2.
――流石はLSRだと、蒼太は思った。
ココネから意図せず精神的に放火され延焼し、その後幾らかして落ち着いた後。掃除用具の収納場所を教え、最初の指示を実行してもらったところ。彼女はそのメイド服に違わない完璧な所作の元、部屋の掃除を完了して見せた。
そもそも、LSRのメインは家事仕事である。セクサロイドの機能はちょっと贅沢なオプションに過ぎない。ココネが本分を正確にこなせるのは当然と言えた。
世はまさに、生活支援アンドロイド時代。一度知れば、無かった頃には戻れない。
「あ、ありがとうココネ、助かるよ」
「どういたしまして。他に何か、する事はあるかしら?」
「えっ、あ、」
する事。そう言われて、また性的な行動を蒼太が思い浮かべ顔を熱くした事は言うまでも無い。終われば次の仕事を聞かれるのは当然である。
「性行為する?」
「そのまま流れで脱ぎ始めないで!?」
もはやわざとやっているのではないかと思えるココネの行動。このままでは、またすぐに彼女は統計的確率の中から行動を選んでしまうだろう。
――と、蒼太が悩んでいたところで。救済の福音とも言うべき音が“ぐぅ”と鳴った。
「あ……」
その福音こそ、腹の虫。現在時刻は昼過ぎくらい。そういえば、ココネが配達され梱包から開封した時のあれこれで、思ったよりも時間が経っていたと蒼太は気がつく。
「え、っと……お昼ご飯、作れる?」
「ええ、可能よ」
「じゃ、じゃあお願いするよ」
指示を出され、ココネは台所へ。六畳一間が故に目の前のそこへと移動する。
そして指示通り、ココネは昼食を作り始める。中腰になって小型冷蔵庫を開け、食材を取り出し――いや、取り出さない。閉じて、下の段を開けていって、確認して。そして何も取り出さないまま締めてしまった。
「あなた」
ココネは、中腰のまま蒼太の方を振り返る。
「は、はいっ」
「冷凍うどんと玉子、ネギと調味料、冷凍菓子と飲料しか入ってないのだけど?」
そういえばそうだったと、蒼太は顔を引きつらせる。普段から自炊と言えるような事などほぼまるでしないので、彼の冷蔵庫は豊富な食材とは無縁のアワレな存在だった。寮生活にあたって家族から貰った調理器具は今、戸棚の中で封印されている。
「え、ええっと、コンロ台の下に、うどんに混ぜて食べるタレがまだあった……と、思う」
「――分かったわ」
一瞬白い目で見られた気がすると、蒼太は思った。まさか、LSRに作って貰う初めての料理――料理? が、冷凍うどんを解凍して食べられる即席セットになるとは。
いかに人間の家事を代行するLSRでも、何も無い所から食べ物を出す錬金術めいた事は当然できない。電子レンジでうどんの解凍待ちを黙ってするココネの姿を見て、何とももの悲しい気分に蒼太は陥っている。と――……、
「……え、あれ?」
ココネはうどんを解凍する傍ら、封印されていたフライパンや菜箸、包丁、まな板を準備し始めた。そのついでに先ほどの言ったタレも一緒に取り出し始める。
そして冷蔵庫から出したネギを切り、それと玉子をフライパンで炒め始める。そうしている間にうどんの解凍が終わったかと思うとそれをフライパンに投入し、即席タレを回し入れたら調味料を入れてさらに炒め続ける。
「お待ちどう様」
何と言うことでしょう。ズボラな男子学生ご用達の即席冷凍うどんセットが、LSRの手によってあっという間に焼きうどんに!
「凄い……」
「あなた」
「ひゃ、ひゃいっ」
皿に盛り付けて運んでくるココネに、抑揚無く――それがまるで怒っているような冷たさに感じられるような呼ばれ方をして、裏返った声で蒼太は返事をする。
「食材がなさ過ぎるわ」
「はい、ごめんなさい……」
ご尤もな指摘を、正座して聞く蒼太。あらかじめ小型の丸テーブルを拭いておくと言う無意味なご機嫌取りは、果たして意味があったのかどうか。
「だから、午後は食材を買いに行きたいのだけど、いいかしら?」
「え、あ……それは全然構わない、けど」
てっきり叱られるかと思った。しかしそんな事はなく、蒼太はココネの提案に許可を出す。
「じゃあ、今言ったとおり午後は家を空けるわ。後、それに当たって電子決済カードのコードかお財布も借りるわね」
「え、あ、い、一緒に来て欲しいとかじゃないんだ……」
蒼太はどこかがっかりした気持ちを覚える。新婚――に限らないが、夫婦で買い物に行く、というのはよく知っているイメージの一つだからだ。
「スーパーの位置はGPSがあるから問題無いわ。自宅で寛いでいて頂戴」
「そ、うなんだ……分かった」
何だか冷たいのは、クールな性格に設定したせいだと、蒼太は思いたかった。無言の非難を感じながらも、ココネが作ってくれた焼きうどんにいただきますをし、食べ始める。
ココネが作ってくれた焼きうどんは、普段の冷凍うどんより数倍おいしかった。




