4.
日も移り変わり土曜日。掃除機をかけるココネの姿をぼーっと眺めながら、蒼太は思う。
あの愛香の訪問で幾らかココネ用のお古を貰ったものの、あれから彼女はそれを身につけては居なかった。彼女がそれらを着ないのは、家事で汚さないためなのだという。――つまり、彼女はそれを、日常で自ら身につける事はないに違いない。
故にどうすれば、ココネの衣替えした姿をまた見られるだろうと、蒼太は頭をひねる。未だ夜の“オシゴト”を頼むには気が引けるも、かわいい姿を見たいと思うくらいには慣れてきた今だからこそ思える事だった。
勿論、言えば着てくれるのは間違い無いだろう。しかし、“そうではない”のである。命令をして、指定した服を着る。それは絶対に違うと、蒼太は思う。
すると。掃除機をかけ終わったココネが、蒼太に元へやってくる。
「それじゃああなた、掃除と洗濯が終わったから、ワタシは買い物に行くわ」
その時、蒼太に天啓、下りた。
「その買い物、一緒に行ってもいい?」
一緒に出かける。これならば、メイド服以外を着用することにも、明確な意味が出てくるのではないかと、蒼太は思った。つまり、デートのような事を、彼女としようという事だ。
一方、そんな彼の姿を不思議そうに、ココネは首を傾げて伺う。彼女からすれば、意味があるのだろうかといったところだろう。そんな姿に、蒼太は慌てて理由の説明を始める。
「え、えっと、実は、通学で使ってるリュックが痛んできてて……それを、ついでに買えたらな、って」
しどろもどろな蒼太の姿を、ココネは静かな眼差しで観察している。僅かばかりの緊張。断られやしないかと、心拍数が少し増加する。
「そう。分かったわ」
が、思いのほかあっさりと彼女は短くそう返した。それを聞き、蒼太は喜色を浮かべてベッドから立ち上がる。
「じゅ、準備するから、待っててね。ココネも、折角だから服を着替えてきたらどうかな?」
「ええ。そうさせて貰おうかしら」
「(よかったぁ――)」
着替えるために脱衣所へ向かうココネの後ろ姿を見送りながら、蒼太は目論見が通り内心喜んでいた。もしついていく理由が『買い物を手伝おう』であったなら、『大丈夫』と返されていたかもしれない。
もしかすると、行動の主体性に主人を加えることで、共に出かける口実にうまく納得してもらえたのだろうかと蒼太は考える。
「それじゃあ、行こっか。……おお」
着替えて戻って来たココネに、蒼太は感嘆の声を漏らす。
決して派手ではない。水色のカーディガンにチェック柄のロングスカートと、実にシンプル。素朴なものだ。だがそれが、彼女の真面目な雰囲気とマッチしていた。所謂、純朴な可愛らしさというもので、その無垢な表情も相まって“清楚”な魅力が艶を出している。
彼女のその服装は、愛香のお古とはいえ、とても似合っていた。かわいい。――そう思ったところでそこでふと思い、蒼太は玄関の姿見で自分を確認したくなった。
……するとそこには、いつもの黒く野暮ったいシャツにジーンズの、お洒落っ気の全く無い格好の冴えない青年が映っていた。
あまりにも、ココネとは雲泥の差だった。釣り合いが悪い、という言葉があまりにも合致する男がそこに居た。
「どうしたの?」
「――自分の服も買おうかなぁ」
目的が増えはしたものの、二人で一緒に自宅を出る。行き先は近所のショッピングモール。自動運転のバスに乗って、およそ10分ほどの所にある場所だ。
「ここへ来るのは始めてね」
「いつもはもっと近くのスーパーだっけ?」
「日用品や食材の購入ならそこで充分だもの。アウトドア商品や衣服を買うなら、こういった店の方が都合がいいわ」
バスを降り、確かにと、ココネと並んで歩く。休日と言う事もあって、駐車場に踏み込むだけで家族連れだったりカップルだったりと、そういった者達をよく見かける。
――自分たちもそう見えるのだろうかと、蒼太は少し照れくさい気持ちになる。と、
「世間一般の概念で言うデート、というものなのかしら」
「!?」
それは、蒼太が思ってもこっぱずかしくて言わなかった事だ。それを言語化した発言に彼は驚いて振り返ると、ココネが微笑んでいた。
「そんなに驚く事かしら?」
「い、いや、意外だなって思って……」
クールで、どこか機械的。ココネに対する蒼太の印象と言えば、良くも悪くもそうだった。
彼女は物事に反応はあっても、しかし人間とは違うと思わせるところはしばしばある。それは決して悪い事ではなく、ココネ自身の個性、そう言うものだと受け入れていた。
だが、今の瞬間はどうか。まるで、人間の女の子のようではないか。
「喜んでくれたのなら、ライフサポートロイドとしても冥利に尽きるわ」
「あー、つまり機能的な判断の上での発言……?」
「言ってしまえばそうね。でも、ワタシが同時にそう思ったのも間違いではないわ」
不思議と、落胆は覚えなかった。それどころか、こちらが喜ぶと思ってそういった言葉を選んで口にしてくれた所に、どこか不思議な愛おしさを蒼太は感じる。
「手も繋ぐ?」
「!?」
右手を差し出してくるココネに、続けて二度目の驚き。すると、ココネはどこか呆れたように蒼太を見上げる。
「いちいち驚かなくてもいいじゃない。男女のデートというのは、こういう事もよくするものでしょう?」
ココネが、ココネなりに“デート”を演出してくれようとしている。
「う、うん、そうだね。繋ごっか」
その事実に、恥ずかしさより先に嬉しさが先に来た。だから蒼太は、ココネの申し出に変に渋るような事も無く、自然にその手を握ることができた。
「それじゃあ握手よ。こう握るのよ」
「あっ、恋人繋ぎ……」
指を、撫でるように絡められ、繋がる手。蒼太は思わずドキリとする。
ココネの手はあたたかい。生体細胞を用いた、人間に限りなく近い肌だからだろうか。血の通いを感じる、ぬくもりある掌だ。
そして、その手は彼女の体格相応に小さかった。アンドロイドなのに、むやみに扱ってしまえば壊れそうな細い指。可愛らしい掌。それがギャップと共にえもいわれぬ愛おしさを感じさせ、しっかりと離さないように握らせる。それは羞恥に勝る、確かな意志だった。
「食品よりも先に、服やリュックを買った方がいいわね。――同じ売り場で扱ってるみたい。2階の北側にある店舗よ」
「案内板も見てないのに……?」
「今、ここのショッピングモールのデータをダウンロードしたのよ。日用雑貨から今日の野菜の特売まで完璧に把握したわ」
「便利だなぁ」
人間なら、いちいち案内板を探すか、ホログを使わねばならない。歩きながら必要な情報を探し出して入手できるのは、機械の特権だ。
「ちなみに、高い隠密生で性行為を行える場所は63箇所あるわ」
「犯罪だよね!? その情報は要らないよ!?」
と、相変わらずなやり取りをしながら、二人で服飾売り場に。――来てみて、蒼太は早速逃げ出したくなった。
「(日頃縁が無いから……)」
自分よりもずっとおしゃれなマネキン達。顔が無く、無機質な白い表面のそれらであるはずなのに、自身がそれを着るよりも遙かに似合っているような気がするのは何故か。
「どういった服が着たい等の希望はあるかしら?」
「ううん、どちらかというと、早くもこの場を後にしたい気分かな……」
気後れから、ついそんな事を口走る蒼太。しかしココネは馬鹿正直にそれに従う事は無く、まるで引き連れるようにして繋いだ手を引きながら、店内を見て回る。
そして幾らかの衣服を手に取ると、一時的に繋いだ手を離し、広げて裏表を確認していく。
「――そうね。一般的な流行とこれからの季節を考えると、この辺りが妥当かしら」
そう言ってココネが選んだのは、白のプリントTシャツに、ベージュのナイロンパンツだった。決して派手ではなく、そしてすっきりとした印象の組み合わせである。
「ファッションの事は全然分からないけど、なんとなく良さそう、だね?」
「ワタシのはあくまで一般的なデータとあなたの印象、好みを元にした選択だから、可も無く不可も無いものを選びがちになるわ。異議を感じるなら、アナタが主体で見繕うべきね」
「いや、いいチョイスだと思う。確かに、派手なの着たくないし……」
まさか、服まで選んで貰う事になるとはと、蒼太は内心苦笑いする。何だか、何もかも任せきりになって、人間として駄目になりそうな気がする。
「それじゃあ――ココネの服も買おっか?」
「ワタシの?」
目を丸くするココネに、蒼太は頷く。自分も、何か考えた方がいい気がして。対抗意識を燃やしたわけではないが、頼り切りではだめだと奮起したためだ。
無論、愛香から貰った服の数々はココネに似合っている。そもそも彼女のそんな姿を見たいがために、一緒に出かけたのだ。だが一方で、新しい服を着せてやりたい気持ちもあった。
何せ、ココネは自分のLSR。誰かばかりに、彼女の事を頼るワケにはいかない。
だが――、
「これとか、どうかな?」
「――現在の貯蓄を考慮すると、お勧めはしないわね」
「へ? ――うわっ、何この値段!?」
ブランドものと、そうではないものを一切考慮せずに手に取り、知識のなさを露呈する羽目に。いや、いつでもどこでも情報を自由に得られるアンドロイドと比較しては駄目なのだけれども。
「そもそも、アナタの妹さんから貰った服もあるから、無理して買う必要は無いわ」
「それは、そうなんだけど、ね……?」
その蒼太の歯切れ悪い発言の意味を汲んだのだろう。彼女は別の服へと手を伸ばした。
「――そうね。値段を考慮しながら選ぶとしたら、この辺りかしら。試着してくるわね」
そうしてココネが手に取ったのは青と黒の縞柄のニットだった。そこに、ぴっちりとしたジーンズを合わせ、試着室へ。身につけて試すのは、人間である蒼太への配慮だ。
「お待たせしたわ」
「おお……」
試着室のカーテンが開かれ、姿を現わしたココネ。先ほどまでの姿は、外見相応な少女みのある衣装だったが、今の彼女の姿は、幼げな容姿でありながらもどこか大人びた雰囲気を帯びている。
「どうかしら?」
「凄く似合うよ! ――ちなみに、それを選んだ基準は?」
あり得ないと思いつつも、ココネの好みだったらいいなと思ってした質問。蒼太はすぐに後悔した。
「アナタが一番関心を覚えると思ったのよ」
「俺が……?」
「アナタのホログでのイラスト投稿サイトの検索履歴を見る限り、一人称視点、あるいは主体となる人物との既婚状態にある女性の普段着的な衣装、所謂“人妻”というカテゴリーに関心が――」
「わーわーわーわー!?」
周囲はばかること無く普通のトーンで性癖の事を話されるとは思わず、蒼太は大声を出して遮った。逆にそれが注目を集めてしまったのは敢えて言うまい。
「じゃあ、これも購入という事でいいかしら?」
「う、うん……」
試着室のカーテンが閉められ、また元の服へ。なんだかんだ、結局彼女が選んだ服を買ってしまったことに至らなさを蒼太は覚えた。




