4.
土曜日。蒼太とココネは再びショッピングモールまでやってきていた。
しかしながらその様子は、以前とは異なりどこか固い雰囲気を纏ったものだった。会話もなく、手を繋ぐこともなく。そんな二人の姿は、まさしく主従のよう。
もしココネの着ている服が、仕事用のメイド服であったなら。二人の関係はより生活サポート用のアンドロイドとその持ち主にしか見えなかっただろう。
それほど、今の二人の姿は、LSRとその主以外の何物でもなかった。
「(律儀なアンドロイドだな……)」
しかし、そんなココネの今日の衣装は、以前ここで購入したニットとデニムパンツだった。それが尚更、蒼太には何をやっていたんだ自分はと思わせる要素となったのは言うまでも無い。
彼はそんなモヤモヤを抱えたまま。ココネと共に家電売り場へと足を運ぶ。
「あまり高いものは避けたいかな」
「セール中のものを中心に見繕った方が良さそうね」
洗濯機のコーナーへと赴き、ココネが記録している置き場所の幅と共に、幾らかのものを蒼太は比較していく。
しかし、素人の蒼太には、その違いは縦型かドラム型かの見た目程度しか分からない。それさえも、ココネから説明を聞いても、その違いが実際にどう暮らし貢献してどちらの方が合っているのか、いまいち理解できなかった。――と、
「これは自宅にあるものと同名の、新しい世代のものね」
ある縦型洗濯機の前で、ココネがそう説明した。
「新しいのか……」
去年発売されたセール品。しかし同社の物の中では最も新しいらしいそれ。近々最新モデルが出るという事で、だから安く販売されているのだろうという事をココネが説明する。
「――まあ、これでいいかな。サイズが合うなら」
新型を買う自分の姿を、旧型である彼女はどう思うのだろうと蒼太は考えたが、きっと何も思わないだろうなと結論づける。
アンドロイドは、あらかじめ決められたプログラムで動いている。人間らしく見える動作の、その全てが最初から定められている、自らの意志を持たない存在だ。
――だから蒼太は、ココネが突如としてそのような事を言い出して驚いた。
「あの洗濯機は、思い出ある品だったのかしら」
「えっ」
彼女は、そういった事をいちいち感知しないと蒼太は思っていた。アンドロイドにとって、古いものから新しいものに変えるという行為は、合理以外の何者でもない。
だから、まるでそこに感情が込められているかどうかなど、理解しない。筈なのに。
「――思い出、と言うほどの事でもないけど……じいちゃん、ばあちゃんの家に住み始めて、しばらくしてから買われた品だから、いつも見てる洗濯機だった、かな……」
どう説明すべきかと、蒼太は頭を悩ませる。思い出深い、とはハッキリ言えない。しかし、今まで傍に在って当たり前だったのは確かだ。だからそれが、そこから居なくなるということに、何も感じていないか言えば嘘になる。
「昨今の洗濯機の耐用年数は、可動可能回数は4000回前後と言われているわ。年々少しずつ耐久力は増しているけれど、おおよそ10年弱程で限界が来るそうよ」
「俺が9歳の頃に確か買ったはずだから、丁度か……」
「今の計算は一日一回の使用の場合よ。日に複数回回せば、それだけ年数も減少するわ。それを思えば、いつ壊れてもおかしくないのと同時に、大分と保っていたんじゃないかしら」
彼女は、なんのつもりでそんな話をし始めたのだろうと、蒼太は思う。そしてなぜ、それに自分は真面目に答えているのか、とも。
「ワタシもいつか、買い換えられる時が来るのでしょうね」
ココネは、まるで明日の予定を告げるかのようにそう言った。
「ロヴン1200シリーズの機体耐用年数は40年前後。けれど、当然その間にもより機能の向上したモデルが登場するわ。勿論、その先もアナタにアンドロイドが必要なのかどうかは分からないけれど」
抑揚の無い声色から発せられるその言葉に、蒼太は胸が苦しくなる。
何故このアンドロイドは、そんな心のない事を平気で言ってしまえるのだろう。名前だってそうだ。起動されてから、ずっと呼ばれ続けてきた名前だろうに。
「――君は買い換えられる事には何も思わないんだよね?」
「ええ」
抑揚無く、彼女はそう返事する。そして、また失望に似た気持ちを蒼太は覚える。
ああ、まただ、と。彼女自身は道具以外の何者でもないのに。それを肯定するかのようなその発言に、勝手に落胆している。
そんな自分に、蒼太は嫌気が差した。我ながら情けないと――彼女が、次の言葉を口にするまで、沈んだ気持ちで埋め尽くされていた。
「それが所有者にとってのより良い結果になるなら、ワタシに異論は無いわ」
蒼太は、目を見開いた。
「なん、で……」
淡々とした存在。それが、今蒼太がアンドロイドに抱いていた思いだ。だから、まるで他者の幸せを心の底から願うような、そんな彼女の言葉に、驚きを隠せなかった。
「それが、ワタシ達の存在意義だからよ。奉仕する対象の人間が、どうすれば幸せで健康的な生活を送ることができるかを考え、実行する。それが、ワタシ達の使命だもの」
それもまた、きっとプログラムされた行動に他ならないのだろう。しかし、その上で無情と切り捨てる事のできない、そんな言葉だった。
「自宅にある洗濯機の在り方は、ワタシ達における一つの理想かもしれないわね」
「理想……?」
「ええ。使い続けられているという事は、そのことに買い換えるよりもメリットがあったと言う事よ。それが如何なる理由であったとしても、それがそれだけ持ち主の幸福に貢献できていたという証明に他ならないわ」
そう言って、ココネは微笑んだ。10年弱戦い続けてきた“道具”を思いながら自身の考えを述べる彼女の姿は――とても美しいと、蒼太は思った。
ココネは合理的で、そこに感情を差し挟んだりはしなくて。そして――その全てが、自身の持ち主、蒼太のためのもの。
確かに、機械の彼女と人間の自分の考え方の道筋は、異なるのかもしれない。しかし、それは誰であれ同じ事だ。人間同士だって、物事に対する考え方は異なるだろう。
ココネにはココネなりの考えがある。だがそれは、決して人間と交わらぬものではない。それどころか、過程が異なるだけで、彼女の目指す先は――誰かを大切に想う考えは、人と遜色ないものなのかもしれないと、蒼太は思った。
だから――自らの存在、その一片に至るまで相手の幸せのために尽くそうと考える彼女に、蒼太はこう返す。
「――俺は、ココネを手放す事は無いと思うよ。例え、どれだけ壊れてしまったとしても」
ココネは、理解不能と言わんばかりに目を瞬かせた。彼女の考えとは矛盾しかねない回答をされたためだろう。
「デメリットが目立つ状況でも置かれ続けるのは、ワタシとしても不本意だわ」
「持ち主のお荷物――不幸になるから?」
「ええ。いつ動けなくなるかも分からない機能の劣った旧型が、あなたの暮らしの邪魔をするわけにはいかないもの」
眉を困ったようにハの字に曲げるココネ。自身の価値を、“物”以外の何物でも無いと定義する彼女からすれば、確かにそれは不本意だろう。
「必ずしもそうとは言い切れないって、俺は思うな」
「それは、どうして?」
蒼太は、ココネへと微笑みかける。ほんの数日間であるにもかかわらず、もう何年も、彼女に対してそうしていなかったような気がした。
「俺の事を一番よく知っているLSRは、ココネしか居ないだろうから」
「……?」
首を軽く傾げ、あまりよく分かっていない、と言った様子のココネ。そういった仕草は、彼女自身がそう感じたときに自然と出るようあらかじめ設計されているのだろうか。
それは謂わば、人間自身の反射行動と同じものとも言えた。人のようで、しかし異なる考えを持っていて。けれども歩み寄る事のできる事を暗喩しているかのようだった。
「結構大事――と言うか、ありがたい事だと思うよ。ほら、互いを知っているのと知っていないのとでは、感覚が大分違うはずだし」
「そう、かしら。――そうね。何の話題が相手の快になるか不快になるか。それを理解しているかどうかで、感じ方や話の円滑さに差が出るものね」
その目的は、全て自らの所有者のために。そんな、自分のために一生懸命になるココネの姿はとても愛らしく蒼太の眼に映る。
彼女はただただ、自らの使命にひたむきで、そして真摯な態度で所有者を見ていた。
「はは……何とも、ココネらしい解釈の仕方だね」
気がつけば蒼太は、彼女に対して抱いた悲しみや苛立ちが霧散していた。ココネと自分の価値観は異なる。しかしそれは、押しつける必要のないものだ。
それらを踏まえて、蒼太は彼女に告げる。
「君の名前の変更は、しないことにするよ」
目の前に居る彼女が、自分にとって他の誰でも無い“ココネ”であるから。誰かと同じ名前であろうと、それが目の前に居るアンドロイドの名前だ。
「――それが、あなたにとってのワタシへの価値の証なら、疑問を呈する余地は無いわね」
そう言って、ココネは蒼太へと微笑みを返した。その笑みは、人間とはどこか異なる、しかし愛情を感じるもの。愛おしく、離しがたい。“ココネ”の存在が、掛け替えのないものになったことの証明だった。




