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幼馴染みと同じ名前のセクサロイド  作者: /黒
《第五話》『好意』
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2.

 ココネは、呼び鈴のブザー音を感知した。

 現在、彼女は居間に座って朝食の最中だった。いつもの残り物を、人間よりも少なくすむ量だけ取り、咀嚼して消化器官へ納めていく作業を、現在進行形で行っていた。

 そんな彼女が、呼び鈴に手を止める。そして、音のした方向を首だけで振り返る。その動作は、人間らしく作られているLSRの中では珍しく、機械的なものを思わせるものだった。

 音を感知したココネは、食器を置いて居間を後にする。黒いソックスを纏う足が廊下に出て、フローリングを踏む音が鳴った。

 寮は建てられてからそれなりに古い。そのため、未だにテレビドアホンのようなものはつけられていない。押し込めば押し込んでいる間ずっと鳴り続ける、前時代的な呼び鈴――というよりブザーを未だに使っている。当然、相手の確認にはドアにある覗き穴を使わねばならない。

 ココネは、外履き用のスリッパを履いて玄関の青い塗料の塗られた鉄製のドアの前に立った。築何年の間に、何度か塗り直されたであろうそれは。古めかしい見たままの重量感と共に、少々のことではびくともしない頑丈さが見て取れる。

 ココネは、ドアに両手を添え、若干の背伸びをして、覗き穴を覗く。彼女のような十代前半の外見を持つ小柄なLSRにとっては、僅かばかりの不便。だが、少しつま先を立てれば間に合うため、敢えて挙げる程の不満は彼女にはない。

「…………」

 ココネの視覚センサーに、穴ごしに誰かが捉えられることはなかった。来訪者は呼び鈴を押した後、扉の前に通常立っているものだ。ココネは、少しばかり不思議に思う。

 考えられるケースはいくつかある。まずはイタズラ。場所問わず、こういった意味の無い迷惑行為というものは、どこであろうと起こりうる。ココネにはそれをする理由は理解できないが、恐らく当人らにとっては意味のある行動なのだろうと推測できる。

 もしくは、別の部屋と間違えたケース。呼び鈴を鳴らすも、その後に部屋の番号を確認し、失態に気がついた可能性だ。

 一般的には、その場合であっても自らの過失を謝罪するために、待ち続ける場合が多い。しかし世の中の人間は必ずしもそうではない。ドアの前に誰も居ないというのであれば、そうしなかった人物の来訪だったとも考えられる。

「…………」

 何れにせよ、この状況においてココネの取るべき行動は限られていた。むやみに鍵を開けて確認したりはせず、自らの職務に戻る。これが最善である事に相違無いだろう。

 それは無論、防犯のため。他のケースとして、強盗行為を企んでいる人物の来訪の可能性があるためである。

 ここで不審に思い、うっかり鍵を開けてドアを開放してしまった場合。部屋の中に押し入られてしまうかもしれない。留守を預かる身として、それは望ましくない。故に、そういったパターンも考慮に入れ、鍵を開けないという選択をココネは取った。

 間違っても、主である蒼太ではないだろう。彼は鍵を持って出かけたし、仮に何らかの事情で自らドアをあけられなかったとしても、その前に立っていないという事はありえない。

 以上から、ココネは背伸びを止め、後ろ向きに少し下がってからスリッパを右から脱ぐ。自身に搭載されたジャイロセンサーのデータと複合した極めて的確な重心移動により、一切ふらつくことないその行動。ソックスを履いた右足のつま先が、フローリングと触れ――……、


 一瞬、覗き穴に“影が差した”。


 右のつま先は床に触れたまま。左足はスリッパを履いたまま。ココネは動きを止めた。

 誰かが通りかかったのだろうか。否。もしそうであれば、足音がしている筈だ。ココネの聴覚センサーは、人間には聞き取るのが難しいような僅かな音でも拾う事ができる。その感度は、ドアの向こうで誰かが普通に歩いている程度ならば余裕で知覚する事が可能だ。

 しかしその鋭敏な聴力でも、“誰かがドアの向こうで足音を忍ばせていれば”音を拾うことができない。

 普通に通行する場合において。わざわざ忍び足をする必要はない。であるならば、何者かが音を抑えて“こちらを覗き込んだ”と考えるのが最も可能性が高いだろう。

 スリッパを半脱ぎのままココネは――相手に声をかける事にした。

「そこに誰かいますか?」

「…………」

 返事は無い。この時点で、ココネは自らの選択を迷う。

 この鉄製のドアの向こうに、人がいる可能性は高い。しかし、その目的は不明である。

 ココネは、通報を迷う。が、この判断は中々に難しい。彼女としては、今直面している相手が、何らかの悪意を持った人物である事を想定し、万全を期したい考えがある。

 しかし一方で、これが蒼太の機知の相手による悪戯である場合もある。現に悪戯ではなかったものの、彼の妹である菰田 愛香が、一般にいう借金取りのような来訪のしかたをした事があるのだ。

「10を数える以内になんらかの返事をされない場合、通報処置を行います。可能であれば、ご自身が何者なのか、身分開示をお願いします」

 そして考えた末、ココネはこうするのが最適だろうと、ドアの向こうの相手に声をかけた。

 人間は、時と場合によって思考を結論まで持っていくのに時間がかかる場合がある。それを考慮した結果、“少しだけ待つ”という行動をココネは選択したのだ。

 彼女の、愛らしい小さな唇から。無機質な数字のカウントが、刻まれる――、


「10」

「…………」


 反応は無い。


「9」

「…………」


 反応は無い。


「8」

「…………」


 反応は無い。


「7」

「…………」


 反応は無い。


「6」

「…………」


 反応は無い。


「5」

「…………」


 反応は無い。


「4」

「…………」


 反応は無い。

「3」

「…………」


 反応は無い。


「2」

「…………」


 反応は無い。


「1」

「…………」


 ……………………………………………………………………………………。


「ゼ――……」


 その時だった。


「――あたしあたし! 蒼太クンのトモダチだよ!」

 ドアの向こうから、張り上げられた声での反応が見られた。

「名前をお願いします」

「蓮川 心音だよ! ちょっとここを開けて欲し~ナ?」

 ココネの聴覚が、その声の持ち主を名乗った人物本人だと断定する。先日記録した声紋データと、当該の人物は確かに合致した。

 しかし、ココネは扉を開けない。留守を預かる者として。目的不明の主以外の来訪は、常に状況を明確にしておく必要がある。

「ご用件はなんですか?」

 すると――……ドアの向こうから、小さく『チッ』という舌を打つ音が聞こえてきたのを、ココネのセンサーが聞き取る。

「……――えっとね。昨日蒼太君に返し忘れた本があってさ。それで、今日は来たってわけ」

 ココネは、当の蒼太からはそういった事は一切聞いていない。

 しかし。所有者が、LSRに対して全ての情報を開示しなければならないという規定は存在しない。だから、自身の知らない他者とのやりとりがあろうとも、なんら不思議ではない。

 蓮川 心音は、蒼太と同じ大学に通っている。ならば通学日に返せばいいのではともココネは思った。だが、当人らのプライバシーに干渉するのは得策ではない判断する。

 きっと、急ぎで返却しなければならない理由があるのだろう。何より、主の知人であるので、何らかの犯罪を行う可能性は低いと判断できる。

「わかりました」

 来訪者から本を借りた本人は今この場に居ないが、物品の返却程度であれば、当該する人物が居る必要はない。むしろ、所有者が他の理由で対応できない場合に、その代役を果たすのも、LSRの仕事の一つである。

 ココネは。もう一度スリッパを履き直し、ドアへとその距離を縮める。

 彼女の、細く華奢な指が、ドアのサムターンにかかった。そしてココネはそのまま、特に躊躇する事もなく。いつものように、つまみを回す。

 手のセンサーが感受する、ロックの解ける感触。カチリと響く音と連動して手に伝わる感覚を確かめてから、無駄のない動作で、彼女は取っ手に手をかける。

 ――取っ手を下に引き、ドアを開き始めた瞬間。ココネにメッセージが届いた。


『俺以外の誰かが尋ねてきても絶対にドアを開けないで』


 扉が開放された次の瞬間。


ココネの視界センサーに、蓮川 心音の振り下ろす金属バットが映った。



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