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戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、実は魔法使いの杖に接続していました  作者: 時野マモ
戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、宿題を手伝わされました
8/22

AIは少女と職員室に行きました

「やっと終わった」


 最後の授業の終了を告げる鐘が鳴った瞬間、ノアは放心したような顔で、椅子に大きく体を預けて、危うくずり落ちそうになった。


「ひどい1日だった……」


 声に力がない。というより、もはや発声に必要な力すら残っていないのではないかと思われるほどだった。


「生きてるかー?」


 後ろからリンクスが軽く肩を叩くが反応がない。


「こりゃ……ギリギリ死んでるかもしれない」


「ちゃんと寝ないからだ」


 隣でパンを頬張りながらパラスが言う。


「睡眠不足で筋肉が休めてないから、そんな疲れてるんだ」


 なお、このパラスは昼休みに食事後に追加で校庭30周を完走している。


 そして今も元気だ。なぜなら午後の授業では(居眠りもして)筋肉をしっかり休めたからだそうだ。


 もしかしたら、筋肉というのは本当になんでも解決するのかもしれない。


 というか、脳まで筋肉になれば大抵のことは気にならなくなるのかもしれないが、


「筋肉関係なく睡眠不足だったら眠いと思うよ……」


 ベスタが冷静に指摘する。


「いや、筋肉が万全なら眠気なんて飛んでいく!」


「じゃあ、パラスは筋肉が不完全だったのね……授業中寝ていたし」


「……」


 無言で横を向くパラス。まったく言い訳が思いつかないようだが、


「みなさん、お話中申し訳ございませんが……」


 セレスが会話に割って入る。


「ああ、今日はマルス侯爵が来た日だからね」


「はい、奉仕活動に……」


 昼に集まっていた大貴族グループが学外活動に行く日なのだった。


 美化活動ということで、近くの公園のゴミ拾いと、花壇の整備、その後に隣接する孤児院の慰問があるようだった。


 貴族が民衆のために動いているパフォーマンス要素が大きいとはいえ、民分が高い者も積極的に社会に尽くすというその姿勢は批判するようなものではないが……


 万が一にも何かがあってはまずいと、公園はあらかじめ人払いがされて一般人が使えなくなってしまったり、孤児院も問題を起こしそうな者は個室に閉じ込められてという、むしろ迷惑な活動とも言える。


 ただ、そんな下々の人々の心の機微に気づく貴族は少数のようだが、


「本当は、もっと民衆のためになることを……」


 セレスは、その少数(まれな)の方だった。


 今からの活動が茶番に過ぎないことをわかっていて、内心忸怩たる思いがあるようだが、


「……そう思ってくれてる貴族がいるだけでも良いことだと思うな」


 リンクスがニコリと笑いながら、励ますように言う。


「うむ。セレスは良いやつだ」


 パラスも頷く。


「ジュノー様も分かってはおるのでしょうが止められないようで……」


 セレスが貴族の中で孤立無縁の存在ではないというのも良い情報だ。


「うん、セレスたちの時代になった時に世の中変わると思うよ。商人の世界も同じく……」


 とベスタが言うと、みんながにっこりと微笑む。


 さて、そろそろタイムリミットのようだ。


「ああ、そろそろ行ってまいります」


 立ち上がりながらセレスが去ろうとするところに、


「誰でもしがらみはあるけど……関係なく私たちは友達だから」


 皮肉屋のベスタが、表裏のない表情で言った言葉に、


「ありがとうございますわ。皆様と同じクラスになれて、わたくし幸せです」


 と嬉しそうに礼をするセレスなのであった。


 ……ちなみに、この感動のやり取りの間中、ほぼ寝てしまっているノアは無反応。


 そんなんで良いのかと、(わたし)の持ち主に対して思わないでもないが、


「ノアさん。当番忘れてないですか?」


「え……?」


 学級委員長(エルミス)の声にハッとなるノア。


「そうだぞノア。職員室に教材を持っていかなければ。アリア先生に怒られるぞ」


「そうだ」


 完全に忘れていたという顔だ。


「パラスさんも当番ですよ……」


「当番?」


 素で忘れていたようなパラスだが、


「教材運びだな! 筋肉が全て解決する」


「珍しく正解ですよ……」


 苦笑するエルミスなのであった。


   *


 放課後となったアステラ魔法学院。


 教室からは一斉に人が流れ出していく。部活動に向かう者、寮へ戻る者、街へ出る者。


 それぞれが、それぞれの場所へと散っていく。


 廊下は一時的に混雑するが、それもすぐに解消され、静かで落ち着いた雰囲気に変わる。


 そんな校内を、ノアとパラスは、今日使った教材を抱えて廊下を歩いていた。


 魔法理学の授業で使った魔石の入った箱がみるからに重そうだ。


 寝不足もあって、教材に振り回されるようにヨタヨタと歩いているノアが言った。


「うう、きつい……今日はハズレだね」


「そうか?」


 パラスは片手で軽々と持っていた。


「……言って損した」


「?」


 本気で、何が辛いのかよく分かってなさそうなパラスであったが、


「あれ?」


 前方の廊下を見て足を止める。


「アムア先生かな……」


 静かな、校内の雰囲気がそこだけ少し変わった。


 数人の女生徒と一緒に歩いてくる若い教師がいた。


 整った顔立ち。柔らかな笑み。明るく、軽くウェーブのかかった金色の髪。


 姿勢も、歩き方も、非の打ち所がない。


 周囲の女生徒たちは、うっとりした顔をして彼のことを見ている。


 楽しそうに話しかけ、笑いかけ、体を不自然なくらいぴったりとくっつけている者もいる。


 集団の中心にいる男の名はアムア・オウル。


 教え方もうまく、人格者でもあると評判の――人気教師だった。


 だが、「人気教師」という意味には強く一致する僕の評価(ベクトル)は……


 「信頼」や「安心」といった近傍の概念とは遠い。


 ――この男は危ない。


 彼の評価が収束する先は――警告(アラート)


 周りの女生徒も何か変だ。


 生徒と教師にしては距離も近すぎる。


 視線が揃っていすぎる。


 反応が同期しすぎている。


 個体差が薄い。


 これは――


「……あれ?」


 アムア教諭とすれ違う。


 一瞬だけ、かれと()の視線が交差した。


 男の目は、笑っていなかった。


 感情の揺らぎはほとんどないトカゲのような目で僕のことを見た。


 僕は念の為杖の内部の演算活動を全て停止した。


「まさかね」


 アムアはそう言うと、取り巻きの女生徒と一緒に歩き去っていった。


「……あたし、あいつ嫌いだな」


 女生徒たちの声が聞こえなくなってからパラスがポツリと言った


「え? 人気ある先生でしょ?」


「そうなんだけどな」


 パラスは腕を組み、


「なんか、嫌な感じがする」


 とだけ言った。


 理由は説明できない。


 その評価は直感的であり――


 根拠もなく――


 だが、おそらく正しい。


   *


 ノアとパラスは職員室に着いた。


 扉をノックして入ると、奥の方の席にアリアがいた。


 一礼して歩いていくと、


「お疲れ」


 教室で見せる鋭さよりは、幾分穏やかな声だった。


 それはヒグマかツキノワグマか程度の違いで、迫力があるのは変わらなかったが。


「遅かったな」


「すみません……」


 アリアの指摘にギクッとなる二人だったが、


「いや、かまわん。そこに置いてくれ」


 微笑を浮かべながら彼女は言った。


 怒っていなかったのかと、安心してため息を付きながら、ノアとパラスは教材を棚に運ぶ。


「終わり……」


「まだだぞ」


 アリアが言う。


「魔石は別の棚だ」


「あ、すぐ直します」


 さらに間違いを指摘されて慌てる二人。


 だが、その様子を見るアリアにやはり怒っている様子はない。


 優しいわけでもないが……


 じゃあどうなのかと言うと……


 観察している?


 評価しているのではなく、何かを確かめているように見える。


「ノア」


「は、はい」


「今日、ずっと眠そうだったな」


「ちょっと寝不足で……」


「ほどほどにしろ」


「はい……」


 それだけのやり取り。


 だが、視線は外れない。


 彼女は評価している。


 記録している。


 そして十分な学習ができたのか、


「よし、もういい。帰れ」


 アリアが言った。


 ノアはほっとしたように振り返り歩き出す。


 だが、


「――ところで」


 呼び止められた。


 アリアが、一枚の紙を手に取る。


 ノアの宿題だった。


「これは、自分でやったのか?」


「っ……!」


 ノアの心拍数が上がる。


 呼吸が止まる。


 一瞬の沈黙の後で、


「……杖と一緒にやりました」


「ん? 杖で詠唱を試しながら、か」


「あ……はい」


 アリアは数秒、紙を見つめて――


「……そうか」


 とだけ言った。納得したのか、していないのか判断できないが、それ以上問い詰める気は無いようだったが、


「ところで」


 何気ない調子で、アリアは続けた。


「昨日、お前の下宿に誰か来ていたか?」


「え……?」


「例えば――」


 一度言葉を止めて、


「お前の祖父とか」


「……?」


 ノアは混乱したような顔をした。


 なぜ、そのおじいさんが出てくるのか。


 意味がわからなかった。


 どんな答えをアリアが期待しているのか不可解であったが、


 その言葉には、わずかな動揺が混じっていた。


「……い、いえ……来てません……」


 とりあえず事実を答えるしか無い。


 アリアは、


「……そうか」


 とだけ言った。


 ただ、その言葉には、ほぼ誰にも気づかれないくらいの、微かな動揺があった。


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