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戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、実は魔法使いの杖に接続していました  作者: 時野マモ
戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、宿題を手伝わされました
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AIは少女と日曜の酒場にいる

 クイニーアマン。


 馬車の貴族が、


「パンが無いなら……」


 ということで引き合いに出した、バターを多用した焼き菓子である。


 バターの納入数を間違えて途方に暮れてしまっていたラーラと、情に駆られて引き取ってしまったハレーおばさん。このふたりを助けるべくノアにレシピを伝えたら、この異世界の王都で大流行となってしまったのだが……


 パンが無いから食べるというのは史実の通りだったりする。


 クイニーアマンのレシピは十九世紀のフランスのブルターニュ地方で成立したとされているが、ここは小麦が育ちにくくパンの材料が足りない。なのに牧草はやたらと育って酪農が盛んという場所だ。


 そんなブルターニュで小麦が不作の年があって、バターしか食べるものがないので考案されたかなりイカれたレシピ。


 ……という説もあるが伝承の域を出ないようだ。


 ただ、バターが常に余り気味で小麦が足りない地域であったのは間違いないようで、その中で無駄なく材料を使い尽くそうとしたらバターが過大になるのは当然だ。飢餓の年に考案されたのかは判然としないが、パンが足りない地域で食べられるために生まれたのは間違いない。


 パンが少ないからクイニーアマンが生まれた。馬車の貴族の言葉が、皮肉にも史実を言い当てているのは妙な感じだが、それはあくまで地球での真実で……


 ここは異世界。


 この世界にはこの世界の真実がある。


 世界の数だけの真実がある……


 いやもしかしたら?


 真実の数だけの世界があるのかもしれない。


   *


 セレスと一緒に出かけた土曜の次の日――


 日曜の酒場オールトは昼過ぎからずいぶんと混んでいた。


 こんな日中から酒を飲むおじさん、遅い昼食をとる旅人、ただ居場所が欲しいだけの老人。


 ここに来た理由は様々であると思われる、雑多な客でいっぱいであった。


 そんな喧騒の中、


「おまたせ、串焼き二つと黒パン! あとカボチャのスープです!」


「ノアちゃんありがとね」


「いえいえ……」


「こっちエールもう一杯」


「はいかしこまり。ちょっとまってね」


「ノアちゃん、こっちはステーキ追加だ」


「はい。でも少々時間かかるかも」


「構わないよ、あと煮込みも」


「あ、それはすぐ出せます……」


「ノアちゃん、ワインちょうだい」


「はい」


「ノアちゃん、バスのソテー」


「は……い」


「ノアちゃん、チーズくれ」


「お……」


「ノアちゃん……」


「ま……」


「ノアちゃん……」


「ち……」


 大忙しのノアであった。


 酒場を手伝うことを条件に、ここ安く下宿させてもらっているのだからしょうがないのだが、今日は店の給仕に料理の手伝いにと大活躍の日曜日であった。


 平日は学業優先なので、仕込み手伝ったら、その後は部屋に戻ることが多いのだが、休日は、昼から開いてる酒場オールトの看板娘として大活躍なノアなのであって……


 夕方、日が暮れる頃にはもう疲労困憊といったありさまであるのだが、


「ノアそろそろ上がって良いよ」


 ハレーおばさんから業務終了を伝えられた。


 店も夕食の時間が終わって一段落した頃であった。


 あとはだらだら居座る酔客の相手だけなのでおばさんひとりでも大丈夫なのだろう。


 それに、


「どうせやってないんだろ……」


 頷くノア。


「宿題」


 その通りであった。



     *


 その頃。


 薄暗い路地の奥。


 夜はスラムの住民でも近づかない荒れ果てた廃屋に異変が生じていた。


 最初に気づいたのは、シリウスだった。


「……おい、何だあれ?」


 低いが良く通る声。


 近くの暗闇に潜んでいた者たちの動きが止まる。


「下がれ」


「え、何で――」


 物陰から現れる子供の姿。


「いいから下がれ」


 言い方は乱暴だが、シリウスに従わない者はいない。


 彼が全てを把握しているかはわからないが、言うとおりにしていたら危険から確実に逃れられる。それがここの住民たちがみな知っていることであった。


 シリウスは廃屋の奥で蠢く影をじっと見つめていた。


 形が定まらない何かが、そこにいる。


「……なんだ、あれ」


 誰かが呟く。


「子どもを家の中にへ入れろ!」


 シリウスが、珍しく焦ったような口調で言う。


「おい、どうした!?」


 枯れた街路樹にのぼり、枝に腰掛けた男が言う。


「いいから早くしろ! 大人もさっさとここから逃げろ……あれはシングラだ」


「はあ? 討伐隊が来てないぞ」


「いいから、逃げろ! あれはシングラだ。あの感覚を……忘れるわけがない」


 シリウスの有無を言わせぬ迫力に、ようやく周囲が動き出す。


 扉が閉まり、誰かが泣き、誰かが怒鳴る。


 混乱の中、シリウスだけがポケットに手を入れながら、じっとその場に立ち続ける。


「来るなら来てみやがれ。ただでは俺は死なんぞ……」


 ポケットから手を出し、ボクサーのようなファイティングポーズを取る彼の手には、禍々しい紋章が描かれたメリケンサックが装着されていた。


 焦らず、怒らず、シリウスはただ淡々とシングラ(それ)が動くのを待ち構えた。


「しかし……なんで来ないんだ」


 討伐隊が来ないのをシリウスは不思議に思った。


 シングラの発生は事前に予測でき、それが王都に害をなす前に当番の魔術師達が消去するはずだった。


 何百年もの間、そうやってこの街――いやこの世界の平安は守られてきたのだ。


 だが、すでにシングラが発生しているのに、この場にはスラムの住民しかいない。


「貧民街だからって見捨てる……わけはないな」


 シングラが拡大して暴走してしまえば、それはスラムだけの問題ではなくなる。討伐隊はシングラの発生する場所がどこかは問わずに現れる。


 はずだ――


 しかし、


「来る気配もないか」


 誰もいなくなった通りには、シリウスの呼吸の音しかしない。


 シリウスは自分が立向うしかないと覚悟を決め、暗闇に向かって一步足を踏み出す。


 ――のだが、


「?」


 影が、シングラが痕跡も残さず突然消えた。


「……はあ? 消えた?」


 緊張が解けたのか、物陰で覗いていた誰かが間抜けな声を出す。


「本当にシングラなのか? シングラなら……」


 勝手には消えない。

 

 それが言いたいことなのだろうが、


「……あれはシングラだ」


 シリウスが相変わらずの、ドスのきた低い声で言う。


「あれに全てを奪われた俺が言うのだから間違いはない。そうだよな?」


 その問いに、誰も答えるものはいなかった。


     *


 路地のさらに奥。


 光のまったく届かない暗く湿った場所にアムアは立っていた。


「……なるほど」


 彼は満足気に呟く。


「うまく出すことはできました。予兆もまるで起こしませんでした……が……」


 彼は薄笑いを浮かべながら頷く。


「早く消えすぎましたね……でも……だいたいわかりました」


 アムアはゆっくりと歩き出し、


「今度はずっと安定して出せる(・・・)でしょう……ひひ」


 湧き出る愉悦に耐えきれないように笑いながら言う。


「ひひひ……もうすぐですね。もうすぐこの街を地獄(ヘブン)に変えてあげますよ……ひひ……ひひひ……ひひひ」


 そして、その甲高い笑い声は、いつのまにか深い暗闇の中に吸い込まれ消えていく。


 アムアとともに……

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