2.
繁華街。そこは土曜日という事もあって、それなりに賑わっていた。
車の交通量の違いの程は蒼太には分からないが、歩道には自分とそう変わらない年齢であろう男性や女性の組み合わせが多く歩いている。加え、所謂“カップル”らしき取り合わせの人々も大勢いる様子で。今日はその中に、自分も含まれるかもしれないという事実に、彼は顔を熱くしていた。
「ちょっと服を買いたいなって、思ってネー」
「服?」
いつもファッションがかなり攻めているとは言え。むしろだからこそ、心音はそういった事に余念がないのだろうと、蒼太は思った。自分にはよく分からないが、日頃の衣装にしたって、様々な組み合わせ、様々なスタイルのものがあるに違いなく、そしてそれ故に、その時の気分によって無限の組み合わせがあるのだろう。
――そう思って心音と共に繁華街を歩き、とある服屋に入ったのだが。彼女と向かったその売り場は、予想に反し、メンズファッションコーナーだった。
「――男装でもするの?」
「ナンデそーなるの??」
心音からは呆れたようにそう言われてしまうが、蒼太は首を傾げるばかりだった。――傾げて数拍。もしや、と思い至る。
「まさか――俺の服だったり……?」
「だぁ~い正解! 10ポイントあげちゃおう」
「え、いや、え……な、なんで……?」
相も変わらずポイントの意味は分からないが、蒼太はそれ以上に突然自分の服を買いに来るハメになった意味が分からなかった。
――今の自分は、決しておかしな服装はしていない筈である。少なくとも、幾らか前の陰キャ丸出しな野暮ったい風体はしていない筈である。
そもそも、さっきも悪くないと言ったのではなかったか。
「理由は至極単純だよ、蒼太クン」
と、心音はずびしっと蒼太に指をさす。
「今のキミは、フツーすぎるッ!」
「フツーすぎる??」
言われて、蒼太は自分の服装を見下ろしてみる。見下ろして、いや、となる。
「フツーでいいんだけど……?」
普通、と言うのは、大体がいい意味で使われる事は無い。それは言い換えれば“個性がない”という事を意味しており、没個性のまま集団に埋没している事を表している。
しかしながら。それの何が悪いのか、と蒼太は声を大にして言いたい。誰かに迷惑をかけるわけでもなし。むしろ、変に目立って自分の望まぬ状況を引き寄せるくらいならば、尖った個性など必要ないのではないか。
「甘い、甘いよ蒼太クンは」
しかし、心音はまたもやちっちっちと指を振る。
「キミはきっと今、変に目立ちたくない、とか考えてるよね?」
「う、うん」
「そもそもの前提が大間違いだァよ! 目立つイコール個性がある、という事ではないし、地味イコール目立たないと言う事でもないんだから!」
なんのこっちゃ。と、どこか置いてけぼりな蒼太を余所に、心音は店内にかけられている衣服を漁っていく。
そして、彼女の思い描いているものが見つかったのか、それを蒼太の前で広げてみせる。
「まずはコレ!」
それは、一枚の襟付きシャツだった。色は黒色。今蒼太が着ているのは襟のない白いシャツで、右胸の所に小さく黒でロゴがプリントされている。
「え、っと……?」
色の違いこそあるが、シンプルめという部分では大した違いがあるようには、蒼太には思えなかった。
すると、そんな彼の様子を察したのだろう。心音が、得意げに選んだ理由を説明してくる。
「この襟の部分を見てほしいんだけど」
「襟?」
「淵に沿って、白いラインが二本ずつ引いてあるでしょ。このシャツは、確かに今蒼太クンが着ているものと同じくシンプルめなものなんだけど、このシンプルさって言うのは、徹底的な引き算の上で残った、一つの完成されたデザインなんだよ!」
どういう事だ、と蒼太は思う。自分には、そう言われてもあまり違いが分からないのだが。
「菰田 蒼太クン。にぎり寿司というものを知っているかい?」
「――ん? 服の話をしてたんじゃ……」
「あれもまた、徹底的な引き算の上で極限まで無駄を無くした、一つの料理の形なんだよ」
心音は、得意げに語る。
「にぎり寿司を構成するのは、シャリ、ネタ、そしてわさび。あれはね、ネタをおいしく食べるために徹底的に計算されつくした上での組み合わせなんだ」
「ふーん……?」
「じゃあネタをそのまま食べればいいって? ノンノン。ネタ部分だけだと、余計な部分、所謂おいしくない要素まで入ってくる事もあるのさ。代表的なのが、生臭さ。ものによっては油っぽさ。しかしコレを、わさびや酢飯のシャリを用いることで相殺しているんだヨ!」
「く、詳しいね……?」
「余計なものを加えず、必要最小限で最大限の効果を発揮させる技術! それは、他の分野――そう、衣服にだって存在するのデス! その一つの例が、この簡素なラインの入ったシャツ! シンプル故にたるんだ野暮ったさを、この部分で引き締めているのだっ!」
あらゆる物事は繋がっているとは言うが。まさか、寿司の話とシャツの話を繋げられると思っていなかった蒼太は圧倒された。何より、その熱量が凄い。
「と、このよーに! 無地なだけよりも、こういった僅かな要素を一線引くことで、ただツマラナイ普通があーらフシギ、どこか色気のある普通に変わるってわけですよ!」
「そ、そうなんだ……」
色気のある普通、というのがどう言うものかはいまいちよく分からない蒼太は、一先ず同意しておくことにする。熱く持論を語る相手に、わざわざ水をかける必要はない。
だが。それはそれとしてと、蒼太は思ったことを口にする。
「――でもそれなら、この服だってこういうロゴがついてたりするけど?」
「ちぃちゃい」
後にその様を蒼太は、酔っ払ってうんちくを垂れるおじさんのようだったと語る。
「え?」
「ちぃちゃいの! 効果が、うっすい! 薄めすぎたカルピス並にうっすい!」
そう言いながら、心音はぐりぐりと人差し指で由緒正しき企業のちぃちゃいロゴを突く。
「んでもって、パンツもその色に合わせてこっちのモスグリーンのスラックスに変えちゃおう! ほらほら、早速試着室へゴーだよ!」
あれよあれよと言う間に服を手渡され、蒼太は試着室に押し込められる。
「えぇ、でも……」
これは、と言おうとしたところで、肩越しに心音の顔を見る。――すると、彼女は今までの表情が嘘のようにしおらしい顔で困惑していた。
「あー、もしかして、着替えたくない理由とか、あったりする……?」
「ええと、それは……」
内心。正直な事を言えば、今着ている服は選んでもらったものだ。それをあっさりと着替えるのは、まるでその意見を無視するかのようで、少なからず蒼太は抵抗を覚える。
――が、同時に心音をがっかりさせたくないという気持ちも浮上する。その二つを今、蒼太は天秤にかけなくてはならない。
「ええと……」
その、秤の果てに。
「――いや、大丈夫。着替えてくるよ」
心音の勧めを、一先ず聞く事にした。
「――着替えた、けど」
程なくして。蒼太は、手渡された服に着替えてから、その姿を心音に見せる。
すると彼女は、蒼太のことを拍手して出迎えた。そうやってシンバルを叩くサルの玩具があった気がするなと、こっそり思った。
「いいジャンいいジャン! 似合ってるよ蒼太クン!」
「――そう?」
基本的に、そういったものはよく分からないので、組み合わせの善し悪しは人任せなのだが、とりあえず心音の期待に応えられたようでなによりだと、蒼太は思った。
「それじゃあ、それをこのまま買って、着ていっちゃおっか!」
「あ、やっぱりそういう流れになる? えっと、これいくらだったかな……」
蒼太が値段を確認しようとすると、心音がそれを制してくる。
「いいよいいよ、あたしが払うって」
「えぇ? 俺の服だよ?」
「ぶっちゃけ、あたしの我儘みたいなものなんだし。だったら、こっちが代金出すのがスジってもんっしょ。スイマセーン!」
これまた有無を言わせず、心音は店員を呼んで服の代金を払ってしまった。服だって、そう安いものでもない。ありがたい気持ちもある一方で、蒼太は少し申し訳なくなった。
――今まで着ていた服は、手提げの紙袋を貰ってそこに仕舞った。
「ンフフ、行こっか、蒼太クン!」
心音は、代金を自分で出した事は全く気にしていないようであった。それどころか、心底楽しそうな彼女の姿を見ると、蒼太はそれ以上何も言えなかった。




