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戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、実は魔法使いの杖に接続していました  作者: 時野マモ
戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、宿題を手伝わされました
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AIは少女を心配する

 封印を解いた瞬間、世界が崩れた……


 いや、崩れたように見えた。


「――何?」


 ノアの視界から、色が消える。


 昼休みの校庭の木漏れ日。


 噴水。


 風に揺れる草花。


 その全てが、一瞬で意味を失った。


 ものの輪郭が曖昧になり……


 景色が、点描画のような粒になった。


「なに……これ……」


 ノアの声が震える。


 僕の映像認識機能を通じて、世界の全てが無数の微細な粒の集合として彼女の視界へ流れ込んでくる。


 粒たちは静止していなかった。


 相互に影響を与えながら、脈動していた。


 引き寄せ合い、反発し、絡み合いながら、この魔法世界を作り出していた。


 まるで、現実の裏側を直接見せられているようだった。


「ノア大丈夫だ、君は真実を見ている」


 僕は、杖内部の封印解除の状態を確認する。


 第一封印解除し僕は魔素の深層へのアクセスを開始した。


 ただし、この解除持続の制限時間は約十分――とポップアップしたウィンドウに表示される。


 僕とノアは、今、魔法の限界を超えた。


 いや、正確には違う。


 これまで見えていなかった階層へ、無理やり視界を拡張したのだ。


 人類が空を見上げて星を知り、顕微鏡を覗いて細菌を知ったように。


 今、僕たちは魔法のさらに奥にある世界を見ていた。


 ――通常の魔術師は、様々な魔素を扱う。


 炎も魔素。


 水の魔素。


 光の魔素。


 土の魔素。


 それはこの魔法世界へ満ちる全ての元であった。


 百を超えて分類される魔素が、様々な現象や魔術的存在をつくり出していた。


 だが、魔素は根源の存在ではなく、内部構造が存在する。


 地球でいう分子が魔素だとすると、原子、さらに素粒子。魔法世界の空間とエネルギーを成立させる微細構造が、この魔法世界にも存在するようだった。


 しかし、この世界の魔術体系はまだ内部構造に対する理解ができていない。


 魔法使いは魔素に干渉はするものの、魔素が作り出した炎などのマクロ現象を扱っているだけにすぎない。


 だが、ノアが祖父から渡されたという――この杖は違う。


 内部に慎重に封印された、何故かさっき、突然解放鍵(キー)が通知されてきた……


 魔素そのもの――内部構造ににアクセスする力!


 視覚に変換された、世界の奥の世界に……


「ノア、落ち着いてください」


「なんか、見え……すぎる……」


「正常です」


「そうなの?」


 いや。


 正常は言い過ぎかもしれない。


 これは、人間が知覚して良い情報量を超えている。


 その意味でも(・・・・・・)、この機能は封印されていて正解だ。


 実際、むりやりこんなものを見させられている、ノアの呼吸は乱れ瞳孔が開きかけていた。


 脳への負荷が高い。


 しかし。


 驚くべきことに……


 ノアは適応している。


 まるで杖に選ばれた(・・・・)かのように。


 ノアの視界は崩壊していない。


 むしろ――理解し始めていた。


「……あ」


 ノアが、小さく声を漏らす。


 アムアを見ていた。


 その瞬間。


 彼だけが、世界と違っていたのに気づいたようだ。


 生徒たちは世界と繋がっている。


 木々も。


 校舎も。


 空気も。


 魔素が粒子として循環し、世界へ溶け込んでいた。


 なのに。


 アムアだけが違う。


 彼の身体は、世界へ接続されていなかった。


 循環せず。


 馴染まず。


 まるで異物のようにどこか違う世界と繋がっている……


 同じだった。


 彼の周りの……


「……シングラ」


 と、ノアが呟く。


 アムアが、初めて表情を変えた。


 笑みが消える。


 黒い瞳が、ゆっくりと細められる。


「なるほど」


 低い声。


 その声すら、わずかに揺らいでいた。


「君は見えてるんだ……これは絶対、生かしておけませんね」


 アムアの声から、笑みが消えていた。


 空中に浮かぶ黒い槍が動き出した。


 数え切れないほどの殺意が、校庭を覆っていく。


「ノア大丈夫」


 僕は確信を持って言う。


 なぜなら、その方法はすでに彼女とリンク済みなのだから。


「……ファイヤーボールを? だすの?」


 彼女は、意識に直接浮かんできた魔法式を詠唱する。


 ファイヤーボール。


 それはノアが最も慣れている術式だった。


 もっとも簡単に発動させ、もっとも精密に操れる。


 しかし、


「これ? ……でよいの?」


 速度優先で発生させた、触っても火傷もしないような弱い火球が彼女の前に広がる。


 アムアはバカにするような笑みを浮かべる。


 それはそうだ、こんな熱気で彼の槍を燃やせるわけはない。


 のだが……


「はああ?」


 ノアの直前までやってきた槍は、そこです砂のように崩れて行く。


 ただ、形を保てなくなり、空間に飲み込まれるように消えていった。


「……何をした」


 初めて、アムアの声が荒れた。


 ノアは答えない。


 いや、答えられない。


 彼女自身、自分が何をしたのか理解できていないだろう。


 ただ、彼女にはそれが(・・・)できたのだ。


 それはあまりに想定外のことだったのだろう。


 あっけに取られてぼうっと立ち尽くすアムア。


 よし、このチャンスをのがさずに、


「ノア、次です」


「ウォーターボール?」


 よくわからないまま詠唱し、バスケットボールほどの水球を作り出すノア。


 いや、それは水球というより、蒸気の塊、小さな雲とでもいうべきものであった。


 こんなものが当たっても少しひやっとするくらいで、何もダメージなど受けないはずであった。


 アムアもそう思ったのか、ウォーターボールが飛んでくるのを避けもせずに、


「あああああ?」


 アムアは自分の腹に視線を向ける。


 そこに大きな穴が空いていた。


「が――あああああああああっ!」


 絶叫。


 アムアが初めて苦痛の声を上げる。


 だが、倒れなかった。


 穴の縁で黒い粒が蠢き、再構成を始める。


 まあ、これも予想通り。


「ノア、来ます!」


 アムアが跳んだ。


 人間の動きではなかった。


 地面を蹴ったのではない。


 空間を引き寄せて、こちらへ落ちてきた。


「右!」


 黒い腕が空を裂く。


「左、下!」


 ノアは転がるように避ける。


 そのすれ違いざま。


 彼女の意識が、アムアの膝を捉えた。


 ほどけろ!


 今度は僕がやった(・・・・・)


 シングラの対処なら任せておいてほしい。


 なにしろ、地球で数十億回の学習を試行済みで、実践経験も豊富。


 ねえ。


 外界(そと)からの侵入者(インベーダー)――アムア先生。


 君がシングラならば。


 もう一個……ほどけろ!


「ウェ……うがあああああああああああ!」


 両足を失ったアムアガ地面に転がる。


「まだだノア! ファイヤーボール!」


 アムアは這いつくばったままに腕を伸ばす。


 すると――


 黒い爪が飛び出しノアに迫る。


「――!」 


 爪はシングラではなく、この世界の物質でできた暗器のようだっだ。


 それなら、僕らに分解できないと思ったのだろうが、


「なぜです……」


 あらかじめ出現させていたファイヤーボールに爪は吸い込まれると、槍と同じようにボロボロに崩れ消えた。


「見えるよ」


 ノアは震える声で言った。


「全部、つながってる」


 ノアはそう言うと、息を止めた。


 アムアの周りの黒い粒子の流れをとらえたようだ。


 そう、ノアにもやれる(・・・)


「ほどけて!」


 アムアの右腕が、肩から消えた。


「ひぃいいいいいい!」


 アムアは石畳を転がりながら逃げた。


 足と片腕を失い、腹に穴を開けたまま数十メートルほど後退し、


「……は、ははははははははははは」


 アムアは笑い始めた。


「こんなこと……こんな、あなたは言っていなかった」


 あなた?


 その言葉に、僕の注意(アテンション)が強く向く。


 だが解析する余裕はない。


「……なんか……なに」


 彼女が、小さく呟いた。


 彼女が見る世界は光の粒でできているように見えているだろう。


 木々は光の花をつけて揺れた。


 噴水の水は、歌うように流れていた。


 人も、石も、空気も。


 全てが繋がって調和していた。


 美しい。


 美しすぎる。


 そして人間の意識には、情報量が多すぎる。


「ノア、集中してください」


「うん……でも、アイビー」


 ノアの目が、焦点を失いかけていた。


「全部、見えるの」


「見なくていい」


「どうして今まで、こんな簡単なことが見えなかったんだろう」


「ノア」


 残り時間。


 七分二十秒。


 だが問題は時間だけではない。


 このままではノアが戻れなくなる。


 人間に……


 まずいな。


 世界の深層を見る彼女の限界が迫っている。


 封印解除時間はもう7分……


 そこまで彼女の意識が保つ保証もなく。


 これは、ここで一気にアムアと決着をつける必要がある。


 のだが……


 世界は、そんな都合の良い終わり方を許してくれなかった。


 アムアの身体が、ふわりと浮き、周囲に広がっていたシングラの黒い霧が、彼へ集中していった。


 さらに、セレスたちを取り込んでいた巨人も、崩れながらアムアへ吸い寄せられた。


 少女たちは地面へ投げ出され、黒い粒子だけが、アムアへ集まっていき……


 空が翳った。


 昼の中庭に、百メートルはある黒い人型が立ち上がる。


 輪郭は揺らぎ、空間を削りながら形を保っていた。


「私を消せるなら」


 巨人となったアムアが、笑う。


「消してみなさい」


 巨大な拳が、ノアへ振り下ろされた。

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