3.
服を見て回った後、蒼太と心音は、最寄りの喫茶店に入った。
有名な全国チェーンではなく、市内に展開しているような、あまり規模の大きくないお店。クラシカルな雰囲気の内装の中に、コーヒーの香りが仄かに香ってくる、そんな場所だ。
休日という事もあってか、客入りもそれなりのようだった。顔ぶれも老若男女様々。皆一様に、落ち着いた雰囲気の中で和やかに談笑し、それが小さい店ながらも入りやすい、この場の雰囲気を形作っている。
「結構良い雰囲気のお店だね」
「でしょー。こっちに来るときは、結構な頻度で寄るんだよネ。それで、今日はちょっと、一緒に行きたいメニューがゴザイマシテ……」
そう言って、心音はメニューのとあるページを開いて、蒼太に見せる。
「えっと、なになに……? “カップル限定クリームチーズパフェ”……カップル限定クリームチーズパフェ!?」
蒼太は、二度も言った。大事な事なので。
「イヤン、蒼太クンったら。復唱せずとも聞こえますってェ」
「カ、カップルって、カカカ、カップルって――えぇ……!?」
突然お出しされたレッドワードに、蒼太は急速に顔を熱くさせる。一方、脳がヒートして彼が頭の回転を鈍らせている間に、心音は店員を呼ぶ。
「スミマセーン。この“カップル限定クリームチーズパフェ”をお願いシマース」
「ままま、待って、待って心音!」
確かに、自分たちは幼少期、互いに対して好意を抱いていた事を告白している。しかし、ややこしい事ながら、今現在は付き合っているか、と言われるとそれはNOなのである。
なので、そんな曖昧な状況に劇薬を投下した心音を、事実だとかそういう事関係無しに蒼太は止めようとしたのだが。
「ン? どったの蒼太クン?」
心音はすごく。ものすごく、理解していますよと言った様子の笑顔をしていた。とてもそれは輝いていた。輝きすぎて、星が浮かんでいるのを蒼太は幻視した。
「あっか……」
――しかし同時に、彼女の顔も真っ赤であることも、見逃せない事実だった。何なら耳まで赤くしており、ともすればそれは、自分よりも赤いのではないかと蒼太は思った。
店員が注文を聞き届け、テーブルを離れていく後ろ姿を見てから、蒼太はもの申す。
「こ、心音……! 俺達って、まだ特に付き合ってるわけじゃ……!」
「ンヒッ、ンヒッ、ヘヘ、や、やっちゃってやったゼ……!」
羞恥故の反動か、半ば過呼吸を起こしながら、心音はそう応える。
「た、確かにそう、だけどさぁ……! あたしとしては、さ、その、蒼太クンとは、そうなれるといいかなって、思ってたわけですよ」
「お、俺と……」
「――蒼太クンは、その、も、もしかして……嫌、だった……?」
顔は赤いままながらも、心音はおずおずと尋ねてくる。
――蒼太は悟る。これは、彼女なりの意思表示なのだと。自分はこれからもその気であると、伝えてきているのだ。
「――べ、別に嫌、では、ない、かな……?」
「そ、そっか、よかった……うん」
そこから、何を話せばいいのか分からなくなり、蒼太は何も言葉を返せない。しかしそれは心音も同じらしく、互いに顔を俯かせ、沈黙する。
だがそれは、決して居心地の悪いものではなかった。むしろ、互いに熱を持った想いをまだ抱えているのだという事を理解できて、どこか心地のよいものであった。
そうして、口数少ない時間が過ぎ、やがて注文したクリームチーズパフェが運ばれてくる。
白いクリームチーズを中心に、マンゴーやベリー、イチゴなどで彩られた、甘味の建造物。カップル限定という事で、二人で食べることを前提として作られているのだろう。それ相応に大きく、重量感のあるものだった。
なお、この手の品物故のあたりまえなのか、取り皿というものは用意されていなかった。一つのパフェに二人でスプーンを差し込みながら食べるようデザインされているらしい。
「……どうしよっか、取り皿」
注文したものの、結局はまだ付き合っているわけではないと、取り皿を貰う事を蒼太は思案する。おそらく、言えばその手のものは貰える筈である。ところが――、
「おりゃあッ!」
それをする前に、心音はパフェへと自らのスプーンをズブリ。クリームチーズを纏ったイチゴを発掘し、そのまま口に運ぶ。
「躊躇がない……」
「折角なんだからさ、このまま一緒に頂かないと色々損じゃん! じゃんじゃん!」
「う、ううん……そう、なのかな……」
一つのパフェを、憎からず思っている女の子と共につつく事を考えると、蒼太は再び顔が熱を帯び始めた。
しかしそれはやはりと言うべきか心音も同じようで。次々とパフェを口に運んでしまう様は、ともするとそんな気恥ずかしさを誤魔化しているようでもあった。
「――ええい、儘よっ」
蒼太は意を決し、パフェに取りかかる。
そうして掬い上げたのは、一口サイズに切り分けられたマンゴー。先端の小さい、パフェ用のスプーンの上に、果物とクリームチーズの重量感を感じる。
口に運ぶ。刹那、口いっぱいに広がり鼻から抜ける瑞々しいマンゴーの香りとチーズの酸味。それから双方の滑らかな甘さ。
「――おいしいね?」
「でしょー。――でもさ」
「うん?」
「――コーヒーか紅茶が欲しい。甘過ぎ。甘過ぎ太郎……」
「至極同感だよ……なんで一緒に注文しなかったの」
「テンパってた。それ以外に理由が見当たらない……」
「なるほど、すごくよく分かったよ……」
それから、二人でホットコーヒーを追加で注文し、パフェを食べ続けて行く。そうしている間に、二人で一つのパフェをつついているという状況には、蒼太も少しずつ慣れてきた。
慣れてきて、思考に余裕が生まれてくる。目の前のパフェ。心音と分け合う事の意味。それに対して、振り返る事ができる程度には、心臓が落ち着いてくる。
そんな中でちらりと彼によぎる、一つの思考。
「(これ、カロリー多そうだなぁ……“ココネ”には伝えておいたほうがいいかも)」
日頃、自分の健康のために様々な栄養摂取量を管理してくれている、ライフサポートロイド。その顔が、蒼太の頭によぎる。
別に、多少の間食などでは彼女はもの申したりしない。人間のそういった嗜好品にもある程度の理解を示す彼女は、ある程度であれば寛容だ。
ただし、可能であればその内容を報告して欲しいと言われていた。それは、やはり健康的な栄養バランスのため。僅かであれば誤差かもしれないが、このパフェは明らかにその範囲外だ。
帰ったらココネに報告しよう。蒼太が、そう思っていた時だった。
カツン、
と。減ってきたパフェの容器の中で、スプーンとスプーンがかち合った。
「あっ」
そこで、蒼太の意識が一気に引き戻される。思わず心音の方を見ると――彼女のアイラインを引いた眼は、当たった二つのスプーンを見下ろしていた。
そんな眼差しの先が、ゆっくりと蒼太の方へと、変わる。
「――当たっちゃったね」
「う、うん……」
途中から意識外にいっていた、二人で一つのパフェをつつくと言う行為の事実が、蒼太の元へと戻って来る。
それと同時に、またもや熱くなる顔。しかし今度は慌てるという行動には発展せず、代わりに、胸の奥で激しく燃えるような鼓動という形に表れていた。
「――え、っと、当たっちゃってごめん」
「えへへ、いいよいいよ。こういうのを食べてるんだから、そういう事もあるよね」
心音はそう言って可愛らしく首を傾け、笑顔を形作っていた。
◆
蒼太が帰宅したのは夕食には少し早い夕方ごろだった。あの後も蒼太は、心音と共にお店を見て回り、日が傾く頃に解散、という形になったのである。
「おかえりなさい、あなた」
そんな蒼太を、夕食の準備をしていたらしきココネが出迎える。その姿は、いつも大学から帰ってきた彼を迎える姿とほとんど変わらない。
そんな蒼太に、ココネはまたいつもと変わらない伺いを立ててくる。
「荷物、運びましょうか?」
「荷物……あ」
そこで、蒼太は気がついた。今、彼の手にあるのは肩掛けのバッグと、それから紙袋。
そして、その紙袋には今朝着ていった服――デートへ行くとなって、ココネに選んでもらった服が入っているのだ。
つまり、今着ているのは、彼女に選んでもらった服ではない。“心音”に選んでもらったものであり、それをうっかりしていた蒼太は、まるでココネのチョイスにケチをつけたような今の状況に、気まずい気分を覚える。
「――?」
が、案の定と言うべきか。彼女は、蒼太の挙動不審に疑問を覚えるばかりで、かわいらしく小首を傾げているだけだった。
――数日前なら、蒼太はその無感情な対応にまた失望を覚えていただろう。しかし、今はそんな彼女が何を大事にしているか分かっている。
「ごめんね、折角選んでくれた服だけど、着替える事になっちゃって」
「構わないわ。汚れたの?」
「そうじゃないんだ。ただ、えっと――この服は、心音が選んでくれて……」
罪悪感を滲ませながら、蒼太は告白する。すると、ココネは彼の元までやってきて、間近で新品の服を観察し始める。
「ど、どうしたの……?」
「次に選ぶときの参考データにしようかと思って」
参考も何も、何がどう違うのか分からない蒼太は、とりあえずその場で立っているしかなかった。彼女も怒ること無く、嫉妬する事なく。ただ、蒼太のための行動を模索している。
「――それはそれとしてなんだけど」
「うん? 何?」
「“心音”と“ココネ”って、やっぱりややこしいわね。やはりワタシは呼び名を変えるべきじゃないかしら。“ココネツー”とか」
「何かそんなのいた気がするなぁ……!」
おそらく、名前を変えたくないという希望に添ったのかもしれないが。それは何か違うのではと蒼太は苦笑いする。
――例え蒼太が。誰と、何をしていても。ココネは、そんな彼のために、彼のためになる事を一生懸命遂行するだろう。
「あー、ええと。来週の土曜か日曜も同じかんじで出かけるかも」
「わかったわ。次の時も、夕食は必要でかまわないかしら?」
そんな彼女の姿には、以前以上に愛おしさを覚える他無かった。




