5.
「どうか致しましたか?」
突然立ち上がったココネに、愛香は驚いた様子で尋ねた。そんな彼女に、アンドロイドは今起こっている状況を心音と通話を接続した状態で答える。
「あのひとに何か異変が起こっているらしいわ」
「お兄様に!?」
聞くや否や愛香は立ち上がり、詳細も聞かずして蒼太の居る病室に向かって駆けだした。ココネも、急いでその後に続く。
『最初は、謝ってくるだけなのかって、思ってた、だけど何だか、途中からおかしくて』
『おかしい、とはどういった状態だったの?』
移動しながら、ココネは心音と通話を続ける。電話中の彼女自身の声は、他には聞こえない状態で、それは接続中の相手にだけ聞こえている。
『わかんない……わかんないけど、何か、変で、それで、最後に切るとき……』
「お兄様!! ――お兄様……? お兄様!?」
心音の訴えを聞きながら、ココネは愛香にすぐに追いつく。すると――彼女の視線の先。蒼太に割り当てられた筈のベッドには、誰も居なくなっていた。
『――落ち着いて聞いて。病室のベッドから、彼が居なくなったわ』
『――――ッ!!』
『――今、ワタシは彼の妹、菰田 愛香と一緒に居るわ。緊急事態につき、内容を彼女にも向けて発するわね』
ココネには、今何が起こっているのかはさっぱり分からなかった。しかし、この状況が異常な状態であることは、流石に理解できる。
「愛香。ワタシは今、蓮川 心音と通話しているわ。その内容を同時並行で伝えるわね」
そうして、ココネの口から、心音の通話内容が伝えられる。当人は相手側と回線を通じて通話しながら、自身の口にしていることと蒼太の幼馴染みの話を伝達した。
「なん、という……! お兄様……!」
それを聞いた愛香は、青ざめた様子で病室を飛び出して行く。一方ココネは、会話からこの状況を完全に飲み込みきれてはいなかった。
それは、彼女のAIでは経験が不足しており、ニュアンスや雰囲気を読み切るまでが不可能であるが故。それ故に、ココネは心音へと問いかける。
『話を聞いて、愛香が病室を飛び出して行ったわ。けれど、ワタシには未だ状況が掴めていない。あのひとに、何が起こっているの?』
『っ、ふざけないでよッ! 何でわかんないの!?』
『――ワタシは所詮作り物よ。人間とは違うわ。でも、この状況に対応しなければならないのは分かる。だから、適切な対処をする必要があるわ』
ココネの声は、とても冷静なもの。しかしその一方で、どこか歯がみするような、もどかしさを覚えているような口調で、そう言う。
『だからそのために、アナタの情報が必要よ。教えて。彼は、何をしようとしているの?』
ココネは、心音からの応答を待った。――逆を言えば、こういう時に焦らず、冷静で居られるのが自分のメリットかもしれないという皮肉を彼女は考える。
『もしかしたら、蒼太君は――』
『…………』
『自殺、しようとしてるの、かも、しれ――……っ、』
最後まで言い切ること無く、心音は泣き始めてしまった。その後に続く言葉は、嗚咽も混じっている事もあり、ココネには判別が不可能だった。
「自殺……」
ココネは数秒の間に、それについての情報をネットワークで探しつつ、思考を巡らせる。
自殺。基本的に人工知能が、決して自ら選択することのない自己破壊。高度に知能の発達した有機生命体が取る、不可思議な行動。
何故、彼がそんな行動を選択した可能性があるのか。そうココネは思うが、今はそれの推測よりも状況への対処が先だと、思考の後に行動を開始する。
『対応に当たって、少しでも情報が必要だわ。ワタシの視界を、アナタのホログラフリングにリンクさせるから、回線は繋いだままにして頂戴』
返答は無いが、未だ回線が繋がったままなのを認識しつつ、ココネも病室を飛び出す。
この場所に置いて、自死を行う場合に取り得る手段を推察。病院であるため、薬物の使用が上がるが、薬品知識を持っていないと考えられる彼がその手段を執るとは考えづらい。
となると、次に考えられる自殺手段の可能性は――……、
「302号室の菰田 蒼太のアンドロイドです。彼が病室を抜け出しました。自死の危険性があります。人員を収集し、至急捜索行動を行ってください」
ナースステーションのアンドロイドに、ココネは現在の緊急状況を伝える。するとそのアンドロイドは素早い動作で、奥の他のアンドロイドや看護師達にも声をかける。
その様子を見届けた後、ココネは確率上最も可能性の高い場所へと急ぐ。
その場所とは、屋上。この病院は7階建て。つまり屋上の高さは8階に相当する。そしてこの病院は、そこを庭園として開放しているのを、彼女は情報収集して知った。
その高さは、約21m。高所から転落した場合、人間が確実に死に至るのは45mとされている。しかし、打ち所次第では充分死に至れる高さであり、可能性としてはかなり有力な手段であるとココネは判断する。道具すらも必要はない。
ここは3階。彼女は、エレベーターをちらりと確認する。すると2つある内の一方が、7階で止まっていた。ココネは一瞬考えるも、昇降機を無視して隣の階段を選択する。
もし他の利用者がいれば、足止めされると考えたためだ。目視による計算と、自身の運動能力を考慮した段飛ばしで、階段を駆け上がっていく。
――膝の損傷を応急処置で治しているため、完全な最速ではなかったが。
『――お願い、』
今まで、ただただ泣くだけだった心音の通話音声が、ココネの中で響く。
『蒼太君を、助けて……!』
彼女の声に、ココネは頷きだけを返し、7階から屋上の出入り口へ。開く途中の自動ドアに手をかけて強引に突破し、緑溢れる庭園を見回した。
日が傾き、赤く染まり始めた空の下。ココネは庭園に居る人物を一人一人確認する。老人や青年、あるいは看護師、看護用アンドロイド。視界に蒼太は映らない。
「すみません、ここに年齢20歳弱の男性が来ませんでしたか?」
ココネは、手当たり次第にそう問いかけて行く。しかし、誰一人として蒼太らしき人物を見たヒトは居なかった。
彼女は違和感を覚えた。推測が外れたとみるべきだろうかと考えながら、ココネはもう一度周囲を丹念に確認する。すると。
『――こんなにヒトが居るところじゃ、しない、かも……』
同じ視点を見ている心音から、そう言葉が上がった。
『――確かに、止められる可能性はあるわね』
心的理由による自らへの攻撃というものには全く無縁な、ココネの言葉。それに、心音は一拍の間を置いてから回答する。
『そうじゃなくって……あたしは自殺なんて考えた事無いけど――多分、そう言うのって、他の誰とも関わりたくないから、ヒトを避けてするんだと思う。止められそうとかとは、また別で』
『それはつまり、どう言うこと?』
『説明が難しいけど――他のヒトを避けて、避けて、それでも避けきれなくて、その結果がそういう行動の表れ、なんだと思う。誰も関われない所に行きたい。状況と行動が滅裂だけど、死のうとしてるヒトは、だから人の居る場所を基本的に避けるんじゃない、かな……』
『――そういう考え方があるのね』
非論理的とも言える、前後関係さえも逆転したような行動に、ココネは理解を示す発言をした。このような状況の中だが、心音はそれを意外に思う。
『――てっきり、理解不能って言うかと思った』
『ワタシは、人と共に在るために作られた存在よ。そして、今は彼のためのライフサポートロイド。彼のために、彼の事を理解しようとする事は当たり前だわ』
『あんた……』
心音からすれば、根本から考え方の構造が異なっていて、そして恋敵である筈の、人ならざる機械。しかし、その言葉はどこか、彼女に親近感を覚えさせた。
このアンドロイドは、蒼太の事を想っているのだ、と。
――ココネは、踵を返して階段を降り始める。
『どこへ行くの?』
『次に思い当たる場所を探しに行くわ』
『思い当たる場所?』
ココネは階段を降りつつ、同時並行で今度は愛香へと通話を繋げる。
『ココネさん! 見つかりましたか!?』
『いいえ。でも、蓮川 心音の意見を加味した場合、一つ、可能性のある場所を見出したわ』
『あたしの……?』
通話は心音とも繋がっている。その回線を利用し、ココネは二人に地図データを送った。
『ここは……』
『自死を考えている、という状況において、自殺場所に選ぶ可能性の高い地点よ。今、彼のホログはOFFの状態にあるから直接は探れないけど、電話会社経由で、最新の検索履歴を探した結果、非常に高い可能性としてここが浮上したわ』
そう答えてココネは、両者のホログに地図と座標を表示した。それは、最寄りにある“樹海”だった。
『お兄、様……』
『――無論、ここへ行ったと言う確証はないわ。現在のデータから、断片的に導き出したに過ぎないもの』
『他にヒトが居なくて、邪魔のされない場所……』
『――お兄様は、ホログごとGPSを切っています。恐らく、追跡をさせないためでしょう。可能性は、充分……か、考えられ……』
『無理、しなくていいよ、妹ちゃん……』
ショックを受けたためだろう。愛香は泣き出してしまい、それを宥める心音も、今にも決壊してしまいそうな声を上げていた。
「…………」
一方、二人の人間が錯乱状態にある中、ココネは冷静に該当区域への移動手段や経路を検索していた。そちらへ行くのに用いられたとみられるバスは、丁度9分前に最寄りのバス停を出ているようで、恐らくこれに蒼太は乗り込んだのだろうと推測する。
GPSの記録も、バスのルート上で最後となっている。そこで彼は気がつき、ホログラフリングをオフにしたのだ。
――もっと早くからそちらを探っていれば、素早く対応出来たかもしれないと、ココネは今更ながらにして思った。
『今から、その場所へ向かうわ。あなた達は、可能な限り他のヒトに声をかけて頂戴』
しかし、後悔先に立たず。よって、今取れる最善策を彼女はとる。ココネは二人にそう伝えると、さらにタクシーを呼びながら警察にも連絡した。
蒼太が向かったであろうその樹海は。そこは昔から、自殺の場所として有名で、この病院から20km以内の地区にある地点だった。




