AIは少女と学校へ行きます
結局、彼女は一晩中興奮し続け、ほとんど睡眠を取らなかった。
僕も、彼女の呪われた妄想に付き合わされてひと時も休む暇がなく、千葉山中の演算装置も、随分と熱くなっていたことと思われるが……
「ノアー! 朝だよ! 起きな!」
下の階の酒場から響く声。
彼女が屋根裏部屋に下宿している酒場の女将さん、ハレアさん――ハレーおばさんが遅刻寸前の彼女を起こしてくれたのだった、
寝ぼけ眼をこすりながらでノアは起き上がる。
「やばっ……」
枕元の目覚まし時計を確認した彼女は焦った顔になる。
遅刻寸前というか、これは朝食の時間はなく……
数分後、ノアはパンをくわえながら走っていた。
地球ではアニメの中でしか見ない光景だが、これはこの世界では普通のことなのだろうか。
「ノアちゃん。また遅刻かい」
「おいおい、それじゃ間に合わないぞ。走れ走れ……」
「いやあ、これをみると朝になったって思うんじゃよね」
酒場のまわりの商店街のみんなが生暖かい目で彼女のことを見つめていた。
少なくともこの近辺ではパンを加えて走る少女は普通のことのようだ。
多分一人しかいないのだろうが。
彼女の向かう学校は、そこまで遠いわけでなく、十分ほどで校舎の姿が見えてきた。
「なんとか間に合いそう……」
まだ数百メートルはありそうだが、まだ校庭にノアと同じ制服を着た生徒たちの姿が見えた。みんな足早なのでそろそろギリギリなのかもしれないが。
「セーフ!」
学園の門をくぐるのと予鈴がなるのが同時だった。
走るノアをずっと監視していた門番のガーゴイルは、回転し、学校の外側の監視に戻った。
「……後は焦らなくても大丈夫だよ。寮にいる人達はこの後出てくるから」
彼女の言うように、校舎の近くの三階建ての豪華な建物から集団で学生たちが出てきた。
「私も寮に入っていたらもっと楽だったんbんだけどな……」
羨ましそうな表情で同窓の学生たちを見るノア。
昨夜、事情を色々聞かせてもらったのだが、両親を失い、孤児として育った彼女は、縁あって森の中に住む隠者のような魔法使いのお爺さんの養女として育ててもらったものの、寮に入るようなお金が家にないのだそうだ。
というのもこの学校ーー
「あら、ノア様ごきげんよう」
「ご、ごきげんよう」
ノアの横を優雅に歩いてゆくいかにもお嬢様然とした縦ロール髪の集団。
学校生徒の半分以上をしめる貴族の子供たちの中でも最大の派閥、ジョヴィス公爵家の次女ジュノーを中心とするグループだ。
ノアが言うには、貴族だからといって権力を振りかざすこともなく、品行方正剛健質実、ノブレスオブリージュを絵に描いたような人たちで、悪印象はまるでないらしいのだが……
どうにも堅苦しくて苦手だそうだ。
山の中で自然と親しんで、熊と相撲をとって(比喩だと思うが)育った彼女にしてみるとめんどくさい学生生活の象徴のようで、できれば距離を置きたいのだが、庶民から場違いなこの学校にやってきたノアのことを気にかけて色々と世話を焼いてくるというありがた迷惑な人たちであった。
「ノア様、お襟がお乱れておあそびでごさいますでおありますですますよ」
「あっ(走ってきたから)」
「ふふ、いつみてもお美しい髪でございます」
ジュノー嬢がノアの襟を直しながらサラッという。
そのねっとりとした視線にちょっとゾクッとするノア。
男嫌いとも噂される、公爵家のお姫様だが、生徒会長でもあるマルス侯爵家の後とりと婚約して仲も良いとのことなので、いるので、ノアが言うには本当に女色の気があるといわけでもないようだとのこと。学園の女子を守る使命感にかられたリーダー気質の彼女が女子に少し怖いくらいの愛情を注いでいるのは事実のようだ。
「……(クンクン)」
なんかノアの髪をとかしているふりをしてしっかり匂いを嗅いで嬉しそうな表情になっているが大丈夫か……
「では、ノア様またお会いしましょう……ごきげんよう」
おっと、ノアが疑問に持つだろうギリギリで去っていくのが逆に怪しさを増すジュノー様であった。
リーダーが動き出すと、引っ付いて動き出す縦ロール集団。
みんな、ごきげんようごきげんよううるさいが最後尾――
「ノア……あとで教室でね」
すれ違いざまに小声で耳打ちをしてきたのはセレスティア・グラティア。ノアが普段はセレスと呼んでいるクラスメートであった。
裕福な港町を地場とする子爵家の娘であったが、もともと民衆を大事にして分け隔てなく接するので有名な家に生まれ、高貴な出とは思えない気さくさでノアととても仲の良いようだった。
セレスは、正直、ジュノー様グループで息苦しさを感じているようだが、身の回りの世話についてきた侍女が抜けるのをゆるしてくれないそうだ。
「おはようございますですわ」
「おはようございます」
縦ロール集団が去ったと思ったら次はオールバックロングヘヤーのデコだしお嬢様集団だ。
先ほどのトップお嬢様グループに比べると少し落ちる家格の者が多いそうであるが、侯爵令嬢を筆頭に国の重職についている家の娘だらけだそうだ。
まったく……実に、生徒の6割は貴族の出、それでなくても大商人や偉い軍人の子供ということで、その裕福な学生に合わせた学生寮の料金が高くて、ノアの家の経済力では入れなかったということだった。
しかし、ここは別にお嬢様学校でなく王立のアステラ魔術学院。入試も卒業も実力で行われている。
ではなぜ、貴族がそんなに多くなる?
それには、この国の成立の事情と魔力の才能の遺伝がかかわってくるのだが……
「オッス!」
「おっ……おはようパラス」
ノアよりも学園の異分子。スポーツ特待生パラス・ストーンが現れたのだった。
「顔死んでるぞお前!」
「ほとんど……寝てない……」
「はあ!?」
パラスは目を見開く。
「寝不足とか最悪だぞ! 筋肉が育たない!」
「筋肉別にいらないよ」
「いる!」
「筋肉で宿題は解けない……」
「いや、解ける!」
「どうやって?」
「それは……解けるよな?」
「私に聞いても……」
「おはようノア」
後ろから、歩いてきた実直そうな短髪メガネ集団から声をかけてきたのはベスタ・ゼファー。
王都、つまりこの学園のある、街でも1位2位を争う商家の娘で、実直真面目で嘘をつかないのでノアが実は1番信頼している友人なのだが、
「昨日の課題、少し難しかったですからね。夜更かしになるのも仕方ないと思います……まず、脳みそが筋肉では解けないと思いますが」
ちょっと口が悪い。
「む。筋肉は無敵だぞ」
「で、筋肉は宿題やってくれたの?」
「……」
どうやらやってくれなかったようだ。
「やってないでしょ」
「やってない……でもな!」
力こぶポーズをつくるパラス。
「罰の校庭十周だろ? むしろご褒美だ!」
「ダメだこの人」
目で合図して頷きあうノアとベスタ。
「……後で教室で」
そう言うと商家集団に混ざって歩いていくゼスタなのであった。
なるほど、ここは良い学校のようにではあるが……
この時になんとも言えない違和感を僕の感覚が指し示したのであった。




