AIは少女とホームルームに参加する
始業時間もせまり、人も大部少なくなった校庭からノアは教室に移動する。先にペナルティこなしておく、と言って走り出したパラスを待っていては彼女までホームルームに遅れてしまう。階段を2つのぼり、3階の2年2組が彼女の教室だ。
すでにほぼ埋まっている階段状の机の真ん中ほど、空いているセレスの横にノアは座る。
「パラスさんはどうしたのでしょうか」
「怒られるより先に走っておくって……」
「……」
「一応止めたよ」
正確に言えば、止める間もなく走り出したのでノアの声は届かなかったかもしれないが。
「え、パラス逃げたの?」
後ろ席から声をかけてきたのはリンクス・ネレウス。ノアたちと割と仲の良い男子グループの中でもお調子者で知られる、クラスのムードメーカーのようだ。
ネレウス家は二代前に男爵家になった新興の家系であるが、貴族としてよりも魔術研究者として知られる学者一族とのこと。
その割に、昨日の夜にノアが見せてくれたクラスアルバムには天然バカと書き込んでいたが(パラスはもちろん筋肉バカ)……
五つ年上の兄はすでに研究者として王国内に名前を知られているとのことなので、リンクスが突然変異なのか?
いや、この時にはまだ、僕は、判断するに足る学習が行われていない。正確な評価は後にとしよう。
それよりも、次の人物の登場だ。
「パラスさんは放っておいて……宿題集めますよ」
と言いながら前から宿題を集めに来たのは、エルミス・フォボス。
王国軍の将軍の息子なのだが、軍人っぽいところのまるでない、ほんわか癒し系の穏やかで真面目な学級委員長だ。
先生たちの信頼もあつく、宿題集めなんていう、人のめんどくさがる庶務もかってでる、10代とは思えない……正直ちょっと老けた感じの男子であるが、この人を悪くいう人はいないとのことであった。
ノアがカバンから宿題を取り出す。
「しかし、ノア、顔死んでるけど大丈夫か? 宿題できたのか?」
リンクスが、ノアの回答を覗きながらいう。
「お、できてる。すごいね……っていうか随分短いけどこれであってんの?」
次に彼が出した紙に書かれた魔術式は、精霊を呼び出すことには成功するだろうが、無駄が随分多く、ノアのものよりも実行速度で十倍くらい遅い可能性がある。
この世界の魔法式は、随分と無駄が多い。
過去の定型がそのまま使われる傾向にあるようで、本来必要のない工程がいくつも挿入されている。
例えば水を生成する魔術でも、意味の薄い精霊への祈り、効果の不明確な補助詠唱、無関係に見える身体強化の呪文が繰り返される。
最終的に水は生成される。
だが――
その過程は、明らかに最適ではない。
たぶん、途中の呪文で魔法使いの体内の魔力の集約や強化が行われるようで、より大量の水を作り出す最適の方法として残っているのだろうが、同じことは魔術の集約呪文と水生成の呪文で可能だしずっとは嫌いだろう。
あと、そもそも、どうやらコンピュータプログラムでならサブルーチンや関数にあたるらしき呪文も内部に無駄が多いものがたくさんある。
地球の数式でたとえると――
1たす1をするのに、1を2倍して、それを二乗して4にして、次にルートをとって2に戻し、そこからさらに処理を加えてやっと1を足すみたいな。
元々が何をしようとしていたのかはわからないが、答えが正しくても余計な計算が多すぎる。
もしかして、呪文として知られる魔法関数の内部詠唱をこの世界の魔法使いは理解していないのではないかではないか? という、僕がこの時に立てた仮説は、概ね正解であったのが、実は重大な例外があって……というのは後の話し、
「え、ちょっと見せてもらっても良いですか」
エルミスが興味を覚えてノアの答案を注視する。
「……いつもにもまして短いですね。ノアさん、これで魔法が発動したんですか」
「うん」
「……試してみても良いですか」
首肯するノア。
高速で詠唱するエルミス。
昨日の夜と同じように、光の精霊が現れ……消える。
「すごいな、こんなでも……失礼……発動するのにびっくりです」
ノアは少し、この世界の定石からズレた魔法式を書くようだ。
それは、育ての親の、森に住むお爺さんから基本的な魔法式しか教えてもらえなかったから、その組み合わせで魔法を構築するしかなかったのだが、
「でも、この後、魔法研究員や宮廷魔術団を目指すならば、自己流でない書き方学ばないと行き詰まりますよ」
確かに、この学級委員の言うとおりなのだろう。
無駄が多いとはいえ、大規模で複雑な魔法式を組むための手法があり、自己流では限界がくるのも事実だろう。
だが、その不完全さの中に、既存の定型にはない自由度が存在していた。
その自由は、僕がこの世界に、ノアの魔法の杖に接続されたのならば……
「皆さん、おはよう」
騒がしい教室に教室に二十代後半くらいと思われる女性が入ってきた。
一気におしゃべりが止んで、緊張感が漂う学生たち。
彼女の名はアリア・アレグロ。このクラスの担任教師だ。
貴族でも軍人の家系でもなく、商家の生まれでもない。親は森の猟師という生まれなのだが、狩にきていた王族に魔法の才を見出され、魔法学園に入学。常に首席で卒業後も母校で後進の育成にあたっているという叩き上げの魔術師なのだった。
同じように庶民出身のノアはアリアに親近感と憧れを持って見ているのだが、
「パラスはどうした?」
向けられた鋭い目つきに背中をゾクっとさせるノア。
「さ、先に罰を受けると言って……校庭を走っています」
自分が悪いわけではないのに、あせって言葉を詰まらせてしまう。
なにしろ学生相手にオーバーキルだろというくらいに迫力満点なのだ。
つまり、怖いのだ。
「……ホームルームに来ないようなバカは、追加で昼休みに追加で20周だな」
シーンとなる教室。
エルミスが恐る恐る宿題をアリアに渡し、逃げるように1番前の席に戻る。
「さて」
アリアは教室に視線を巡らせる。
「本日のカリキュラムを説明する……バカには委員長が教えておけ」
頷くエルミス。
アリアは黒板に向き直ると、今日の予定を簡潔に書き記す。
1時限目の実技から、5 時限目の魔法理論まで、びっちりと授業が連続して休み暇もないハードな予定のようだ。
それぞれの授業について簡潔にしかし的確な説明をするアリア。これを聞いているだけで、この女性が優秀なのがわかる。
あとは、授業の構成から学校の方針もわかってくる。
この学校が特別なのか国全体がそうであるのかはわからないが、授業の数から行って、座学よりも実践に力を入れているし、魔法学院とはいうが、歴史や政治経済の授業もある。
魔法使いを育てるというよりは、前頭有望な若者を総合的に育成しようという姿勢が見える。
ノアの話では、魔法学院を卒業しても必ず魔法使いとして働くわけではなく、宮廷で官僚になったり、大臣となったり、商売を成功させるものもいる……
地球でも理系教育を受けて経済界で活躍したり、政治家になったりするような者がいるようなものかな?
どちらにしても、様々な分野の偉人を過去に出し続けているこのアステラ学園は王国でも有数の有名校となるのだが……
「パラス、戻りました!」
ちょと変わった女子もいるようだ。
自主的校庭10周からタイミングよく戻ってきた筋肉バカには、
「おお、よく戻ったな。一時限に間に合わないければさらに20周追加のところだったが」
「20周?」
「……エルミスに聞いておけ」
「は……い?」
「あと、今日の放課後だが、パラスとノアが当番なので、職員室まで教材を持ってくるように」
「はい……?」
自分の今の状況がまだ理解できていないパラスであったが、
「ノア……わかったな」
「はい」
首肯するノア。
すると、アリアは確認するように頷くと、有無をいわせず、
「では、みなそのまま演習場に移動だ」
と次の授業の指示を告げるのであった。
なるほど……実習か。
実技。つまり、この世界の「魔法」が具体的に見れるのだ。
僕の演算装置は、その言葉に対して大きく注目を向ける。
未知の体系。
未最適化の魔法。
そして――
改善可能な余地。
それら全てが、この先にある。
僕の選択は、迷いなくそこに収束していた。




