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戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、実は魔法使いの杖に接続していました  作者: 時野マモ
戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、宿題を手伝わされました
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AIは少女と戦いを見る

 後に僕――アイビーは知る。


 この週末にセレスに起きたことを。


 土曜日、貧民街から帰ったセレスは、落ち込んではいたがまだ十分に自分の精神をコントロールできていた。


 自らの若さも自覚していた。


 まだまだ未熟で、力もない自分が、世の中の矛盾をすぐになんとかできるなどと考えているわけではなかった。


 ただ、この日のことを軽んじるわけでも、忘れるわけでもなかった。


 この世の現実を、重く受け止めながら、人生を賭けて何ができるかについて深く考える……


 セレスの親の子爵夫妻が、娘を王都に送り出した際に期待した変化。それは、理想的な形でセレスの中で起きようとしていた。


 彼女は、ジュノーに言われるまでもなく、自らの責任から逃れることなく、この世の矛盾に立ち向かおうとしていた。


 しかし……


 悪夢が、彼女を襲った。


 彼女は荒廃したグラティア子爵領を歩いていた、飢えた民衆が彼女に縋りついてきた。


 道端には、子供の骸骨が転がっていた。


 セレスは自らの着る豪華なドレスから宝石を引きちぎり、貧者に与えた。


 それを見た別の貧者が彼女に手を差し出した。


 セレスはもう一つ宝石を引きちぎるとそれを与えた。


 さらに別の手が伸びた。


 髪飾りを。


 別の手には指輪を。


 いつのまにかドレスが剥がされ、セレスは地に転がり、飢えた子供達によって体を噛みちぎられていた。


 ――足りない。


 ――足りない。


 いくら与えても、底なし沼のように、何もかも飲み込まれていった。


 そして、ついに心までも与えてしまったセレスは無となって暗闇の中に沈んだ。


 しかし、そんな彼女を呼ぶ救いの声があった。


 セレスの心に侵入したアムアは、彼女の魂を闇の中から引き上げながら言った。


 私と一緒に世界を救いましょう。


 この悪夢は、全てアムアにより仕組まれたことであった。


「やっと会えた……あなたこそ私の求めた器です」


 それに抗うにはセレスは弱く……純粋過ぎたのであった。


   *


「仰せのままに、アムア様……」


 そう言って、セレスは笑った。


 それは、いつもの彼女の笑顔ではなかった。


 いつも通りの上品で、穏やかな笑みではあった。


 だが、肝心の中身がなかった。


 優しく強いセレスの魂は何者かによって乗っ取られてしまったかのようだった。


「セレス……」


 ノアが、呆然と呟く。


 他の全校生徒も、ただこの光景を見つめているだけしかできなかった。


 セレスを中心として集まる十数人の女生徒。


 ジュノーは地面に倒れたまま、指先ひとつ動かせないでいる。


 そしてそれを見下ろしながら微笑んでいるアムア。


 明らかに異常だった。


 だが、あまりに異常すぎて、誰も動けないまま、この集団が次にすることを茫然と、ただ見ているしかできない.


 ……と思われたのだが、


「そこまでだ」


 ドスのきいた低い(アルト)が響いた。


 校庭に、アリアが歩いて来た。


 彼女は杖を構え、鋭い視線でアムアを睨んでいた。


 その隣には、フォンテーヌの姿もあった。


「アムア」


 アリアの声は静かだった。


 だが、その静けさの奥に、押し殺した怒りがあった。


「生徒たちから離れろ」


「おや」


 アムアは、いつも通りの柔らかな笑みを浮かべる。


「これはこれは。アリア先生。怖い顔ですね。生徒たちが怯えてしまいますよ」


「その生徒を操っている奴が言うな」


「操る?」


 アムアは不思議そうに首を傾げる。


「私はただ、彼女たちの苦しみを取り除いているだけです。皆喜んで私について来てくれていますよ」


「黙れ」


 そう短く言い、アリアは杖を振る。


 空気が裂けた。


 透明な刃のような魔素の刃が、アムアへ一直線に走る。


 だが――


 届かない。


 アムアの手前で、空間そのものが歪んだように魔術が曲がり、霧散した。


「……なにをした」


 アリアが舌打ちする。


 確かに……なんだあれと僕も思った。


 アムアの周囲に、通常の魔素とは違う反応がある。


「シングラ?」


 信じられないような顔でフォンテーヌが言う。


 同意だ。


 僕の解析結果も同じ――アムアはシングラを盾に使った。


 いや、正確にはシングラそのものではない。


 シングラの性質を、薄く、細く、糸のように引き出している。


 現象の因果を逸らす膜がアリアの斬撃を霧散させてしまったのだった。


「5番街もお前の仕業か」


「5番街? あの貧民街の話ですか? 魔術局に感知できないうちにシングラが現れて、消えたと言う話ですか? アリア先生は、あんな連中の言う話を信じるのですか?」 


「お前よりはな!」


 アリアは杖を振る。


 無詠唱で魔素の刃を無数に作り出し、一斉にアムアに向かわせる。


「……同僚よりも、あんな連中を信じるとは残念です……ははは……ははは」


 不気味に笑いながら、次々に刃を消滅させるアムア。


「フォンテーヌ!」


「もう始めているわ」


 フォンテーヌが魔法陣を展開する。


 複数の円が重なり、アムアの足元へと伸びていく。


 解析と拘束を同時に行う高等魔術だ。


 だが、アムアは動じない。


「困りますね。今日はとても大切な日なのです」


 彼の周りに、黒い不定形の闇――シングラが現れ、フォンテーヌの魔法探査をことごとく飲み込んで行く。


「……昨日の夜もお前の仕業だな」


「はて、なんのことやら」


「わざとセレスを残していったくせに……」


「いやいや、アリア先生が来なければ昨夜で全てが終わり……始まっていたのに残念です」


「……ふ」


 アリアが杖を構え、さらなる攻撃をしようとしたその時だった。


「ふざけるな!」


 校舎の二階の窓が、内側から砕け誰かが叫んだ。


 ガラス片が光を散らしながら降る。


 そこから、飛び出したのは……


 ――メイド服。


 だが、その動きは単なる侍女のものではない。


 空中で体をひねり、落下の勢いを殺さず、怒りをそのままに校庭へ足を踏みつける。


 地面が割れた。


「……コレーか」


 アリアがチラリと後ろを見ながら言った。


 セレスの侍女、コレーが掃除の箒を持ち、悠然とした歩みで近づいてきた。


 彼女が箒を一振りすると、それは細身の短槍に変わった。


 一瞬のことであった。


「下郎! お嬢様から離れなさい」


 コレーは怒りを抑えきれない様子だった。


 侍女の礼儀正しさは残っていたが、それはアムアには全く向けられている様子はなかった。


「おや」


 アムアが笑う。


「よく眠れましたか、コレーさん」


 その一言で、コレーの瞳がさらに細くなる。


「二度も」


 彼女はゆっくりと歩き出す。


「二度も、お嬢様を私の前から奪いましたね」


「人聞きが悪いですね、セレスさんはもう子供じゃありません。あなたが寝ている間に自主的に動き回る自由くらいはあるでしょう?」


「黙りなさい」


 次の瞬間、コレーの姿が消えた。


 いや、消えたのではない。


 速すぎたのだった。


 地面を蹴っただけで、彼女はアムアの懐へ到達していた。


 槍が閃く。


 首を狙った一撃。


 だが、またしても届かない。


 アムアの前で、槍先が見えない壁に弾かれる。


「っ!」


 コレーは即座に身を沈める。


 次の瞬間、黒い線が彼女の頭上を通り過ぎた。


 避けていなければ、首が飛んでいた。


「いや、いや、危ないですねえ。油断してたら私の首が飛んだかもしれませんよ」


 アムアは言葉とはうらはらに、余裕の笑みを浮かべながら言う。


 コレーは答えない。


 ただ、低く構えさらに槍を連続で振るう。


 アムアは、一つ一つをギリギリで避ける。


 この攻防を見ながら、感心した顔でアリアが言った。


「……腕は落ちてないようだな。さすが王国騎士団の狂戦士(バーサーカー)と呼ばれた女だ」


「……」


「縁談で、故郷に戻ると聞いた時は、絶対に無理だと思ったが」


「……」


「やっぱり破談になって、セレスの侍女になっていたのか」


「……おい」


「?」


「アリア」


「おう」


「余計なことを言っていないで手伝え」


「いいのか? お前が本気出したら、生徒が引くぞ」


「……そんなこと言ってる場合か」


「まあ、良いだろ。お前は呪術と相性悪いからな……あいつ(アムア)は使うぞ」


「知っている。二度まで眠らされたからな……」


 コレーは、一度攻撃をやめ、アリアが隣に来るのを待つ。


 そのまぶたは、今にも落ちそうなほど重く垂れていた。


「三度目を食らっているようだな」


「早く、治せ」


「了解」


 アリアは短い詠唱をしてコレーの周囲に呪術を通さない結界を張る。


 すると、閉じかかっていた瞼が開き、


「死ね」


 素早く何度も突きをはなつコレー。


 槍は、残像を伴いながらアムアを雪崩のように襲う。


「助太刀するぞ」


 槍が、アリアの魔法で速度強度ともに強化される。


 すると、突きをシングラの盾で防いでいたはずであったが、


「どういうことですか……」


「学校に出たシングラに原初魔法が通用したのでな……原初術式展開《Primal Origin Invocation》を槍に付与した」


 先週、学校にでたシングラを消滅させたアリアの魔法が今回も効いているようだ。


「っ……」


 嫌そうな顔をしながら、アムアは後ろに飛び下がり距離をとる。


「まさか、逃げれると思ってないだろうな」


 アリアがドスの効いた声でアムアに言い前に進む。


「お嬢様」


 コレーが、セレスの横を通り過ぎる時に言う。


「申し訳ございません」


 セレスは、何も答えない。


 ただ、意思のない幸福そうな顔で、微笑んでいるだけだ。


 コレーのことなど意にも介していないように見えた。


「――殺します」


 地面が爆ぜ、コレーが突撃した。


 今度は正面ではない。


 低く、左右に揺れ、足場を砕きながら迫る。


 そして、アムアの防壁に触れる直前、彼女は短槍を投げ捨て、横に回り込む。


「アリア!」


「うむ」


 コレーはアリアの魔法で強化された拳をアムアに叩き込む。


「ほう」


 アムアの笑みが少しだけ薄くなる。


「死ね」


 コレーの拳が防壁を破り、アムアの顔を殴り飛ばしそうになった。


 ――その瞬間。


「残念」


 アムアが一歩下がって拳を避けながら囁いた。


 もちろんコレーは追撃の拳を放っているが……


 セレスの足元に、黒い紋様が浮かび上がる。


 同時に、校庭全体の空気が沈んだ。


 重くなる。


 呼吸が詰まる。


 少女たちが、一斉に笑った。


 同じ声で。


 同じ高さで。


 同じリズムで。


「始まりました」


 アムアが両腕を広げると、濃密な黒い塊がアムアを覆う。


 コレーはその塊に吹き飛ばされ、アリアの足元まで転がる。


「アリア先生」


 アムアは少女たちの真ん中まで戻ると優雅に一礼した。


「有名な狂戦士(バーサーカー)殿まで来てくださるとは思いませんでした。素晴らしい。役者が揃いましたね。あなたたち二人を退けたとなれば、もはや王国に私を止められる者はいないでしょう」


「貴様……」


 怒りを噛み殺したようなアリアは冷たい声で言った。


「何をするつもりだ」


 アムアは笑った。


 心底嬉しそうに。


「世界に祝福をもたらします」


 次の瞬間。


 校庭の中央に、黒い穴が開いた。


 それは影ではない。


 空間そのものが、底の見えない闇へと沈んでいく穴だった。

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