AIは少女と黒い巨人を見る
校庭に広がる穴が、少女たちを捉えていた。
「お嬢様!」
コレーの悲鳴が響いた。
だが、セレスは逃げない。
動こうとすらしなかった。
幸福そうな微笑みを浮かべたまま、両腕をゆっくりと広げる。
「受け入れます……」
セレスが囁いた。
「すべてを」
次の瞬間。
闇が、彼女へ触れて飲み込んだ。
生徒たちの悲鳴が上がる。
誰もが思った。
セレスが消えたと。
闇に食われたと。
あれはシングラだと、この光景を見つめる誰もが直感していたが……
ならば存在ごと消滅したと。
だが。
「……え?」
誰かが間抜けな声を漏らした。
セレスは、消えなかった。
むしろ――溶け合っていた。
セレスの身体へ闇が絡みつき、浸透し、融合していく。
彼女の輪郭が曖昧になる。
その背後の、他の少女たちも誰も逃げなかった。
少女たちは、ただ幸せそうに微笑みながら、自ら闇――シングラへ歩いていく。
「やめろぉぉぉ!」
コレーが突撃する。
だが。
間に合わない。
少女たちの身体は黒へ沈み、境界を失っていく。
腕が。
髪が。
笑顔が。
溶けるように混ざり合い。
「っ……!」
アリアが息を呑む。
そこにいたのは、十数メートルはある巨人だった。
輪郭は曖昧で、泥を無理やり人型へ押し固めたような不格好さがあった。
そして――
その胸部。
腹部。
肩。
身体のあちこちに、少女たちの顔が埋め込まれていて……
頭部。
セレスが下半身のみ埋まった状態で、慈愛に溢れた微笑みを浮かべていた。
優しく。
幸福そうに。
「……美しい」
アムアが、震える声で呟く。
「ついに……ついに完成した」
その目は歓喜に溢れていた。
恍惚し、崇拝する。
まるで神の降臨を見ているかのようだった。
「さあ――」
アムアが両腕を広げる。
「世の中を地獄に変えるのです」
黒い巨人が脈動した。
周囲の空気が歪む。
校庭の石畳が浮き上がり、砂のように崩れ始めた。
「な、なんだよあれ……」
「人……?」
「いや……化物……」
「……何なんだよ……アムア先生……」
食堂から巨人を見る、生徒たちは恐怖に震えていた。
だが、そんな視線など全く気にしないアムアは、
「彼女たちは優しい」
誰に聞かせるでもなく、ゆっくりと語り始める。
「彼女たちは……誰かが苦しむことに耐えられない。誰かが泣くことに耐えられない。誰かが飢えることに耐えられない……優しい少女たちです」
黒い巨人に埋め込まれた少女たちの顔が恍惚の表情になる。
「素晴らしいではありませんか……彼女たちの素晴らしい理想」
アムアが笑う。
「……ですが人間という器には限界がある。ひとりを救えば、ひとりがもれる。十人を救えば、百人が苦しむ。善意だけでは、世界は変わらないのです……」
その声は、まるで説法をする宗教者のように大真面目であった。
「だから彼女たちは理解したのです、個を超えねばならないと。境界を捨てねばならないと……全てを一つにしなければならないと」
黒い巨人が、ゆっくりと顔を上げる。
その瞬間。
周囲の魔素が、嵐のように吸い込まれ始めた。
「愛は全てをつなぐのです。全ての境も区別も無くなるのです。世界は愛の名にひとつとなるのです……ああ」
アムアが感極まったような声をつまらせた。
「素晴らしい」
巨人がさらに成長した。
さらに。
さらに。
十数メートル。
二十メートル。
校舎二階に届きそうなほど巨大化していく。
「……させるか」
アリアが魔法陣を展開する。
だが彼女の全力でも、それは押し止めきれない。
巨人はまだ徐々に成長していく。
「おかしい……これはシングラじゃないのか……いや、新型だったな……それでも……」
対シングラの魔法を連続でしかけるが、手応えのない状況を訝しむアリア。
後のフォンテーヌが必死で解析を続けるが、まだわからないという顔だ。
コレーは……
「下郎ぉぉぉぉぉぉぉ!」
巨人の横を、地面を砕きながら一直線にアムアへ迫る。
槍が唸る。
空気を裂く。
必殺の一撃。
だが。
「お守りします」
優しい声がした。
次の瞬間。
巨大な黒い腕が、コレーを薙ぎ払った。
「――!」
コレーが空中で無理やり姿勢を変える。
直撃は避けた。
だが、その着地の瞬間。
「残念です」
まるで瞬間移動でもしたかのように、アムアが目の前にいた。
「な――」
避けられない。
アムアの蹴りが、コレーの腹部へ突き刺さる。
空気が爆ぜた。
コレーの身体が地面を跳ねる。
二度。
三度。
石畳を砕きながら吹き飛び。
最後に遠く校舎の壁へ激突した。
「コレー!」
アリアが叫ぶ。
だが返事はない。
瓦礫の中で、彼女は動かなかった。
「……邪魔者が減りましたね」
アムアが笑う。
その背後で、黒い巨人がさらに膨張する。
もうアリアひとりでは抑えきれない。
魔法陣が軋む。
崩れる。
校庭の空間そのものが悲鳴を上げていた。
「くそ……!」
アリアが歯を食いしばる。
「大丈夫。エンケたちもすぐに来るから」
フォンテーヌが励ましの言葉をかけるが、それは間に合わないことは言っている本人もわかっていた。
なぜなら、ただ巨人の膨張を止めることだけに集中し、無防備なアリアに、アムアはまるで攻撃をしかけて来ないのだから。
いつでも、こんな茶番なんて終わらせられる。
そんな表情のアムアを苦々しく思いながらも、アリアに今できるのはこれだけ……
そんな長くもつとはとても思えなかった。
このままでは学園が。
王都が。
飲み込まれる。
絶体絶命。
その時だった。
「――解析終了」
僕はノアにそう伝えたのだった。




