8.
――状況が落ち着き、辺りに静寂が訪れ始める。直前の騒ぎが、まるで嘘のような静かさが、樹海の中を再び支配した。
「――だったら」
ココネは。ふらつきながらもしゃがみ込みながらそう言った。
「先に、ワタシを破壊しておくことを推奨するわ」
「……!? なに、を――」
そうして、足下にある、握りこぶしよりも一回り大きい石を拾い上げる。
「ワタシの頸椎部分をこれで狙って。そこにライフサポートロイドの身体機能の接続部が集約しているわ。そうすれば、10分以内に機能停止にできる筈よ」
蒼太は一瞬、冗談かと思った。だがこのアンドロイドは、冗談を言わない。それは今の、空気をぶち壊すような問答で確認済みだった。
「なんで、そんな――」
「でないと、ワタシはあなたの命を救う行動を取るわ。それを防ぐためには必要不可欠よ。自己破壊はできないようになってるし」
「君は――俺の自殺を止めたいんじゃ、ないの……?」
蒼太がそう問うと、何もおかしな事は言っていない、という様子でココネは応える。
「勿論。でも、あなたが、現状に希望を見いだせず、このまま生きていても必ず苦しみ続ける事になるというのであれば、それは一つの手段として選択する価値があるでしょう?」
「そういえば君は――自分が役に立てないのであれば、廃棄されても構わない、みたいな事を言っていたね……。そして、自分は持ち主の幸福のために存在している、とも――」
蒼太が、洗濯機を買い換える時に聞いた、ココネの在り方。人の幸せのために居る自分。ヒトの足を引っ張るくらいならば、自分はいなくなるべきだと、彼女はそう言った。
それは何の因果か、今の自分と繋がるところがあると蒼太は思った。大切なヒト達を幸せにするどころか、何度も不幸にしてきた人生。それは、他者の足を引っ張っている事に他ならないだろう。
「それに、ワタシの所有者はアナタよ。その所有者が居なくなれば、ワタシの存在意義もなくなるわ。ただの邪魔な置物よ」
「だから、壊せって? 名義変更はお願いしてあるから、君が不要になる事はないよ……」
動揺する蒼太。そんな彼に、ココネははっきりと告げる。
「ワタシは、“あなたに”仕えるライフサポートロイドよ」
その言葉は、蒼太の胸をどきりと打った。
「ワタシの、その全てがあなたのためにある。最期の最期まで、仕える義務は存在するわ。あなたの、少しでも幸福に繋がるのであれば。ワタシは、自身の全てをかける」
ライフサポートロイドは。ココネは。何が所有者の幸福のためになるかを常に考え、実行しようとする。ただ、ただひたすらに。
「だから――あなたが死を選ぶというのなら、同時にワタシも壊して」
所有者が、滅茶苦茶な事をしても。その中で考えて、そして最善を模索し、尽くす。時には、死の旅路へ同行する事も辞さない。
それは、彼女に与えられた使命だから。そしてその使命の根幹として成り立っているのは、所有者を想う事に他ならない。
人を愛し、尽くし、心の底からあたたかな気持ちで居て貰う。それが、彼女の存在理由。いじらしい程に献身的な、その在り方。
「君を――」
蒼太は――、
「巻き添えにできるわけないじゃないか……」
縄にかけていた首を引っ込めた。
「それこそ、何よりも耐えられないよ」
ゆっくりと、転ばぬように足場を降りる。
そしてココネの手からそっと、彼女の拾った石を取り上げ、足下へ落とす。
「――やめて、よかったのかしら」
「それをしたら、君まで死ぬことになる。君の存在理由を、殺す事になる。――こんな形で、巻き込みたくはないよ」
無論、ここで自殺をやめるという事は、その先でまた誰かを不幸にする可能性を残すという事だ。しかしそれでも、目の前の大切な誰かを道連れにする事。それだけはできなかった。
それは矛盾だった。だが、その矛と盾が常に、必ずしも同じ強さだとは限らない。
「わかったわ。なら、ワタシはこれからのあなたの人生が、アナタの感じる不幸を越えて、より幸せになるよう尽力させて貰う事にするわね」
「うん……」
「それから」
ココネが、優しく蒼太へと微笑む。
「ワタシは不幸という概念は感じないから、その点に関しては心配しなくていいわ」
そう言ってココネは、来た道を振り返る。――と、そんな彼女がふらついた。
「おわっ、っと、と……」
蒼太は倒れそうになるココネを支える。そして彼女の動かない右腕を、自分の肩へと回す。
「――所有者に手間をかけさせるわけにはいかないわ」
「違うよ。俺が、君にしてあげたいだけだから」
「そう。なら、ワタシに言えることは何もないわね」
ココネの道案内を受けながら、蒼太は彼女を支えつつ樹海の出口へと引き返す。もう足下も見えない程に暗くなりかけていたが、逐一彼女が注意を促したので、転ぶ心配はなかった。
「…………。ありがとう、ココネ」
「どういたしまして」
様々な意味を込めた蒼太のお礼を、ココネがどこまで理解しているかは分からない。
しかし一つ確かなのは、彼のLSRは、この先どんなことがあろうとも、彼の心の拠り所で在り続けると言う事だった。
それは、“ココネ”が“ココネ”で在るが故。ただの思い出への未練に過ぎなかった始まりは、いつしか蒼太にとって、掛け替えのないものに変わっていた。




