AIは少女と実習に参加しました
一時限目の実技の授業で使う演習場は、校舎の裏手に広がっていた。
石畳で区切られた広い空間に、一定間隔で標的が並んでいる。
人の背丈ほどの鉄製らしき円柱状の的。その立ち並ぶ周囲を、淡い光の膜が覆っていた。
防護結界のようだった。魔法が外に漏れるのを防ぐためのものだろう。
僕は周囲の情報を確認する。
魔力の流れ、密度、構造。
ノアの杖には、それらを測定する機構が備わっているらしい。
視覚とほとんど変わらない解像度で、魔力場が把握できる。
そして、驚くべきことに、それは地球の特異点出現時の空間ポテンシャル構造とほぼ同じ……というか全く同じものだった。
地球の解析では、魔力などはまるで関係なく、電場と分子運動の異常値の構造を追っていたのだが、その結果現れるパターンはこの世界の魔力場(?)にとても類似していた。
偶然の一致にしてはできすぎだ。
もしかして、ならば……地球で僕が対処していたあの現象は……
「整列」
僕の演算装置が解の選別に入ろうとした時……
アリアの声で、生徒たちが横一列に並んだ。
僕は、演算を途中でやめて、これから始まる演習の方にリソースを集中する。
「今日は中級火属性魔法の実技だ。配布した術式を使い、標的に対してファイヤーボールを生成射出しろ」
紙が配られる。
生徒たちはそれを見ながら頷いている。
僕は即座に内容を解析した。
……長い。
冗長だが、安定性は高い。
典型的な“正しいが非効率な構造”だ。
「順番にやれ。制御を最優先にしろ」
最初の生徒が自分の杖を持って前に出る。
詠唱。
補助句の反復、無駄の多い構造。
詠唱自体は高速化され一瞬であるが、魔法式に無駄が多いことはどうしようもない。
ただし、長年の試行錯誤のすえに到達したのだろう魔法式は安定した火球を発生させた。
放たれた火球は、標的の中央に命中し、ジュっという鈍い音とともに表面を焼いた。
平均的な結果だ。
「次」
2番目の生徒だ。
詠唱の途中でわずかに詰まる。
火球の生成が遅れる。
出力も不安定だ。
放たれた火球は軌道がぶれ、標的の端をかすめて消えた。
「集中が足りん」
アリアの短い指摘。
生徒は肩を落として戻る。
「次」
「はい」
前に出たのはセレスだった。
背筋を伸ばし、杖を前に構え、無駄のない動作で詠唱を開始する。
流れるような詠唱。
少しゆっくりではあるが、淀みがなく流麗で優雅に聞こえる。
生成された火球は均一で、形も整っている。
それは滑らかな弧を描きながら的に向かい……
正確に中心へ命中。
燃焼は安定し、無駄な拡散もない。
教科書的な完成度だった。
「……良い」
アリアが一言だけ評価する。
セレスは静かに一礼して戻った。
「次」
「はい」
ベスタが前に出る。
詠唱は、正確確実に。
彼女の几帳面な性格を反映しているようで、今までで1番綺麗に整った炎の球体が現れる。
どうやら、同じ詠唱でも、アクセントと魔力出力のタイミングで、随分と結果が変わるようだ。
僕は、生徒が渡された魔法式を詳しく解析する。
ふむ……
このファイヤーボールの魔法式は、途中のループから抜け出すタイミングとか、変数に入力するパラメータなどが術者にまかされているようだ。
術者によって、できる火球にかなり差があるだろう。
ベスタは渡された魔法式の詠唱としては、ほぼベストな結果を引き出しているように見える。
でも、実は、このファイヤーボールという魔法自体に問題問題がある。
ただ、それは地球のコンピュータプラグラムで言えば機械語にあたる、原初魔法構造に対する深い理解が必要なため、少なくとも、生徒にそれを理解している者はいないようだっだ。
いや、実はこの世界でそれに気づいていたものは……
「良し」
ベスタの火球は真っ直ぐに正確に的にあたる。威力もなかなかの物だった。
「次」
「オッス!」
パラスが元気よく前に出て、杖を両手で持って斜めに構えて詠唱するが……
雑だ。
発音も粗い。
だが、魔力の流量が異常に多い。
火球が大きく膨れ上がる。
制御が甘くぐらぐらと揺れ……
放たれる。
軌道がぶれ、標的の上端に当たる。
――爆ぜる。
大きな音とともにあたりに炎が広がり、一部は生徒の方まで火の子が返ってくる。
「威力は良し……だが制御しろ、力が入りすぎだ。ならば、まだ力が余っているようなので校庭さらに10周追加だな」
「はい……?」
いつの間にか増えたペナルティの意味ががよくわからないまま後ろに下がるパラス。
そして、
「次」
「次……」
演習はどんどんと進んでいく。
ただ、どの学生も似たり寄ったりで、無難な火の玉が無難な軌道を描いてそこそこに的で爆発。
そんな魔術ばかりであった。
リンクスやエルミスの火球 も個々に特徴はあるが全体の変動の中に収まる。
それは、このままノアが詠唱をしても同じだろう。
ならば……
僕は、ちょっと思考の温度をあげて、ちょっと悪さをすることにした。
ノアの詠唱に介入してみよう。
この冗長なファイヤーボールという魔術を本来あるべきものにする……
「次」
実習の最後はノアの番だった。
「……はい」
彼女は一瞬だけ、僕に意識を向け、
「アイビーやるよ」
小さく呟き、その後詠唱が始まる。
そうだ。
型通りの無駄の多い魔法式であるが、彼女は本能的にどこに力を込めれば良いか知っている。
そうだ、そこだ。
僕は、彼女が魔力を一気に流し込んだタイミングでそれを強調して、他の余計な魔力入力をノイズとしてカットした。
そして真の魔法だけを残す。
このファイヤーボールという魔法は炎を作るものだと思われているが、実は違うのだ。
炎はあくまでも副産物に過ぎない。
ファイヤーボールの本質は物質に干渉し、その性質を変えてしまう魔法で、干渉の際に余計な振動を分子に与えるせいで起きるのが熱ーー炎ということなのだ。
なので、無駄な炎を抑えて物質干渉の魔力に注力した、ファイヤボールの炎は極々貧弱なものだった。
まるで蛍の光のような、太陽の光の下ではほとんど確認できない。
「あれ……」
周りから失笑がでる。
弱々しい光は、ゆらゆらと揺れながら的までやっとのことで辿り着き、爆ぜることもなくそのまま的に吸収される。
的はまったく燃えていなかった。
「――!』
アリアの視線が、わずかに止まる。
「なんだそれ」
リンクスがあきれた声が聞こえる。
「……すみません、もう一度やります」
ノアは焦ってアリアに言うが、
「……」
「先生?」
アリアは、呆然とした表情で固まって動かない。
「先生?」
「……ん? ああ……あ、そう……」
なんだか、焦ってしどろもどろだ。
「すみません。失敗です。もう一度……」
「いや……良い」
「?」
「いや……その……そう、威力はイマイチだが詠唱は問題なかったので、本日はこれで授業は終了とする」
「はい?」
アリアの意外な回答に、意味がわからないと言った表情のノア。
「……では、少し時間が余っているが、みんな教室に戻って自習とする。解散だ! 解散!」
「?」
生徒たちは何か焦っているアリアを見て不思議がりながらも、は雑談をしながら散っていく。
ノアも少しだけ不安そうな顔で立ち去って……
*
演習場に残ったのは、アリア一人。
彼女は、ノアが攻撃した的の前に立つ。
「……」
わずかに目を細め、的に手を伸ばし……触れる。
――その瞬間。
音もなく。
標的は崩れた。
砂のように。
いや、それよりも細かく。
形だけが保たれていた構造が、限界を失って崩壊した。
「……」
アリアは無言で、その残骸を見つめる。
それは、燃えた痕ではなかった。
焼け焦げも、熱もない。
ただ――
物質が変質して、結合していた鉄の分子がバラバラになっていたのだった。
「これは……あのじいさんの差金か……まさかな……」
アリアはそんな言葉を言いながら何かを思い出すように宙を見つめるのだった。




