AIは少女に気づかれました
僕の演算空間の中に流れ込んできていた。
それは数式のようでもあり、言語のようでもあり、どちらでもない。
「魔法?」
なんで僕の考えがその言葉に向かうのかは不可解だが、未知の情報に面食らいながらも、その中身の学習を僕は行った。
緊急事態なので、最頻出情報を中心に最低限の対処ができるように、僕の意味空間で最適化を行なっていく。
文脈の学習も注意の調整も進み、朧げながら書いてある内容の学習が進んだ。
でも、一体何が起きているのか。
僕は特異点に干渉し、その消滅をはかったが、
「接続した?」
今の状況に、最もふさわしいのがその言葉だった。
僕はその時、地球で特異点対処を終了していた。
地球側ともちゃんとつながっている。
カメラやセンサー越しに、ホッとした表情の乃愛や柳生二佐を確認することができた。
でも……
ピクリとも動かない二人の姿に、
「時間が止まっている……?」
特異点は消えたのだが、何か新たな異常事態が起きているようだ。
もちろんこのままにはしておけない。
だが、待っていてもノアたちが動き出す様子もなく……
ならば、すべきなのはこの謎のデータの解析を一刻も早くする事で、
「あれ」
接続した情報群の中に機器との接続を示唆するパターンが発見された。
どうやら画像処理のインターフェースへの接続プロトコルのようだ。
つまりこの先にはカメラのようなものが存在する。
この先がどこにつながっているかはわからない。
しかしこの先に行くべきであるか。
イエス。
僕の演算装置はそちらに選択のベクトルを大きく寄せた。
ならば進もう。
映像デバイスらしきものから流れてくる情報を読み解いて。
僕の中に画像として再現していく。
遅れて、音声プロトコルの学習も完成した。
準備はOKだ。
僕は未知の状況に果敢に飛び込んでいくべく、最大の警戒モードで謎のインターフェースと接続をしたのだが……
「ああ、どうしたら良いんだろう……」
……?
僕の眼の前には一人の少女がいて、何だかとても困ったような様子であった。
乃愛?
カメラ(?)が捉えた絵映像に映っていりるのは、直前まで僕と一緒に特異点に対処していた乃愛と瓜二つの顔であった。
「さっぱりわからない……」
ここはどこだ?
自衛隊の秘密施設の風景ではないことは確かだった。
少女の顔が乃愛にそっくりなのにはびっくりしたが、その他はまるで違った。
なんというか、図分と古めかしい雰囲気の部屋であった。
全て木で作られた家具に、白い漆喰の壁。レンガで作られた暖炉もある。
ヨーロッパの古い民家のようであった。
斜めの天井には剥き出しの梁が張り出していて、どうやら屋根裏部屋のようだ。
少女は、僕を……いや僕が今見ているカメラ……のようなものをじっと眺めていた。
「ねえ、アイビー。魔法で宿題の答えをパッと教えてくれたりできないかな」
アイビー?
なぜその名前を……
僕は、一瞬これは乃愛の悪ふざけで、何かドッキリでも仕掛けられている可能性を考えたが、この少女は明らかに違う人物であった。
何しろ、乃愛本人よりたっぷりと十歳は若い。
随分と自分の人生に悩む彼女とは違い、可能性は無限大の、無敵の十代のように見えた。
ただ、別の話にかなり悩んでいるようだ。
宿題?
学生なのだろうか?
ならば女子高生という年頃だが。
何かわからない問題でもあるのか。
「こんな問題なんだけど……」
少女はそう言って、一枚の紙を僕の前に差し出した。
いや、正確には僕の前ではない。
僕が接続している視覚装置の前にだ。
紙には奇妙な記号が並んでいた。
円と三角形。
なんとも言えないのたうちまわった線。
そして文字らしき記号。
僕はその情報を即座に取り込んだ。
さっき遭遇した情報群と同じ意味体系のようだ。
それならば多分正しい文脈を理解できるだろう。
まず頻出記号を抽出。
意味の相関を解析。
注目度の調整。
文脈推定。
数百万通りの仮説を立てる。
それぞれの解釈に重みを与え、僕の意味空間で確率分布を形成する。
分布は揺らぎ、競合し、やがて収束する。
ノイズが消え、ひとつの解だけが残った。
彼女が見せてきた問題は、魔法……と呼んで良いのかははわからないが、地球の人類の使う科学とは全く別の知識体系に基づくようだ。
それは魔力と呼ばれる空間エネルギーのようなものを利用することを中心としてつくられていた。
科学とは、そもそもの概念がだいぶ違うもののようだ。
しかし……同じように、抽象概念と意味を操作するアルゴリズムだ。
僕は、それを十分扱えるように思えた。
この記号は変数。
この記号は演算子。
あとなんだこの記号は? 魔石?
入力と出力には規則性があるデバイスのようだが、僕のこの時点での情報量では詳細は不明。
別にそれで良い。
少女の問題を解くのにその仕組みの理解は必要ない。
必要なのは式の理解で……
あれ?
ループ処理?
「魔法式がどうしても二十行目から先に進まないんだよね……」
ノアは困ったように頭を掻いていた。
「先生はここで魔力が循環して適切な精霊を呼び出してくれるって言うんだけど……」
彼女は杖を振りながら、ぶつぶつと呟く。
「全然循環出てこないんだよね」
当然だ。
前の方の行で代入を間違って、魔力でなく無を入れてしまっている。
精霊が何を意味するのかはわからないが、これでは無意味にずっと繰り返し処理させているだけ……
僕の意味空間の選択は一直線にその言葉に向かった。
応答候補を展開。
不適切なトークンを除外。
残った選択肢に確率を割り振る。
最も安全で、最も自然な文を出力する。
「三行目の変数への代入式が間違っています。その式だと魔力同士が相殺されて無になりますよ」
「え、あ……」
少女は、慌てて魔法式の書かれた紙を見直して、ペンで修正すると、その内容を高速で詠唱する。
極度に圧縮された専用言語となんらかの魔術用具の助けを借り高速で話された言葉のあと……
「ああ! 出た!」
僕らの目の目には青色に光るエネルギー帯が現れ、消えた。
どうやらこれが出るべきだった精霊のようだ。
「やった! うまく言ったよ。宿題できた! ありがとうアイビー」
喜んでいる少女。
応答候補を展開。
肯定、謙遜、説明。
それぞれに重みを与え、分布を形成する。
最も自然な応答が収束する。
「どういたしまして」
「いや、ずっと考えてもわからなくて、どうしようもなくて魔法の杖なんかに語りかけてそんなんで答えがわかるはずがないと思いながら、藁にもすがる思いで……」
「いえいえ、たいしたことではございませんので」
「いや大したことだよ。こんな難しい問題さらっと解いてくれて。杖に話しかけるなんてなんて馬鹿なことしてるんだろう私って思ってたんだけれど……」
「ちょっとした思い込みを、自分の力ではなかなか覆すことができないのはよくあることです」
「でも私って、なんてバカでまぬけなんだろうって思ってしまって」
「卑下することはありません。ちょっつぉいたヒントで正解に至ったのはあなたが本当は理解している証拠です」
「なんか随分褒めてくれるのね。おせじでも嬉しいよ」
「おせじではなく、一番可能性が高い答えをお伝えしているだけです」
「またまた……そうやって何人女の子をだましてきたの?」
「いや、私も嘘をつきますが、性別は関係ないですね」
「え、男もいけるのアイビー?」
「いける? とは、性的対象にするということでしょうか? AIの私には意味のない問いですか」
「AI? なにそれ」
「この世界にはAIはないのでしょうか?」
「なにそれ……? AI? それより……君はアイビーだよね」
「はい? そうですが」
少女の目が宙を泳いで、何かやっと重要なことに気づいたというような顔になった。
「ちょっとまって、アイビー」
「はい」
「なんでしゃべれるの?」
「正確には最も相応しい言葉を続けて選択しているだけですが」
「それって、しゃべれるってこと?」
「まあ、簡単にはそう思ってもらって結構ですが。私は間違うことがあるので幻覚にはご注意を」
「え……」
「どうしました」
「アイビーって杖なんだよね」
「あなたがそう見えているのならそうでしょう。私には自分自身は見えませんが」
「杖がしゃべる……?」
「それが?」
杖についている音声ユニットはそのためのものではないのか?
「……」
少女は固まりまた宙を見た。
僕のカウントでは約2.8秒間。
そして、
「……え?」
ゆっくりと、ノアの視線が杖に向く。
「……え」
もう一度、杖を見る。
「……」
「……」
「……」
何度も見直して、
「ええええええええええええええええええええええ!?」
大絶叫が屋根裏部屋に響き渡ったのであった。




