくれてありがとうね、愛香」
とは言え。こうして状況を案じてくれている事がありがたいことには変わりない。蒼太がそう伝えると。愛香は照れくさそうに微笑んだ。
そうして、話は変わる。
「そういえばお兄様」
「何?」
蒼太は、特に何の身構えも無く聞き返した。
「SタイプのLSRをお買いになられたのですね」
「ぶっ!?」
――身構えていなかった蒼太は、とんでもない衝撃を喰らった。
「な、なんで!?」
何でバレたのか。まるで全然一切分からなかった。同時に、蒼太の顔が一瞬で茹で上がる。
「LSRについては聞きかじりの知識しかございませんが、確か、生体細胞を用いたモデルはそういったタイプだと言うのを聞いたことがありましたので?」
死にたい。
「大丈夫、あなた? 顔が真っ赤だけど?」
「大丈夫じゃないです……」
この妹。なんでこう、言いにくいことをスパンと言ってしまうのだろうと蒼太は思った。察しは良い子である筈なのだが、この処刑真っ最中な気持ちも慮ってくれてもいいのに。
「何を恥ずべき事があるのですかお兄様!」
慮っていた。――慮っていた? 少なくとも、蒼太の今の気持ちを察しているような、そんな言葉を愛香は口にする。
「むしろわたくしは、安堵しているのです!」
「何に??」
「お兄様も、年頃の男性が興味を持つことに関心がある、と言う事にです!」
「ご近所さんに聞こえるからもう少しトーン落として……!」
力説しなくていいから、と。蒼太は、愛香の肩に手を置く。
「おっと、わたくしとした事が、歓喜のあまりつい声が大きく……失礼致しました」
「歓喜もできればやめていただけると……」
目を丸くし、口元を指先で隠すその所作は、口にしている内容を脇に置けばとても品のあるものだった。まるで、本物のお嬢様のようだ。
「こほん。とにかく、とても健康的で良いとわたくしは思います。巷では、こういったことに対し心ない言葉を吐かれる方々もいらっしゃいますが、少なくともわたくしは、お兄様の今の在り方を“全・肯・定”致しますので!」
「あ、ありがと……」
屈託無い笑みを浮かべる愛香。これはこれで、どう反応したら良いか、蒼太は分からない。愛香が蒼太の行動を大体肯定してくれるのはいつも通りであるが。
「――要件は分かったわ。要するに、彼の様子を見に来た、という事でいいのよね?」
話が一段落したところで、ココネは先ほどの話に戻る。すると愛香は、今度はココネ自身へと微笑みかける。
「はい。実は、前々から心配はしていたのですけれど、あまり執拗に様子を見に来ても迷惑になるかと思っていましたので。今回は勘違いとはいえ、良い機会になりました」
「アナタ、高校生よね? 明日も平日だと思うのだけど、大丈夫なのかしら?」
「そ、そうだよ愛香! まずそれだよ!」
ココネの指摘で、ちらりと先ほど頭によぎった事を蒼太は思い出す。
「愛香、学校は!? 今ここに居ると言う事は、学校休んできたって事だよね!?」
「やむを得ない事情というものです」
「やむを得なく無いよぉ……! 今度から、休んでまで来ようとするのはやめてね?」
蒼太に叱られると、愛香はしゅんとなる。その姿に少しだけ心が痛んだが、それ以上にこんなことで彼女の成績に傷がつくと思うとより耐えられないので、心を鬼にした。
「勿論、気にしてくれることはありがたいけど、自分を優先してね? ほら、そろそろ帰らないと……」
「わかりました……もう少し滞在したい気持ちもありますが、電車のある内に帰らさせていただきます。泊まり込む事も考慮していたのですが……」
「その大荷物はそういう事だったんだね……」
蒼太は彼女がスーツケースを持ってきていた意味を理解する。宿泊して、世話を焼く事まで視野に入っていたのだ。
そんな過保護な様子を、不思議そうな顔をしたココネが問いかける。
「ワタシのデータベースの情報が古いせいかもしれないけれど、それは所謂心配しすぎというものではないかしら? 彼だって、何の考えも無く一人暮らしを始めたわけじゃないでしょうし。本当に助けが必要なら、『助けて』と言うはずでしょう?」
「――まあ、普通はそうなのでしょうね。でも、お兄様はお兄様で、わたくしはお兄様の妹ですから」
不可思議な言い回しにココネは首を傾げる。それに対する愛香の苦笑いと蒼太の苦笑いは、兄妹らしい類似性があった。
「それよりも、です」
と、話を逸らすように、愛香が話題を転換させる。
「ココネさんはメイド服を着ていらっしゃいますが、他の服はお持ちなのでしょうか?」
「いいえ。これと、同じデザインの衣服があと2着よ」
「なるほど。では、お兄様はココネさんの服を購入するご予定はあるのでしょうか?」
「ううん、今のところは考えてないかも……と言うか、わかんないし」
「ふむふむ。では、持ってきた事はやはり無駄では無かったようですね」
そう言うと、愛香はスーツケースを開けて中を漁り始める。――開けた瞬間、爆発するように内容物が盛り上がったのを蒼太とココネは見逃さなかった。見るに、相当圧縮されていたようだ。先ほどの押し入れのように。
「ウソでしょ……」
「今の光景は本当よ」
「じゃじゃーん! と言うわけでこちら、衣服をお持ち致しました!」
そうして出てきたのは、ふりふりした白色の長袖ワンピースだった。一体全体どうしたのだと、蒼太もココネも困惑の表情を浮かべる。
「このような事もあろうかと! わたくしは家から、服を何着か持ってきていたのです! わたくしのお古で申し訳ない気持ちはありますが、きっと似合うと思いますよ!」
このような事もあろうかと。蒼太的には、愛香はあの文章だけでここまでやるかやらないかと聞かれれば、やると確信を持てた。――ココネが困惑している。流石に不憫に思った。
この目の前の状況は、統計学では決して測れないに違いないからだ。
「これを、ワタシが着るの?」
「ええ! 是非とも、好きなようにお着替えなさってください!」
ココネの困惑した質問に、愛香は満面の笑みで応える。
ココネ、もといLSRは、所有者がいかにすれば喜んでくれるか、という思考が第一にある。それは、LSRが人間の幸福のために存在するが故であり、この行為が主である蒼太にとってプラスに働くのであれば、その行動に対しての異論は存在しないのである。だが――、
「――寸法が合ってないと思うのだけど」
ココネの身長は140cm。対し、愛香の身長は174cm。お古という事で、確かにそのワンピースは今の彼女からすれば大分と小さいが、それでもやや大きく思える。
「ええ。なので、今ここで寸法を直します!」
「ここで?」
「ですので、試着をお願い致します!」
「わあ!? ちょ、ちょっと待って、別の部屋行ってるから!」
蒼太が、慌てて居間から出て扉を閉める。状況を半ば理解できないままに、ココネは求められるままにメイド服を脱ぎ、愛香にワンピースを着せられる。
「ねえ」
――ココネは、見ただけで物の長尺を測れるのだが。
「ふーんふーん……――はい? なんでしょうか?」
「……何でもないわ」
自分がそれを述べる必要なさそうだと、中断する。
手足の長さよりも丈の長い袖や裾に、愛香はメジャーを当てていく。そして採寸が終わったら、ココネが脱いだそれにハサミを入れて調整をしてゆく。
その手際はとてもスムーズだった。作業一つ一つ、その次に何をしたら良いか。それを理解した、流れるような作業を行っていく。
「できました! さあ、もう一度着てみてください!」
愛香は満面の笑みを浮かべ、できあがったワンピースを広げて掲げる。ココネはそれを無駄の無い動作で受け取り、着用していく。
「ええ、完璧です! よく似合っていますよ! もう大丈夫ですよお兄様!」
「う、うん……おお……」
着替え終わった事を聞いて、席を外していた蒼太。それを見て、感嘆の声を漏らした。
ココネのサイズに直された、白色のワンピース。何と言うことでしょう。先ほどまでメイド姿だった女の子が、まるで深窓の令嬢のように。
一方ココネは、手足を動かして動作の確認をしていた。腕や腰を動かしても、可動に問題は無い。動きの邪魔になる事も無いようで、障害無く仕事も可能なようだ。
「初めてですが、うまくいってよかったです!」
「初めて?」
人間は、機械のように情報をインストールしないため、失敗を繰り返して物事の精度を上げていくしかない。が、この菰田 愛香は例外だった。
「???」
ココネが、乏しい表情ながら困惑している。会うヒト全てをそのスペックで困惑させるのが菰田 愛香だが、アンドロイドまでが同じようになるとはと、蒼太は思う。
「では、次の服に参りましょう!」
「え」
別の服を取り出し始める愛香に、ココネは目を丸くする。
「言ったはずです、いろいろな衣装に着替えられた方が、お兄様はきっと喜ぶと!」
「いやまあ、確かにそうだけど……」
そう言って彼女は、困惑する蒼太を余所に、スカートやパンツ、ブラウスと、様々な衣服を取り出し始める。
「アナタ、そんなに取り出して、帰りの電車は大丈夫なの?」
ココネは、念のためもう一度注意する。しかし、愛香はそれに対しサムズアップをし、『大丈夫』と返した。そして、
「お兄様に喜んで頂くためです! そのためならわたくし、神にも仏にもなりましょう!」
と。顔を輝かせていた。蒼太は――額に手を当てて呆れた。




