1.
とある日の祝日。大学の講義が、存在しない日。蒼太は今、寮前にある駅の入り口に向かっていた。
天候は快晴。日差しは季節にしてはやや強く、汗ばむ程。日頃の運動不足も重なり、少し歩いただけで服の中が蒸れるような、そんな日。
彼は今、いつにも増して落ち着かなかった。逸る気持ちと、慌てていてはみっともないという二つの気持ち。その二つを、早足という形で表出させている、その最中にある。
なぜなら、今日の蒼太は――……、
「こ、心音、お待たせ……!」
「あ、オハヨー蒼太クン!」
心音と、一緒に出かける約束をしていたからである。
「待った、かな……? 一応、約束の5分前にここに着けるようにはしたんだけど……」
そう言いながら、蒼太はホログで時間を確認する。……約束の4分前だった。
見なかったことにした。僅か1分。場合によってはそれ以下。なんとか見逃して貰えないだろうか。
「ウーン、待ったかな。1時間くらい」
「えっ……」
「これはぁ、蒼太クンにはお詫びしてもらう必要がありますなぁ」
心音は、まるで闇金の取り立て屋のようなにじり声でそういった。
声を大にするつもりこそ無いが、まだ正確には待ち合わせ時間の4分前。いや、3分前である。にもかかわらず、その1時間前から待ってましたと言われるのは――、
「……理不尽すぎない?」
――と、僅かに遅れてきた分際の蒼太は、若干悪びれながらもそう言った。
「フッフッフ、甘いなぁ蒼太クンは」
ところが心音は、メトロノームの針のように指を振る。
「それが! デート! マナー! ――というものなんだヨ!」
「えぇ……?」
蒼太は、この手のことには詳しくない。詳しくないから、下調べもそれなりにしてきた。“デート”というワードに気恥ずかしさを覚えつつも、概ね間違っていないであろうそれを、事前に調査していた。ヘタを踏むわけにはいかないからである。
だから断言できる。
「――嘘、だよね?」
そんなデートマナーは、どこにも存在しない! ――と。
「ンフフ、やるねぇ蒼太クン。初めてのデートトラップを、見事回避してみせるとは」
「心音は一体どこを目指してるの?」
「ちなみに、1時間くらい待ってたっていうのも、もしかしたら嘘かもしれない」
「それこそ絶対嘘だったでしょ」
正直、楽しみにしていたのは分かる。きっと今の自分も、心音と同じくらい楽しみにしているから、それは凄く理解できた。
しかしだからと言って、約束の時間の1時間前から待っているのは流石にあり得ないと言えた。大学前と言う事もあり、電車の本数はそれなり。そこそこ丁度いい時間に到着できるはずだし、だったらそれまでの時間、デートのための準備時間に活用している。
――すると、そんな蒼太の思いを見透かしたように、心音は下から覗き込んでくる。
「わかんないヨォ? ホントに待ちきれなくて、早くから来てたかもしんないじゃん」
まあ、確かに理屈を積み立ててはみたものの。彼女の言いたいこともある程度理解できなくもないと蒼太は内心思う。
早く着けば、それだけ早く会えるかもしれない。無論、待ち合わせ時間を設定しているため、結果としては大して変わらないのかもしれないが、そういう思いも浮かばないではない。
だが蒼太は、意図してそれをしなかった。なぜならデートについての下調べをしている際、そういった行為は、所謂 『がっついていて余裕が無い』ように見える、という情報を目にしたからである。
だから(色々悩んだ挙句)待ち合わせとしては定番の10分前、5分前に到着するようにすると言う選択肢をとった。……4分前だったけど。
「ンフフフフ、かわいいなぁ、蒼太クンは。悩んじゃって」
「そうさせてるのは心音でしょ……」
「狙い通り、ってやつだネ。思ってた通りの姿も見ることができて、マンゾクマンゾク」
「も、もう、いつまでもこんな所で喋ってないで、行こうよ!」
かわいいと言われて喜ぶ男は居ない。むしろ恥ずかしい。それが、同年代の幼馴染みなら尚更である。この頬の熱さは、そういった類いのものに違いないと、早足で駅構内に足を進めながら蒼太は思った。
「すとっぷ! ざ・蒼太クン!」
思って、行こうとして、止められて。今度はどうしたんだと、蒼太は振り返る。
「忘れてる事があるヨ!」
にまにまと、焦らすような笑みを浮かべてその場から動かない心音。
「このままだと、今日の蒼太クンのポイントにマイナス80%の補正がかかります!」
「何の得点……!?」
そんな事言われても。と、思いつつも、蒼太は必至に頭を巡らせる。そのような言い方をされて乗らないほど、空気の読めない男ではない。そして、気がつく。
「――あ! 服!」
心音は普段、所謂パンクファッションというものを着こなして大学に通ってきている。特徴的な髪色、ピアス、チェーン、メイクなども相まって、型にはまりすぎているが故に近寄りがたい雰囲気を醸し出しているのがいつもの彼女だ。
それが今はどうだ。確かにパンク系ファッションではあるものの、いつもよりそのトゲトゲしさは控えめになっており、優しい明るめの色の衣服を織り交ぜ、普段と比べて相対的にやわらかい印象を作っていた。
「ンフフ、よくぞ気がついたね蒼太クン」
心音にそう言われ、ほっと蒼太は胸をなで下ろす。――なで下ろしたところで、顔面に両人差し指で形作られた“×”を押しつけられた。
「と、言いたいところで・す・が! タイム・イズ・オーバーでマイナス10%の補正がついちゃいマスナー」
「えぇ、そんな……」
何の得点なのかも分からないのに、妙な悔しさを感じるのが不思議なところ。
しかし、蒼太も蒼太で、事前の情報収集にて、『まずは相手の恰好を褒める事』という不特定多数に向けたアドバイスが頭から抜けていたので、納得もいった。
――だったら尚更、さっさと気がつけというのは言わない約束である。
「蒼太クンの方は――いつもとはスゴク違う、って言う程ではないけど、悪くないね?」
「そ、そう……?」
正直、自分ではあまり分からない。と、おろしたての服を自身で見下ろし蒼太は思う。
これは、先日洗濯機を買いに行った際に購入した服装だった。デートには何を着ていけばいいのかと相談し、“彼女”と一緒に選んだものである。
「…………」
「――? 心音?」
すると僅かばかりの、不自然な無言の間。違和感を覚え、どうしたのだと蒼太が名前を呼ぶと。その彼の姿をじっと見つめていた心音は、慌てたように笑みを浮かべる。
「あ、ああ、うん、何?」
「あー、えっと、今日はスロウヘッドで遊ぶんだっけ……?」
スロウヘッドとは、全国展開されているアミューズメント施設である。ゲームセンターやカラオケのみならず、ボウリング施設などが内包されている、一般的な遊び場だ。
そこへ遊びに行かないかという事を、蒼太は約束をしてからの間の日に、心音と話していた。だから一応の確認として、そう聞いたのだが。
「ンー、予定変更」
等と、彼女はいきなり言い出した。
「へ? 予定変更?」
「繁華街の方に行きたいなって思って。ダメ?」
あらかじめそういった施設で遊ぶと聞いていた蒼太は、ある程度ではあるものの、ボウリングの球の投げ方や、カラオケで歌う時のコツを調べていたし、形だけでも練習をしてはいた。心音の前で情けない姿を見せたくないという、なけなしのプライドだ。
「んー、いいよ。今日は繁華街の方に行こっか」
しかし、そのプライドは彼女の意思と衝突させねばならない程のものではない。蒼太は笑顔と共に、心音にそう返事を返す。
「ゴメンネ、いきなり予定変更なんて言って」
「是が非でも予定してたとおりじゃなきゃいけないわけじゃないし。……でもどうして?」
当然沸いた疑問。蒼太は別に、特別な意図があって聞いたわけではない。しかし心音は、
「――もしも帰るまでに当てられたら、1万ポイントくらいは進呈しちゃおうかな?」
と言って、いつもとは僅かばかり毛色の違う――含みある笑みを浮かべていた。
――マイナス10%補正がかかっても9000点。自分は何かしてしまったのだろうかと、蒼太は思った。




