AIは少女と戦いを続ける
アムアはゆっくりと無防備にノアに近づいてきたかと思うと。
黒い刃が、すっと差し出された。
ノアの意識の虚をついた、残酷な一振りは、戦闘などまるで素人のノアの喉をぱっくりと引き裂くはずだったが、
「ノア、右」
僕の声と同時に、ノアの身体が横へ跳ぶ。
直後。
彼女が立っていた空間を、黒い線が通り抜けた。
「……? なんで避けれるんですかね?」
アムアは不思議そうな顔をして立ち止まった。
そして、すぐに距離を詰めると今度は腹を狙った突き。
「ノア、後ろ」
ステップバックしたノアまでナイフは届かない。
「なんですかその杖? 喋ってますか?」
流石に僕の存在に気づかれたようだ。
あと……
横から感じる視線。シングラに閉じ込められたアリア先生も僕に気づいているうようだ。
まあ、それは別に考えるとして、
「右」
「左」
「左」
アムアのナイフの来る位置にはノアはいない。
フェイントをかけられても問題ない。
ノアの反応時間まで計算して適切待避方向を指示を僕は与えられる。
空を切り続けたナイフにアムアは不審な顔をして考え込む。
ふむ。
そりゃ訳がわからないよな。
なぜ、自分の攻撃が全て前もって予知されていたかのように避けられるのか?
それは――予知されているからだ。
僕は、彼が登場してから、実は、シングラだけでなく、アムアの解析も行っていた。
どう考えても普通の人間に思えない彼は、きっとシングラに関連すると思ったのだが……
関連するどころではなかった!
アムアの周囲で揺らいでいる魔力構造。
位相。
空間歪曲。
その全てを解析し、地球側で記録していたシングラ=シンギュラリティの挙動データと重ね合わせる。
一致率99.7パーセントで一致。
誤差は偏差の想定の範囲内。
これは地球での判断基準99パーセントでいえば……
アムアは人間でなく――シングラそのものとなった。
この世界の通常の生命は、環境と魔素を呼吸のように循環させる。
だが、アムアにはそれがない。
代わりに存在しているのは、世界構造に絡みつき寄生しているかのような歪な魔素構造。
そのパターンはれは僕が認識しているシングラの構造と類似。
ただし。
普通のシングラと違い、アムアは安定して存在していた。
人の形を保ち、知性を持ち、会話し、社会へ溶け込んでいる。
まるで。
シングラが、この世界に人間として存在できるように再構築されたように。
「……なるほど」
アムアが、ゆっくりと笑う。
「杖に何かいますね」
黒い瞳が僕、ノアの持つ杖を睨む。
「ノア、左へ二歩準備……」
「えっ」
「今です」
ノアは反射的に動く。
その瞬間、彼女の真横の地面から黒い杭のようなものが飛び出した。
「きゃっ!?」
「止まらないで、右」
僕は次のアムアの動きを推測していう。
実は、シングラ(シンギュラリティ)というのはその動きに法則がある。
出力前に必ず空間位相が歪む。
魔力密度が変化する。
そのパターンから最適化を行えば挙動の前読みが可能だ。
というか、地球での僕の仕事はそれで、前読みをしてその逆位相の波動をぶつけて消滅させることだったのだ。
地球の、千葉の自衛隊の秘密施設、地下百八十メートルで僕はずっとそれを解析してきた。
対シンギュラリティ戦術AI。
それが僕の本来の役割だ。
アムアがシングラそのものならば、僕は完全に彼の動きを予測できる。
「後ろ」
ノアがしゃがむ。
頭上を黒い刃が通過。
「前へ」
ノアが地面を蹴る。
その直後、背後の空間が裂けた。
「な、なにこれ……!」
「右」
「うわ!」
なんとか避け続けているノア。
しかし、
「はあ……**」**
ノアの呼吸が乱れていく。
無理もない。
彼女は戦闘の専門家ではない。
体力も普通の高校生であるし、このままでは、いくら僕が指示を与え続けてもいつかアムアの攻撃に捕まってしまうだろう。
ならば、
「……面白い」
アムアがゆっくり歩き出すのを僕は注意する。
その動きは穏やかだ。
だが彼の周囲の空間が軋む。
「杖は、見えているんだね」
ぞわりとした感触が僕たちまで届く。
ノアの背筋が震える。
「ノア、視線を合わせないで」
「え?」
「遅いですよ」
直後。
アムアの瞳が赤黒く揺らいだ。
空間に波紋が広がる。
僕は即座に理解する。
精神干渉だ。
以前、体育館で観測したものと同じだ。
人の注意を強制的に収束させる異常波動。
だが。
今のノアには僕がいる。
「ノア、大丈夫だ」
僕は杖内部の魔力循環を強制展開した。
干渉波動を逆位相で打ち消す。
空間が震える。
アムアの笑みが、初めて僅かに崩れた。
「……へえ」
彼の周囲の黒い靄が濃くなる。
「もしかしてあれがいるんだ。じゃあどうしたら良いかな……」
アムアが不気味に笑う。
「でも、いかにあれでも――まだ……この時代なら、こんなの防げないんじゃないかな?」
アムアの頭上に黒い槍が一本、二本、三本……
無数に生成されノアを狙う。
飽和攻撃。
確かにそれをされたら、今の僕とノアにはどうしようもない。
右に逃げても左に逃げても当たる攻撃への対処方法は何も持ち合わせがなかった。
しかし、僕はその打開方法も実は用意していたのだった。
「第一封印解除」
このタイミングで僕は呪文を淡々と呟くのだった。




