3.
午後。ココネが買い物に行った後の部屋で、ソファに座りながら蒼太はぼーっと過ごす。
一転、物音のしなくなった室内。先ほどまでの事が夢のようだ。
しかし、掃除の際隅に纏められた梱包材や箱が、それを白昼夢では無い事を裏付ける査証となっている。ライフサポートロイド・ココネは、確かに家に来たのだ。
こういうのを、実感がわかない、と言うのだろうと蒼太は思った。夢のような生活とは言っても、そういう意味では無いのだが。
ともかく。最新――よりは少し旧型のLSRの性能の一端を味わった今、通常ならば彼女に設定されたオプション機能を試すべきではあるだろう。先ほどから進言されている、“アレ”の事だ。
しかし、である。手を出す勇気が蒼太にはまだ出なかった。身内以外の女子と話すことなど久しい彼にとっては、例え相手がアンドロイドだとしても、その行為は中々にハードルが高い。本末転倒もいいところである。
だが一方で、急ぐ必要があるわけではないと、蒼太は自分に言い聞かせる。何せ自分はココネの所有者。今日明日でお別れになってしまうでもなし、心の準備を決めるのはゆっくりでも問題ない筈だ。
――そんなこんなを考えていると、いつの間にかココネが買い物に出て1時間弱。玄関の鍵を開ける音。そして『ただいま』と言う声が聞こえてくる。
「えっと、おかえり。迷わなかった?」
「ええ、大丈夫よ」
そう答えながら、買い物袋の中身をココネは冷蔵庫へと仕舞っていく。すっからかんだったため、膨大な量を買ってくるかもしれないと思ったのだがそんな事はないようだった。
これは、事前に一ヶ月の使用可能額を教えたためであろう。蒼太は学生であり、その生活は仕送りで保たれている。そのため、必要以上に贅沢出来る程の収入があるわけではない。
「あなた。夕食を作り始める時間まで、しばらく間が空くわ。何かしてほしい事はあるかしら?」
「え、うーん、そうだなぁ……」
「する?」
「しない……」
案の定だったが、少し慣れてきた蒼太。幾分静かな気持ちで、彼女の推奨を却下する。
「じゃあ悪いけど、洗濯物とお風呂掃除をお願いしよう、かな……?」
「分かったわ」
何だか、これでは夫婦と言うよりも主従みたいだ、と蒼太は思う。LSRなので別におかしな事でも何でもないのだが、彼女は仮にも、初恋相手の名を付けたアンドロイドなのだ。
「ねえ、ココネ」
「何かしら?」
呼びかけに、素直に手を止めて蒼太の方を振り返るココネ。きょとんとしたような表情は、そう設定されているためなのだろうか。
「もしそれらが終わっても時間が空いたら、好きなことして時間を潰してもいいからね?」
「好きなこと?」
首を傾げるココネがかわいい。蒼太は思う。
「好きなこと、というのはどういうことかしら?」
「え、ええと――何か、やりたいこととかそう言う事? かな……?」
蒼太のあやふやな説明に、ココネは軽く顔をうつむけて、視線を右にやる。それは、まるで人間が物事を考えるのと同じ動作だった。
「あなた、ワタシはアンドロイドよ。こういった外見をしているのは、人間社会に溶け込みやすくすると言うのが主な理由。だから、人間のような行動を求められても難しいわ」
「そ、そっか……ごめん」
あまりにも人間そっくりだから忘れてしまいそうになるが、彼女はアンドロイド。人間とは異なり、そして人間のように願望を持つことの設定されていない――欲を持たない存在なのだ。
そんな蒼太の、失敗したと思っている様子を見たためなのか。ココネもまるで罪悪を覚えたかのような顔をする。
「…………。謝る必要は無いわ。でも、“ロヴン”には800シリーズ以降に搭載されている機能があるから、それで代用は可能かしら?」
搭載されている機能。それを聞いて蒼太は一瞬、“例の機能”だと思った。しかし、所謂汎用機能だと言うのだから、そうではない事はすぐにわかる。
「その機能って?」
「“会話”よ」
会話。今しているものは違うのか、と言いたくなるが、今とこれまでしているのは、指示出しとその返答、機能の確認である。会話の範疇ではあるが、そういう事ではない。
「人間の良きパートナーとなる事をコンセプトに、ワタシ達は作られているの。最新の1300シリーズ程では無いけれど、一般会話程度ならば過不足なく対応できる筈よ」
「な、なるほど……?」
やりたい事、と聞かれて返ってきたのが機能の紹介なのは、これは彼女自身がしたい行動を模索した結果なのだろうかと、蒼太は思う。
すると、そんな困惑を察したのだろう。ココネはその発言に至った経緯を説明し始める。
「ワタシはてっきり、あなたはワタシに対して“人間らしさを求めている”のだと解釈したのだけど?」
「い、いや、そういうわけでは――いや、そう言う事、なのかな……? それはともかく、だったらなんで会話機能の紹介に?」
「人間らしさを求めている。つまり、人間の用いるコミュニケーション手段をワタシに求めていると推測したわ。だから推奨したのだけど……違ったかしら」
率直な解答を言えば、違うと言わざるを得ない。ただ蒼太は、特に何をする必要もない時間は、ココネに自由にしていてほしいと思ったに過ぎないのだ。
だがすぐに思い至った通り、彼女はアンドロイドだ。そんな事を言われても困るに決まっている。
「――違ったようね。ごめんなさい。アナタの期待に応えられるスペックをワタシは持っていないみたい」
「あ、い、いや、そんな事ないよ! そ、そうだなぁ……じゃあ、さっき言った事を終えたら、俺の話し相手になってくれない?」
「分かったわ」
そう言って、ココネは自らの言い渡された仕事に戻っていく。
彼女の仕事の手際はとても良い。そのため、それほど時間が経たずとも、言われた仕事をこなしきる。まさに生まれながらのプロフェッショナルだ。
そして彼女は一通りそれらを終えると、蒼太の元へやってきてその脇に立った。
「終わったわ」
「えーっと、隣に腰掛けてもいいよ?」
ココネは一瞬考えるように動きを止めると、促されたとおり蒼太の隣に腰掛ける。
昨今のLSRは、かなり軽量化が進んでいる。そのため、ココネの体重も40kg程。小柄な女の子の平均体重に近く、ソファの沈み方も本物の女の子が座ったかのような反発を見せる。
――これだけで緊張できるのだから、ほとほと耐性がないんだなあと、蒼太は自分に呆れた。
「あらかじめ断っておくけれど……」
と、ココネ。
「ワタシは起動してからの時間が浅いから、アナタの求めている会話を行うにはデータ不足という事もありうるわ。そこは了承して頂戴。最新型ならもう少し話は変わったでしょうけど」
「――最新型だと何が違うの?」
「ウィットに富んだジョークが最初から言えるわ」
「ジョーク……」
最新型はそこまでできるのか、するのかと、驚きだか呆れだか分からない思いを抱きつつも、蒼太は『わかった』と答える。――そう考えると、ほとんど赤ん坊みたいなものなのだろうか、今のココネは。
「(とすると――こっちから話題を投げかけたほうがいいのかな)」
蒼太は少し考え、今日会った出来事の中から会話の内容を口にする。
「えーっと、じゃあ――今日……まだ半日だけど、何か思ったことはある?」
「思った事……」
ココネは顔を俯かせ、思考し始める。そう言った仕草も、人間に親しみやすさを与える一環として設定されているのかもしれない。
「――質問の内容が漠然としすぎているから、求められている返答になるかはわからないけど」
「うん、構わないよ」
「アナタはこれでよく今まで生きてこられたわね、って思ったわね」
「うぐぅ」
割と、辛辣な意見が返ってきた。
「この家の状況を総合的に見てみたけれど、人間が健康的な生活を継続するための条件が整っていなかったわ。栄養バランスから外れた食糧事情。衛生状態も悪く、室内に清潔な状態が行き渡っていない環境。記載されている注意事項が守られていない洗濯物。ワタシの基礎データにある生活水準値と比べても、格段に低い状態で――」
「も、もういい、もういいからっ」
「そう?」
首を傾げる姿が可愛らしい。そう思うのと同時に、まるで針のむしろにされた気分を蒼太は覚えた。しかし、きっと彼女に悪気はない。無垢さを覚えるその眼差しがそれを物語っている。
「じゃ、じゃあさ、買い物に行ったときの様子を教えてよ。例えば何を見たとか、それについてどう思ったとか」
「ううん、そうね」
顎に指を添え、再び考え始めるココネ。こういう仕草がわざとらしく見えないのは、地味に凄い技術なんじゃないかと蒼太はぼんやり思う。
「それじゃあ、スーパーに辿り着いた時の事を話すわ。ワタシがスーパーに着いて、生鮮食品売り場に行ったときの事なんだけど、丁度タイムセールの始まった時だったわ」
「うんうん」
「目的のものを購入しようとしたのだけど、数多くの年配の女性が一目散に集まってきて、身動きの取れない状況に陥ったわ」
「あー……」
おばちゃん大戦争というヤツだと蒼太は理解する。日頃買い物に行かない人間でも何故か知っている。きっと、漫画やアニメの影響だと思う。
「でも、そうなると買えなかったんじゃない? LSRって、緊急時以外で人間に対して何か出来ないって聞いたことがあるって言うか。割って入ったりできなさそう……」
「いいえ、買えたわよ」
「えっ、どうやって? 身動きが取れない状況だったんでしょ?」
意外と、その辺りは融通が利くようになっているのだろうかと、蒼太は思った。――違った。
「ワタシの緊急通報システムを作動させたわ」
「何しちゃってくれてるの!?」
最近のLSRには、盗難や器物損壊の防止、救急の必要な状況に対応するために、アンドロイド自らが警察・救急各所に通報できるシステムが備わっている。
つまり。緊急通報システムを作動させたという事は、要するに警察を呼んだと言う事だ。この娘は何してくれちゃってるんだと蒼太はぎょっとする。
「条件は揃っていたわ。あの時の状況は、ワタシに対し見ず知らずの人間が破損目的と類推できる行為を働こうとしていると判断できるもの。顔や身体を押す、押しのける等と言った行動はそれに該当するわ」
「そ、そそ、それでどうなったの……?」
「警官、それと随伴するアンドロイドがスーパーに入ってきて、年配の女性らと合わさって余計に混雑する羽目になったわ。けど、そのおかげで集団の流れが分散されて、目的の品を手に取る事ができたわね」
「そうだけどそうじゃなくて!? 通報しちゃったんでしょ!? 問題にならなかったの!?」
「集団から抜けた後に警官にその後聴取されたわ。けど、システムの誤作動という扱いでその後は特に、何事も無く終わったわ」
彼女のした事は、言ってしまえば、状況を動かすのに悲鳴をあげて周囲を混乱させて場を操作する、という事に近い。とんでもないアンドロイドである。
そしてここで! ココネは初めて見せる笑顔を披露した! どちらかというと微笑む、と言った口角を上げる程度のものだったが、それは確かに笑顔だった。
しかし何と言うべきか。今のこの話の後ではしたり顔にしか見えなかった。まさに、計画通りとでも言っているかのよう。しかも両手でピースまでしおる。
なお、これは蒼太が後から知る事だが、他のLSRを所有する家庭では、そもそもそういう混雑状況に陥って万が一にも損傷する恐れを避けるため、スーパー内でのセール時間を予測させた行動を行っているらしい。これに限らず、スケジュールを把握した行動をさせる事は、メーカー側も推奨している。
――この、自分のシステムを半ば悪用するようなこの行動を、メーカーに問い合わせた方がいいのだろうかと蒼太は思った。と言うか、今まで似たような事例は無かったのだろうか?
「その後も順調に買い物を済ませて、帰宅に至った、といった所よ」
「そ、そう……」
反応に困る、とはこういう事をいうのだろう。蒼太は顔を引きつらせる。
会話してみる、と言う試みから暴露された、ココネちゃんのドキドキ初めてのお遣いのその全容は、彼女がLSRの判断力と、自らのシステムを都合の良い解釈ができる程のAIの能力の高さを合わせ持っている事を知るという成果を得る事ができた。
――これは経験の少なさから来るものなのだろうか。そうであることを、切に願うばかりである。
「――今後は、本当に緊急の状況以外では通報はしないようにね?」
「善処するわ」
「善処じゃなくって! しちゃ駄目だからね!?」
そう念を押すと、今度はいかにもなにっこり笑顔を無言で向けられ、蒼太は不安になった。
同時に、どことなくからかわれている気がするとも思う。最近のAIは凄い……。




