↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染みと同じ名前のセクサロイド  作者: /黒
《第六話》『禊ぎ』
PR
25/33

2.

「お兄様ッ!!」

 その部屋中に響いたであろう声を、窓の向こうから聞いたような気分とともに。蒼太は、目を開けた。

 心臓が、暴れ回っている。それはさながら、檻に押し込められた小動物が、縦横無尽に動き回って外飛び出そうとしているかのようだった。しかし幸いにも格子が決壊する事はなく、徐々に落ち着きを見せているそれを蒼太は他人事のように感じる。

 そうして、ゆっくりと落ち着きを取り戻しながら、彼は周囲の情報を拾い集める。

 視界に映るのは、見知らぬ天井。白いプラスチックのはめ込まれた無機質な電灯と、オーガニック感の取り除かれた室内の上部。それから、その区画を囲うようなカーテンレール。幕は開かれており、他の患者の様子が、視界の端に僅かばかり見える。

 ――どうやら病院らしいと、蒼太は理解した。

「愛香……」

 自分の手を握っている誰か。蒼太がゆっくりと顔を向けると、そこには大切な自分の妹の姿があった。

「お兄様……! よく、よくお目覚めに……!」

 ベッドの傍らに座る愛香は目に一杯の涙を湛え、握る手を強くしてくる。起き抜け故か、蒼太はそれを鈍い感覚で感じながら、冷静に状況を思い出そうとする。

 ――今は亡き母の夢が、色濃くこびりつく中。蒼太はそれを、水を含みすぎた絵の具で無理矢理上塗っていく気持ちで、記憶を巻き戻す。

「――っ、そうだ、ココネは!? 心音は!? ……ッ、つつ、」

 後頭部の痛みに、蒼太は思わず顔をしかめる。同時に戻って来る、転倒した記憶。その後の記憶が無い。

「お兄様……お兄様、まずは、落ち着いてください」

 愛香は蒼太を介抱する。彼女にも大分迷惑をかけてしまったに違いないと、兄は思った。

「え、っと――俺は、どれくらい寝てたの……?」

「今の時間は――ええと、6時間ほど、ですね。脳震盪だそうで、特に命に別状の無いものと言われましたが……」

「――心配かけてごめんね」

 不安に揺れる愛香の眼差しを見て、蒼太は安心させようと頭を撫でてやる。そうしてから、続きを聞く。

「――わたくしが追いついた時には、既にお兄様は転倒していらっしゃいました。その後、少し経ってから、救急隊の方が来られたのです。彼らはLSRのココネさんから状況説明を聞きながら、そうしてお兄様をこちらへ搬送してくださいました」

「そっか……二人は一先ず無事なんだね。――ん? 警察は来なかったの……?」

 おぼろげながら蒼太は、ココネに対して『通報してほしい』と言った事を覚えている。

 自分一人で心音の事を止められるかどうかわからなかったし、あの時は何が何でも心音を止めねばと必死だった。

 ――咄嗟ではあったが、そこまではすべきではなかったかもと、蒼太は思う。

 しかし愛香は、首を横に振る。

「いいえ、来られる様子はありませんでした。通報されたのですか?」

「ココネにそう言ったんだよ。でも、そっか……多分してないんだね」

 結果としてよかったかもしれないと、蒼太は思う。もし心音が警察の厄介になってしまったらと思うと、やりきれない気持ちになっていただろう。

 どうして彼女が警察に通報しなかったのかは分からないが、蒼太は少し安堵する。

「救急車には、わたくしとココネさん――LSRの方の彼女が同乗致しました。幼馴染みの心音さんは……拒否されたので、一先ずお兄様の部屋の戸締まりをして、あとはこの病院に」

「心音は……」

「――すみませんが、その後の彼女の事は分かりません。お兄様の事で、必死でしたから」

「そっか……本当にごめんね、心配かけて」

 本当に、自分は何をやっているんだと、蒼太は思う。

 ヒトを傷つけて。心配させて。昔から――昔からそうだった。

「――あなた。起きたのね」

 蒼太が鬱屈した気持ちで俯いていると、ココネが病室に入ってきた。病室は6人が収容できる部屋で、蒼太の病床は入り口に近い二つの内の一つであったため、すぐに彼女の姿が見えた。

「ココネ……腕……」

 蒼太は、ココネの姿を見て言葉を詰まらせる。

 彼女自身は平然としているものの、その両腕には包帯が巻かれていた。破れたメイド服の袖の下に、痛々しく巻かれているそれ。人工細胞が破れたためか、それにも衣服にも、彼女の生体部分である血が滲んでいる。

「少しばかり不具合は起きているけれど、機能停止には陥っていないわ、安心して。今は応急処置だけど、修理に出して貰えれば完全な修復が可能になるわ」

「そっか……大事はない、ということでいいのかな。でも――ごめんね、俺のせいで」

「――? あなたのせい?」

「そう、俺のせいだよ……」

 蒼太は、自分の罪を自覚する。


本来自分は、心音と“あまり距離を近づけるべきではなかった”のである。


 にも関わらず。過去好きになった幼馴染みとの再会に気を緩めてしまったのか、対応がなあなあになり、挙句デートまでしてしまった。

 全ては、自身の油断が原因である。己という存在の因果を忘却し、舞い上がっていたが故の末路。それを今更ながら自覚し、蒼太は自己嫌悪に陥る。

「――顔を上げてください、お兄様」

 蒼太は、叱られる子供のように肩をびくりとさせる。しかし、愛香のその声も表情も、とても穏やかだった。

「――お兄様。仕方の無かった事、だと思います。今も、昔も」

「仕方の無かった……?」

 蒼太は、足にかけられている布団を握りしめる。

「仕方の無かったで、済む話じゃない……! 済む話じゃないから! 母さんも、心音もおかしくなっちゃって……ッ! ココネも、襲われて……ッ!」

 しかし、決して顔は上げない。上げられるわけが無い。

「愛香だって! 本当は恨んでるんだろ!? なのに、自分は大丈夫だ、自分は幸せだ、なんて顔をして!」

「――わたくしは、幸せですよ。お兄様」

「変に気を回さなくたっていいよッ! 俺のせいで小さい頃は友達もできなかったじゃないか! なのに本人を前にして、幸せだなんて! 何で気を遣うんだよ!」

 叫ぶ度に、蒼太はどんどん身体を丸めていく。誰の方も見ようとしない。誰にも顔を向けられない。相手が、どう思っていたとしても。

 誰の何も、聞くのが恐ろしかった。

「お兄様……」

「…………」

「――お兄様」

 愛香の声は、優しい。しかし、だからこそそれが余計に、蒼太の心を締め付ける。

「少し、お手洗いへ行って参りますね?」

「…………」

 愛香の申告にも、蒼太は返事をしない。できない。今、彼女がどんな顔をしていたとしても。それを受け止める事はできない気がした。

 ――反応がないため諦めたのか。蒼太の耳に、愛香がココネへと呼びかける声が聞こえる。

「すみませんココネさん。どこにあるか分からないので、案内してくださいませんか?」

「――? あなたはその場所を、分かっているのでは……?」

「お願いします」

「――分かったわ。あなた、構わないわよね?」

「…………。うん……」

 その場から、去って行く足音。蒼太は一人取り残されたような気持ちになる。

 それを、当たり前だと思う一方、身勝手にも孤独への苦しみを覚えた。そうあるべきであるのに、そうありたくない。そんな矛盾した気持ちが、また蒼太を苦しめる。

 どこまでいっても、自分は愚かで学ばない人間なのだと。囁かれている気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。