5.
この先心臓が持つのだろうかと。就寝に入ろうとする蒼太は思う。
人は、慣れる生き物だと言う。確かにそうだ。自転車だって、最初はたどたどしくても、いつも乗っていれば当たり前に漕げるようになるものだろう。
だがこれは。慣れるより先に、心臓マヒが先なのではないかと蒼太は思う。誘われるだけならまだいい。断れば彼女はそれに従ってくれる。しかし、他の日常行動はどうだ。それは、先ほどの風呂が証明しているだろう。
「性行為機能は使わないの?」
電灯を消し、布団に入ってやれやれ寝ようとなっていた所。真っ暗な部屋の枕元で、そのようなココネの発言を聞いて、何も見えないその方向を思わず見る。
――正直、想定していなかったわけではないが、本当に言うとは思わなかったのが蒼太の正直な所。大抵、持ち主から声をかけるまで待ったりするものなのではなかろうか?
「さっきから思ってたけど、どうして頻繁に聞いてくるの……?」
「ワタシのタイプの特殊機能としてついている以上、それを目的に含んだ購入をしている筈だと思って」
ぐうの音も出ない正論を言われ、どう返したものかと蒼太は思う。
「――それとも、ワタシの性能に何か不都合でもあったのかしら」
と、どこか気落ちした様子のココネ。暗がりなので、その表情は伺い知れないが、その声はどこか不安を感じていると思えるようなものだった。
蒼太は慌てて否定する。
「ち、違う、そうじゃないんだ……っ」
「だったら、何故……?」
言ってしまえばふんきりがつかないだけなのだが。それをどう説明したものかと、蒼太は思う。この説明に悩むのは、彼のちんけな男のプライドも入交じっているが故なのを忘れてはならない。故にそれを口にすれば、否応なしにへたれまっしぐらなのだ。今更だが。
しかし一方で、例えそうプログラムされているからだとしても、落ち込んだ声を出されるのは罪悪感があった。そもそも、彼女は純粋な厚意で自らの機能を勧めてきている。ならば、断るには相応の理由を告げてあげなければ理屈に合わない。
「こ、これは俺の問題なんだよ……」
「行為の行えない問題……? お風呂で確認したところ、問題無く健康だったわよ?」
「か、確認?」
「ええ。全体的な健康状態。それと、生殖機能を果たすために必要な陰――……」
「放送禁止用語ォ!?」
それ以上ココネが何か言おうとするのを、蒼太は慌てて止める。その先の言葉は、言わせてならない気がする。言わせて興奮する変態では、まだ、ない。ご近所迷惑は知らない。
「――と言うか見られてたの!?」
「所有者の健康状態を逐一チェックするのもライフサポートロイドの役目よ」
流石LSRだなぁ、と関心もほどほどに。となるとこの先の会話が想定できてしまい、蒼太は身構える。
「それで、アナタの問題って一体何……?」
「そうなるよねぇ……!」
ゴミのようなプライドと、ココネの純粋な厚意の狭間で揺れる心。二つを秤にかけた天秤は、まるで振り子運動のごとく揺れ動く。
――と、ここで蒼太は冷静に考えてみる。そもそも、“そういう目的”を多分に含んで、彼女を購入したのだ。ここで四の五の言って尻込みするのは、本末転倒に他ならない。
「え、えっと……」
追い詰められたような気分を覚え、蒼太は言いよどんだ。もしこの場に第三者がいれば、いい加減観念すべきだと、誰もが思うだろう。しかし彼は。
「い……」
「い?」
「今はまだ添い寝でお願いします……」
――所詮はクズ紙プライドにしがみつく小心者であった。
「(いや違うんだよこれはそこまでの前段階であって、決して臆病風に吹かれたとかそういう事は無くも無いけれどでも今は!)」
と、誰とは無しに言い訳をする蒼太。これは、今の彼にできる精一杯の一歩であった。
そもそも、彼女と同じ空間に居るだけで緊張するのである。そてに今はまだ一日目。今日ばかりは仕方ないと蒼太は思う。
であるならば、まずはゆっくり慣れる段階があってもいいのではと彼は思う。そうだ、今はまだ時期尚早なだけなのだ。慣れるためにと。添い寝という形で、まずは密着距離に慣れる。
これが、最も賢明な選択だと蒼太は思う。思う事にした。――問題は、これについてココネが何と反応するかだが……。
「――つまり、今日は気分じゃない、と言うワケね?」
「ありがとう……! そんなカンジ! うん!」
思わず感謝の言葉を蒼太は口にする蒼太。よかったと、そう思った。ココネがそう解釈してくれて、死ぬほど蒼太は安堵する。
「それじゃあ、添い寝するわね。失礼するわ」
「ど、どうぞ、いらっしゃいませ……」
真っ暗で、何も見えない中。蒼太は決して大きくは無いベッドにスペースを空ける。すると布団を捲り上げ、そこにココネが入ってくる。
「(うわ、凄く良い匂い……)」
一体どう言う仕組みなのかと、蒼太は思う。アンドロイドという、非人間な存在なのに。女の子の形をしているだけで、どうしてこうも良い香りがしてくるのだろうか。
そもそも今日一日、彼女が側に居るだけでそういった香りがふわりと漂ってきていた。それが、ベッドの上という密着距離だと、それがより濃く感じる。
「(同じシャンプー、同じ石鹸も使っている筈なのに……)」
一応、風呂の後故に。その中に、嗅ぎ慣れた筈の匂いも混じっている。――筈なのだが、その慣れた筈の匂いが、今は全く別のものに感じる程、女の子の匂いに感じられた。
「(なんか、もう、これ、色々マズいかも……)」
連鎖記憶という言葉がある。文字通り、一つの記憶から、芋づる式に別の記憶が呼び起こされる事を言う。
ココネから香る、普段の石鹸の香り。その上書きのせいで、自分が普段使いする際にも彼女の事を思いだし、色々とこれから大変なのではないかと蒼太は思った。
「それじゃあ、おやすみなさい」
アンドロイドである筈なのに、寝息までするココネ。女の子の、完全無防備な状態が、すぐ傍に在る。蒼太の心臓は、そのボルテージが最高潮に達していた。
「――おやすみ」
それだけ返して、蒼太はココネとは反対の方向を向いて眠りに努めた。背中に感じる、ココネがそこに居るという感覚。――眠れるわけがない。
結局、蒼太は就寝できたのは、そこから約五時間後のことだった。その後に一応なりとも眠れたのは、努力の賜物と評価すべきなのかもしれない。




