1.
――結論から言うと、彼はしこたま怒られたし、しこたま泣かれた。
樹海を抜けた後、蒼太は泥だらけのココネと共に愛香や心音に迎えられた。
真っ先に飛び込んできた妹に重たい衝撃を貰って二人揃って転倒し。心音は無言で泣き。理解していた以上の状況に、ただただ謝罪の言葉を口にする事しか、蒼太にはできなかった。
その後、自分達がどれだけ心配したか、何でそんな無茶苦茶な行動に走ったんだだとか、もう二度としないで欲しいだとか。延々と説教を聞かせられるのも当然の話。当然二人からだけでなく、関係者全体から、言うまでも無くこっぴどく叱られた。
そして現在は――そんな騒動の、1週間後に当たる。
「あのぉ、愛香さんや」
「何ですかお兄様?」
「こう、ここ最近ずっと、近くないですかね……」
自宅で朝食を食べながら。蒼太は、少しばかり言いづらそうにしつつ、妹へと声をかける。
可能な限りずっと抱きついてくる、妹・愛香へ。
「ご自身の所業を、僅か1週間でお忘れになった等とは仰いませんよね?」
「笑顔というのは本来威嚇の……いやもう――バッチリ覚えてます……めっちゃ覚えてますから、その、ベアハッグはやめてください……」
これっぽっちも笑っていない笑顔の愛香は、その恵まれた体躯から来るパワーを遺憾なく発揮し、蒼太をホールド。
それは、字面だけならば微笑ましい兄妹の触れ合いのように見えるかもしれない。頬を膨らませ、額を頭に押しつけ、すりすり、すりすり。しかし、細身ながらも引き締まった質のいい筋肉を持つ彼女がそれをやると、締め殺さんと言わんばかりのパワーになる。
妹だとか、女性だとか思う前に。純粋に、身の危険を感じる抱擁である。
「――いやでも、ここまでは必要無くない?? これ、1週間ずっとだよ? 愛香? 学校行かなきゃダメじゃん? 俺の世話なんて二の次でいいからさ……」
「学校には身内の事情でしばらく休学を申請しておりますから大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないよぉ……」
しかしながら、やらかした事がやらかした事であるため、蒼太としても強く言えないところであった。逆の立場だったら、自分がそうしていた事は想像の難くない。
蒼太がそんな、様々な罪悪感に苛まれていたとき。左腕のホログが振動する。着信だ。
その相手は――心音だった。
「――もしもし」
彼はまだ僅かに身構えながらも、着信を取る。これでも、あの一件後としては互いにかなり気持ちとしては落ち着いてきた方。蒼太の自殺未遂の後、毎日電話をかけてくる彼女の声は、最初の頃と比べても大分落ち着いている。
今では、世間話を普通にするまでには関係は戻っている。――一方で、そもそもの原因となったいざこざには互いに触れていないため、どこか薄氷の上のような緊張を残しているのだが。
『オハヨー、蒼太クン!』
わざわざビデオ通話で電話をかけてきた心音は、一点の曇りも無い笑顔を浮かべていた。とても、怒りのあまり暴れた人間と同一人物とは思えぬ程に。
「えっと、おはよ、心音」
『愛香チャンもオハヨー』
「おはようございます、心音さん」
『てゆーか、メチャ近くない? 朝から愛されてますナァ、蒼太クンは』
愛香によるがっちりホールド。心音の目にも、それはすっかり馴染みの光景だった。
『キョウから通学を再開するんだよネ?』
「うん……」
『じゃあ、またガッコで話せるようになるネー。またお昼、集まってお喋りシヨーヨ』
毎日話していて今更とも思うが、自分が彼女と話す資格はあるのかと、蒼太は思う。あれだけ傷つけたのにもかかわらず。
『――そーんなカオ、しないでよ蒼太クン』
すると。そんな蒼太の心情を、読み取ったかのように心音は苦笑いを返す。
『私だって、蒼太君と正面から向き合う資格、考えちゃうしさ』
「それは……」
彼女の事情。自殺騒動の一件の後に聞いた、心音の家庭環境。それに当たっての、今の自分の在り方。
他者を拒絶し、線引きし。そして、そうしながらも蒼太同様、孤独を感じていた心音。
自問自答の末に、彼女は自らに資格を問うた。過去を、縁を切り捨ててきた自分が、都合の良いものだけを拾おうとして。そのうえ、好意を向ける相手の大切なものまで傷つけて。はっきり“愛している”と言い切れないまま傍にいるのは果たしてよいのか、と。
『――多分、自分にそれがあるって胸を張って言えるのは、しばらく時間がかかると思う』
「心音……」
『だから、さ。私自身が、自分だけじゃなくて、蒼太君やその周りの事も幸せにできるんだって、ちゃんと思える日が来るまで、待っててほしい。――それこそ、待って貰う資格があるのかって話だけど』
「それを言い出したら、堂々巡りになっちゃうんじゃない?」
『えへへ、そうかもネ』
スクリーン越しの心音は、腹をくくるように一息吐く。そして、蒼太に笑いかけた。
『私、頑張るよ。それじゃあ、また大学で!』
スクリーン越しの通話が切れ、電話画面に戻る。そこに記される『蓮川 心音』の文字。
彼女は、前を向き在り方を見つめ直そうとしている。そんな心音の、強くあろうとする心意気を感じると、蒼太も、彼女に恥じないようにせねばと思った。
――ホログラフスクリーンを、固める意思と共に見つめている最中だった。来客を知らせるチャイムが鳴る。
予定時間通りの来訪に、流石だと蒼太は思った。
「ではお兄様、参りましょうか!」
「愛香――その前に、流石に身動きできないから離して……」
「嫌です!」
なんとなく分かっていた。仕方が無いので、蒼太は愛香と共に立ち上がる。
一歩、一歩と。近づく玄関。そのたびに、僅かずつ緊張が心臓の鼓動を強くする。
あの扉の向こうに、誰がいるのかは分かっている。待ちわびていた相手。彼女を迎えるために、蒼太は玄関へと向かう。
靴につま先だけを入れて。かかとを浮かせながら扉へ。逸る気持ちを抑えつつ、しかし抑えきれない気持ちは手の震えと言う形で表層に出しながら。
ドアの取っ手に、その手をかける。
使い古されているが故の、ギギギ、という年期を思わせる扉の音。鉄製ドア特有の重さ。
それはまるで、始まりを告げる前奏。ドラムロールには酷く遠い印象の音ではあるが、まるで同じように感じながら。垂れ幕を取り払うように、蒼太は玄関の戸を開ける。
「ただいま、あなた」
そこには、完全に修理を終えて元通りな。メイド服を着た女の子の姿をしたアンドロイド、“ココネ”の姿があった。




