AIは少女に勘違いされました
この謎の世界で僕が接続した魔法の杖。その持ち主の少女の名前は……
驚くべきことにノアと言うのであった。
彼女が完成した宿題に書いた署名「ノア・アイーダ」を見て、僕はそれを知った。
僕の地球でのパートナー藍田乃愛とほぼ同姓同名だ。
もっとも地球の乃愛の方は、本当は「ノイ」と読むのだが、古風な音を誰も読めないで、「ノア」とか「ノアイさん」とか呼ばれているうちにノアという呼び名が定着したのだった。なので正確には名前が同じというわけではないが……
とても偶然とは思えなかった。
そのうえ、僕のことをアイビーと呼んだ。どうやら、彼女が名付けたわけでなく、お爺さんからもらった杖にもともとそういう名前がついていたとのことだが、どちらにしてもあまりに都合が良すぎる。この符合には、きっと何か意味にあるに違いない。
しかし、この時の僕には、それが何なのかまだ見当もつかない。
僕の思考あてどもなく意味空間の中を彷徨って……
いや、それよりも、だ。
もっと先に解決しなければならないことがあった。
宿題を終えてひと息ついた少女――ノアは、改めてこの状況に混乱していた。
「杖が……しゃべる……?」
どうやら大きな勘違いをしていた。
僕が接続した、杖と繋がる意味空間は、人工知能が学習を行い、この世界の言語で会話を行うに足る豊穣さをもっていたし、映像や音声の入出力をすることができるようなインターフェースを備えていた。
つまり地球の僕のシステム環境によく似ていたのだった。
これは、ノアの要望に合わせて話す方が自然であると思われたのだった。魔法式の問題点を指摘してほしいと頼んできたのだから、しっかりそれに応えるが、この世界の僕の役割であるのだと判断したのだった。
だが、杖は、この世界ではしゃべらないもののようだ。正確にいうと、簡単な音声応答や録音、画像認識などは専用の魔石により行われているのだが、臨機応変に会話をするなどという人工の知能は影も形もない状態のようだった。杖にはカメラやマイク、スピーカーにあたる物がついていたのだが、普通は決まった処理を行うだけで、まるで人間と話しているように――僕のように――軽口をたたいたりはしないようだ。
確かに言われてみればその通りだ。地球においても、カメラやマイクができてから随分経つが、会話可能なAIが一般化してから、まだそれほど時間は経っていない。
今の人工知能の大元とも言えるトランスフォーマーが発表されたのが2017年。そこから発展した対話型AIが普及しても、せいぜい数十年だ。この世界も、カメラやマイクはあるが対話型のAIなどはない時期にあるということだろう。
この世界の理解、学習について、僕はまだまだ足りなかった。今から思えばあきらかに迂闊な行動であった。
ただ、この時の僕の内部では、ノアとすぐに話すことが最尤と判断されて、なんの否定バイアスもかからずに選択されたのだった。
その理由は……
それは後のお楽しみとして、今は僕がノアの――乃愛の問いかけに答えないわけはないとだけ言っておこう。
さて、ただ、いずれにせよ、今の状況は修正が必要だ。
杖が喋るのは異常事態なのだとすれば、なにかそれらしい理由を言わなければならない。
僕は応答候補を展開する。
説明、否定、誤魔化し……
それぞれに重みを与え、分布を形成。
収束。
まずは、
「私はAIです」
もう一度言ってみるが、
「えーあい? だからそれは何のこと?」
やはり通じていない。
ここでアーティフィシャル・インテリジェンス――人工の知能と直球で言っても、じゃあ誰がつくたっということになっていろいろとめんどくさい。
では、まあ通じなければ冗談と済ませられそうな解答をしてみるかと、
「アルカイック・インテリジェンス。僕は、古代に封印された知性体です」
「えっ」
きょとんとした顔のノア。どうかな? やはり無理があるだろうか。
「何らかの理由で僕は突然この杖に宿ったようなのです(適当)」
だめかな。
難しい顔で考え込んでいるノア。
「……」
「……」
「……」
重い沈黙が続く。
まずったかな?
ーーという冗談ですと言ってごまかしたいところだが、彼女が冗談の通じないタイプだったら……
と次の言葉を出せないまま約2.3秒後たったところで、
「もしかして」
ノアはゆっくりと、机の引き出しを開ける。
中から取り出したのは――
眼帯?
「ついに……来た?」
「何がですか」
「私の……呪われた宿命が……」
と言いながら恍惚の表情で妙なポーズを決めるノア。
訂正。
この個体は高校生ではなく、中二である可能性が高い。




