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幼馴染みと同じ名前のセクサロイド  作者: /黒
《第一話》『“ここね”』
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4/33

4.

 夕食に出てきたメニューは、その日の昼とは比べものにならない程豪華だった。

 メインディッシュはハンバーグ。周囲にはニンジンとアスパラガスが添えられており彩りよく。焼いた肉はソースと共に香りが立ち、皿の上から漂ってきて食欲をそそる。

 付け合わせのサラダはコーンとキャベツのコールスロー。さらにコンソメスープが付けられており、まるでレストランで目にするようなしっかりとした料理がテーブルの上で煌めく様は、まさに青天の霹靂と言っても過言ではない程の、食卓の革命だった。

「白米の量はこれくらいでいいかしら?」

 そう言って、台所に立つココネが茶碗を見せてくる。蒼太が大丈夫だと返すと、彼女は炊飯器を閉じてからそれを配膳する。

「おいしい……こんなにおいしい夕食、久々かもしれない……」

 コンソメスープを一口飲み、コールスローサラダを食べ。ハンバーグを箸で切り分けて口の中へ運ぶ。そうしてから白米をかき込み、ほうっと息をついてから出る、そんな台詞。

 冷蔵庫に何も入っていなかった事からも分かるように、蒼太はちゃんとした料理と呼べるものを食べる機会を最近無くしていた。そんなどん底状態から味わう、あたたかみのある食卓飯。干上がったオアシスに水が満たされるような感覚に、思わず泣きたくなってしまう。

 勿論、コンソメはインスタントのキューブ。挽肉もスーパーで売られているミンチ。しかし、一つ一つの品が調理の加減を精密に管理され、寸分狂い無くできあがったそれは。しかし決して機械的な冷たさを感じる事は無く、優しい味わいと食感に仕上がっている。

「お口に合ったようで何よりだわ」

 そう言いながら――ココネは台所で、フォークを使って食べ物を口に運んでいた。

 端的に言って、蒼太はびっくりした。

「――ものを、食べてる。アンドロイドなのに……」

「――アナタ、さては説明資料を読んでないわね?」

 呆れたような目で見下ろすココネ。蒼太は口を噤む。実に、図星であった。

 何せ、届いたとなるや、逸る気持ちと共に一にも二にも無く箱から出し、“彼女”を起動したのである。そして葛藤と共にあれよあれよと言う間にココネが家事をしてくれる。読まなくてもいいや、となるのはある意味必然だった。

「――ワタシ、と言うか、一世代前の1100シリーズからのタイプSのスキンは、生体細胞で作られているの。つまり、新陳代謝が行われるわ。これは身体的接触の多いタイプSの表皮の劣化を抑え、常に清潔に保つためよ」

「と、いう事は……」

「ええ。人間と同じように、一定量の食事を必要とするわ。人間程有機器官を持つわけではないから、一日一回で充分な量だけど」

 蒼太はココネの頬を見る。きめ細やかな、それでいて人間にしか見えない、思わず触れたくなるような肌。それは、実際に生きた細胞だからというのもあるのかもしれない。

「バッテリーも回復したりするの?」

「いいえ。これはそれとは関連しない部分ね。そもそも内臓バッテリーは通常稼働の場合一回の充電で1週間は持つから、特別な理由の無い限り頻繁に充電する意味も薄いわ」

「――ちなみに何食べてるの?」

「余り物よ」

 まあそれはそうか、と蒼太は思った。纏めて作り、その一部を摂食するのが最も手間がないだろう。――でもそれなら、と、蒼太は思いつきを口にする。

「こっちへ来て、一緒に食べない?」

 主従でなく、夫婦のような関係性を求めている蒼太としては、別々の場所で食事しているのは少し気になった。するとココネは目を瞬かせるも、すぐに理解したとばかりにフライパンを持ち上げる。

「そうね。アナタはワタシに人間らしさを求めている。という事であれば、確かにそうするのが当然と言えるわ」

 そして彼女はフライパンから皿に食べ物を移動させる――事は無く、そのまま鍋敷きをテーブルに置き、その手に持つフライパンを設置した。

「そのまま!?」

「食器を洗うための水量の節約を優先したのよ。統計的によくある事よ」

「いや俺も似たような事したことはあるけど! というか誰がデータ取ったの……!?」

 ――そうして、夕食時の互いの事を理解しつつ、さらに夜は更けて行く。

 事件は、そんな頃に起こった。

「背中を流すわ」

「!?」

 風呂時。案の定というべきか。ココネが、風呂場に入ってきたのである。

「えっ、い、いいい、いいよそんなの!?」

 蒼太はこの時、頭髪を洗おうとシャンプーボトルに手をかけようとしていた。彼女が洗い物をしている最中に入ろうかなと思っていた。そんな時の話だ。

「遠慮する必要は無いわ。ワタシはアナタのお世話をするのが仕事だもの」

 そう言って風呂場に入ってきた彼女の姿を、蒼太はつい鏡で確認してしまう。

 白く滑らかな素肌。その十代前半の体格に違わず、決して凹凸には秀でていないものの、スラリとした体躯で、そのなだらかな曲線は言い様の難い興奮を――……、

「ふんぬっ!」

 蒼太はバチンと、両手で自分の顔をひっぱたいた。

「? どうしたの?」

「な、なんで裸!?」

「タイプS型は全身をスキンで覆っているから、耐水性に関しても完璧よ?」

「そういう事を言っているんじゃなくってぇ!」

 女性経験が少なく、加え若干の罪悪感を抱いている蒼太。どう足掻いても人間にしか見えない相手のすっぽんぽんに、思わず顔を覆ってしまうのは当然の行いと言えた。

「ひ、一人で大丈夫だからっ!」

「そう? ついでにワタシ自身の洗体も行えるからいいかなと思ったのだけど……」

 声色に含まれる、若干悲しそうな声を蒼太は聞いた。やめてほしい。そんな声で言われると、凄く申し訳ない気持ちになる。

「タオル! せめてタオルを身体に巻いてください!」

「? これだとワタシ自身の洗体が困難になるけど……」

「俺の背中を流すときだけでいいからっ!」

 釈然としていない様子ながらも、脱衣所に戻ってからタオルを巻いて戻って来るココネ。人間のお世話が彼女の仕事である。確かにそれはそうだ。しかし、蒼太にも線引きがある。

 そして、蒼太は戻ってきたココネを。顔は覆ったまま、指の隙間から鏡を通して確認する。

「…………」

 バスタオルを胸から下で覆ったココネの姿が、そこに居た。ハーフアップだったプラチナブロンドは頭の上で纏められており、先ほどまでとはまた印象が異なって見える。

 ――正直、今の姿だけでも。いやむしろ、半端に隠しているという危うさで、余計に鼻血を吹いてしまいそうではある。

「それじゃあ、頭髪から洗っていくわ。少し失礼するわね」

 ココネが後ろから、蒼太に軽くもたれかかってシャンプーに手を伸ばす。――背中に感じる、バスタオル越しの柔らかな身体。仄かに感じる膨らみの感触。今蒼太の心臓は、爆発してしまうのではないかというほどにまで激しく鼓動していた。

 そんな彼の事情など知ってか知らずか。背中から離れたココネはしゃこしゃことシャンプーを泡立て始める。風呂場で、久々に聞く自分以外の立てる音。それは何とも官能的だ。

「それじゃあ、洗髪していくわ」

 ふわりと触れる、ココネの手。頭皮越しでも感じられる、細くたおやかな指。それが、蒼太の頭髪を滑り洗う。

「かゆいところはないかしら?」

「う、うん……」

 丁寧な手つきでされる洗髪に、蒼太はうわずった声でそう返すことしかできない。優しく、しかし確かな丁度良い力加減の指の腹。まるでそれは、自分自身が頭から溶けていっているのではないかと思える程に心地よい。

「それじゃあ、流していくわ。目は開けちゃ駄目よ」

 ココネは立ち上がり、シャワーノズルを手に取ってお湯を出す。蒼太の背後で、お湯の加減を確かめる、手に水の当たる音。そして確認が終わると、シャワーの温水が当てられる。

 それと同時に、頭皮と頭髪の上を再びココネの指が撫でるように丁寧に走り始める。頭頂部、前頭部、側頭部。耳の周りやうなじへ。薬液が残らぬよう、丁寧に指の腹で優しく擦られ、流されていく。

「次はコンディショナーを使うわ。目は閉じておいたままの方がいいわね」

「……あれ? そんなのウチにあったっけ」

「買い物前に風呂場を覗いたら無かったから、さっき食材と一緒に買ってきたのよ」

 コンディショナー。洗髪を行うシャンプーとは異なり、髪の状態を整える、浴用化粧品の一種である。早い話、あっても無くてもよいものだと思い、だから蒼太もわざわざ買っていなかったのだ。

「将来的に、頭髪の減少を招くわよ」

「げんしょ……ッ!?」

 ところが。まるで、蒼太の思っていた事を読んでいたかのように、ココネは忠告した。唐突なハゲ警告に、蒼太は声を裏返らせる。流石に、この一瞬は男子的性的緊張が吹き飛んだ。

「ワタシの分析では、アナタの髪は大分傷んでいて栄養が不足しているみたいだったわ。そこで、今の髪質に最適なものを見繕って来たのよ」

「そんな事まで分かるの……?」

「どうしてもというのならやめておくけど……」

「どうしてもなんてことはないです……よろしくお願いします……」

 将来の不安へのキョウフと共に返事をすると、ココネは『分かったわ』と変わらない抑揚で返し、コンディショナーを使い始める。

 ――コンディショナーは、シャンプーとは触感が異なる。先ほどよりも粘性の強い、ヌルヌルとした液体が、細い指と共に頭髪を撫でる。そんな質感に、危機的将来を知らされた時の心情が、再び桃色の緊張へと戻される。

「全体に行き渡らせた状態で、しばらく置くわ。その間に、洗体作業を行うわね」

 手のコンディショナーを落とすためだろう。シャワーの音と共にココネはそう言ってから、今度はタオルを湿らせる音が耳に入ってくる。

「ひゃっ」

 突然背中に感じる肉感的重さ。何の事は無い。聞こえる音の通り、ココネがボディソープをタオルの上に出そうとして軽くもたれかかっただけである。

 しゃこしゃこ。しゃこしゃこ。ふと、“ソープ”という単語が浮かび慌てて蒼太は首を横に振る。聞きかじりの知識だが、これは違う。これはココネが自分の仕事をしているだけだ。

「それじゃあ、洗っていくわ」

 蒼太は背中に、石鹸の泡立てられたタオルの感触を感じる。覚えのある筈のそれは、しかし初めての血の繋がった家族以外からされる行為であった。決して削るような強さでは擦らず。優しく撫でるように、表面の垢や汚れを丁寧に剥がすように背中が撫でられる。

 それから肩、首、右腕、右手の指先、左腕、左手の指先と、順を追ってタオルが這っていく。流石に脇や脇腹はくすぐったかったが、それよりも今の状況でコチコチに固まっている蒼太には、反応するも暇も何も無かった。

 それから、鎖骨。右胸、左胸と。ココネの洗体は続いて行く。そうしてから、腹、下腹部まで行って。蒼太は、はっとなった。

「その下待ってッッッッッッ!!?」

「? 何かあったかしら?」

 もう既に、若干“触っている”状態で手を止めるココネ。緊張からすっかり元気を無くしていたが、繊細な指の背に触れたからだろうか。そこは今、少しだけ……。

「そ、そこからはこっち、こっちでやるから……」

「でも、アナタは目を閉じてるでしょ?」

「どうしても! どうしても自分で! やりますから! ほら、それ頂戴ッ!」

「――分かったわ」

 分かりやすいように強調。ココネからの釈然としない様子をなんとなく耳で感じ取りながらも、蒼太はココネからボディソープを纏ったタオルを受け取る。

 もはや、目の前の彼女がアンドロイド、しかもタイプSであることを忘れているようだが、今の彼にそんな事を気にしていられる余裕など全く無かった。

 ――そうして。何とか、ココネを止めた部分を蒼太は洗いきる。

「それじゃあ、流していくわね」

 ココネはシャワーと巧みな手つきで、頭髪のコンディショナーを落としていく。そこから流れで、肩や背中、足などの泡を落としていく。

 丁寧に、隅々に。――特定の箇所だけは、やはり自分でやったが。

「流し終わったわ」

「う、うん……ありがとうね」

 蒼太は礼を言って、湯船につかる。鏡越しではなく、肉眼で確認するココネの姿。バスタオルを纏っているとはいえ、それ一枚巻いただけのほとんど裸の姿で、頭髪を纏めてうなじをさらす姿は、見ているだけで心拍数が上がる。

 見ないようにしつつも、ついちらりと目で伺ってしまうのは、男のサガ故か。ほとんど全裸に近い姿ながら、一方で隠してもいるという状態が、そのどっちつかず行動を誘発する。

 ――バスタオルを外そうとしているのが見えて、急いで顔を逸らす。女の子の裸をみだりに見てはならないというバイアスが、未経験男子にはあるためだ。

 そうして風呂場には、再びシャワーの音が響き始める。しかし先ほどと違うのは、その先が自分に向いて居ないと言う事。湯船に浸かっているその隣で、女の子がシャワーを浴びている。その事実が、洗われている時とはまた異なる緊張を生む。

 シャワーの水滴が肌を撫でてから床に落ちる音。シャンプーの泡で指が髪を滑る音。石鹸を含んだタオルが肌を洗う音。その後に、身体に付着したシャボンを隅々まで洗い流す音。それを間近で聞く背徳感は、直接視界に入れることをしていないからこそ上り調子となる。

 そんな、少しばかり官能的なASMR。それらが一通り終わり――ココネが声をかける。

「あなた」

「ひゃっ、ひゃいっ!?」

「お互い、服を着ていない状態だから、行為をするのには最適だけれど」

「し、しません……」

 きっとまた言い出すだろうなと思っていた蒼太がそう返すと、ココネは特に気にした様子も無く『そう』と返してきた。

「ワタシは自身の洗体を終えたから上がるわ。アナタはどうする?」

 てっきり、そのまま湯船に浸かろうとするのかと蒼太は思った。アンドロイドだから、きっと必要性を感じないのだろう。

「お、俺はもう少し浸かってます……」

「分かったわ。のぼせないよう注意してね」

 そう言って、一足先に風呂場を後にするココネ。蒼太は思わず彼女の出て行った後の扉をちらりと見る。――磨りガラスに映る、どう見ても裸身のシルエット。それが視界に入り、目の毒だと慌てて再び視線を逸らした。

 ――そんな事があって、中々風呂場を出ることができず。結局、折角注意されたのに少しのぼせてしまったのは別の話。



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