3.
「あなた。相談があるわ」
それは蒼太が朝、学校へ行く直前の事だった。
ちなみに、昨日の一件から一日経つが、彼女の名前は、まだどう変更するかを彼は決めていない状況である。
名前に伴って、『あなた』という呼び方も変えるべきだろうかと、蒼太は思う。そちらはそちらで、候補など幾らでも思いつく。むしろ、そこから考えた方が、このLSRの新しい名前を定めやすいかもしれない。
「洗濯機の調子が良くないわ。今朝から何度も停止を繰り返してるの。随分古いもののようだし、新しいものに交換するのを勧めたいのだけど、どうかしら?」
今蒼太が自宅で使っている縦型洗濯機。それは、祖父母が新しいものを購入した際に譲って貰ったものだ。
本来は蒼太自身が新しいものを使うのを勧められたのを、長く寮に居るわけではないと、旧い方を譲り受けたのだ。しかしいつかは買い換えの時が来るとは思っていたが、まさかこれほど早く来るとは、彼自身思っていなかった。
「何とか頑張れない?」
「できない事もないけど、効率が悪いわね。それに、完全に停止するのがいつか分かったものじゃないから、当日慌てるよりはあらかじめ先手をとっておいた方がいいと思うわよ」
なるほどご尤もであると、蒼太は頷く。
「わかった。じゃあ今から口座番号を送るから、そっちでの購入をお願いしても良いかな?」
蒼太は、そちら用の番号をLINK経由でLSRに伝えようとする。しかし、彼女は首を横に振った。
「ありがたいけれど、それはできないわ」
「え、なんで……?」
「ワタシ一人で購入できるものの金額は、3万円が上限に定められているのよ。洗濯機はその範囲を超過しているわ」
「そっか……そういえばそうだっけ」
説明にそんなような事が書いてあったような気がすると、蒼太は思い出す。限度額の変更も可能ではあるが、少々面倒だった気がする。
「えっと、じゃあ――カタログで俺が探すしかないのか……」
「それもいいけど」
と、LSR。
「実際に家で使うものなんだから、実物を見た方がいいんじゃないかしら」
それは、彼女にしては意外な提案のように思えた。蒼太はなんとなく今までの印象から、もし大型電化製品を買うことになったら、このLSRはカタログの情報からスペックを提示し、そうして是非を問うと思っていたからだ。
理由は至極単純。その方が合理的だから。わざわざ足を使って見に行かなくても、彼女なら家電の正確な情報を受信できる。採寸合わせも、目視で思うがままだろう。
しかし、それはあくまで今までの印象から来る想像に過ぎない。あるいは、データを提示するよりも現物で示した方が、所有者が納得の行くと考えて、今の提案をした可能性もある。
――どっちでもいいか、と蒼太は思う。これはこのLSRが、どちらがより自分の仕える人間が物事を受け取りやすいか判断した結果導き出した行動だ。
それを考えれば、このLSRがそういう思考をしたとしてもおかしくはない。ここは、彼女が円滑な業務を効率的に行いやすくなるよう、適当に――……、
「ワタシは一緒に行きたいわ」
「えっ」
蒼太は思わず、LSRの顔を見た。
彼女は、エメラルドグリーンの瞳で、じっと蒼太を見ていた。幼さを残しながらも整った顔立ちで。そして、まるで何かを言いたげなように。
彼女は今、『行きたい』と言った。合理的に、何が必要だとか、どういった行動が必要だとか、そうではなく。まるで、自らの願望のように、そう言った。ように見えた。
「――……、」
蒼太は首を横に振る。そんな筈は無い。彼女は、どこまでも自分の職務に忠実なアンドロイド。物事に拘りなく、合理的に処理していく存在。そんな彼女が、まるで自らの意志であるかのような言葉を口にするワケがない。
「――わかったよ、行こうか。次の土曜日くらいに」
そうは思いつつも、蒼太は承諾する。
何故、そう答えようと思ったのか。ハッキリとしたことは、蒼太自身にも分からなかった。
――きっと、責任を感じたのかもしれないと、自己分析する。
そもそも。期待を勝手にかけたのは自分なのだ。にもかかわらず、昨日の一件で勝手に失望して、それではあまりにも道理に合わないと思ったのだろう。
無論、相手は機械。そんな感情に意味は無い。しかし個人的な気分の問題として、自分の行いの結果を適当に放棄するのは、単純にいい気分がしなかった。
だから、彼女の発案したデートモドキに付き合おうと思ったのだろう。そうに違いないと、蒼太は思う。
皮肉としか言いようが無かった。これまでヒトを避けてきていて。でも結局寂しくなって、LSRを購入して。そしてそのLSRに人間のような感性を求めてしまう。
機械が、不幸など感じるはずもないのに。
◆
それはLSRと、次の土曜日に洗濯機を買いに行く約束をした次の日のお昼だった。
「蒼太クン。今度、一緒にどこかへ遊びに行こうよ」
心音が、前触れ無くそんな事を言い出した。
「遊びに?」
「ウン。折角またこうやって仲良くなれたし、一緒に遊べたらナァ、って思って」
心音はそう言って、にこりと笑いかけてくる。蒼太は彼女のそんな表情に、先の言葉と共にどきりとする。
どれだけ派手に着飾っても、彼女が初恋の女の子である事に変わりは無い。
「あ、え、えっと……」
だから、しどろもどろになりながら、返答に惑ってしまう蒼太。すると、心音は両手を口元で組み合わせながら、上目遣いを使った。
「ダメ……?」
「だ、だめじゃない……いい、けどさ……」
自分の可愛さをいかにも分かっています、と言うような心音のポーズ。他人事の時は、そんないかにもあざとい行動の何に惑わされるんだと思っていたが。
この時ばかりは、そんな気持ちが蒼太にはよく分かった。気になっている女の子がするあざとポーズは、そんな道理をいとも容易くぶち破って成立してしまう。
正直、あまり気は進まないが――罪悪感も相まって、断る事ができなかった。
「ど、どこに行きたいとか、ある?」
「別にどこでもイーヨォ。遊園地とかでもいいし、適当にアミューズメント施設でもいいし。アサからぁ――ヨルまで? 遊びまくろうよ」
「朝から夜まで……」
やけに色っぽく口元に指を添える心音に、蒼太は顔が熱くなる。男というのは悲しいかな、そのような言い方をされればあれやこれと妄想をよぎらせてしまう悲しい生き物なのだ。
――そんな彼の様子を目ざとく見つけた心音は、猫のように笑んだ。
「やーん、蒼太クンったら、エッチぃ~」
「あっ、やっ、違っ!」
首だけで無く、両手まで振ってぶんぶんと否定する蒼太。そんな様子があからさますぎて、心音は大笑いした。
「アッハハハハハ! 蒼太クンったら、女の子にメンエキなさ過ぎー」
「かっ、からかわないでよもうっ!」
蒼太がそう言うと、心音はさらに爆笑。笑いすぎて、目元には涙まで浮かべる。周囲からも注目されている気がして、さらに恥ずかしい気持ちになった。
「――まあ、」
腹を抱えていた心音は、小さく呟く。
「あたしはそれでも、ゼンゼン構わないんだけどネ」
「何、今度は何言ったの?」
「いーや? 何でも無いよ?」
ニヤニヤとした笑みをやめない心音に、蒼太はじと目を向ける。昔の、無口で控えめな心音では考えられないやり取りだった。
――こういうやり取りは、アンドロイドとする事は無いんだろうなと、蒼太は思う。そして、そう思うのと同時に、どうして自分はこんなことをわざわざ思ってしまうのかと思った。
そしてそう思うのも、先日の名前の一件があったからなのは想像に難くない。彼女――LSRのその在り方に、引っかかりを覚えてしまったからだ。
だが、それにさえも思うところは出てくる。彼女がアンドロイドなのは、初めから分かっていた事なのだ。むしろ、“だからこそ彼女との生活を選んだ”筈である。しかし何故、今更あんな冷えた感情を覚えてしまったのか。
これではまるで、自分があのLSRの事を、人のように愛していたかのようで――、
「――蒼太クン。イマ、別の女のこと考えてるでしょ」
「へぇあっ!? な、何で……」
「女のカン、ってヤツかも。で、どうなの? あたしと言う者が目の前に居ながら、ダレの事考えてたのか――気になるなぁ」
「い、いや、その――い、妹の事だよ、妹。実家の方で暮らしてて、今どうしてるのかなぁ、って。ふと」
「フーン……?」
どこか納得していない様子の、心音の視線。それを逸らすように、蒼太は話題を戻す。
「そ、そうそう、それで、いつ遊びに行く?」
――その返答に。少なくとも蒼太は、ココネと約束した“土曜日”とは答えられなかった。




