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戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、実は魔法使いの杖に接続していました  作者: 時野マモ
戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、宿題を手伝わされました
21/35

AIは少女とカフェに行く

 ノアとセレスは、市場の活気を楽しみながらも、ずっといるとさすがに疲れてきたようだ。


 どちらから言い出したということもなく、市場から離れて、周りの街中へと入っていった。


 石造りの建物が並ぶ、古い市街地だった。白っぽい壁と、長い年月で角の取れた石畳。細い路地が入り組むように続いていた。


 その道端に、小さなカフェや食堂、雑貨屋が自然に溶け込んでいる。2階より上には人が住んでいいるのか、洗濯物が頭上の縄にかかり、窓辺には鉢植えの花。開け放たれた窓の奥からは、誰かの笑い声や食器の触れ合う音が漏れてくる。


 市場のような勢いはない。だが、


「こっちは、なんか落ち着くね」


 ノアがそう言うと、セレスも静かに頷いた。


「はい……人が暮らしている街、という感じがします」


 市場では熱気に当てられたような様子だったセレスも、ここまで来ると少し肩の力が抜けたようだった。


 ふたりは通りをしばらくあるいて、路地の突き当たりにある小さなカフェへと入った。


 店の前には木の黒板が立てかけてあり、本日のおすすめのメニューが書いてあった。


 あと、その横に「クイニーアマン品切れ」と……


クイニーアマン(あれ)……ほんとに広がってるね」


「そうですね……」


「ちょと怖いくらいだな」


 なんか不安そうな顔のノアだが、とりあえず店に入ることにする。  


 中に入ると、ひんやりとした空気が二人を包んだ。


 風通しが良く、石壁に囲まれた店内は涼しく過ごしやすそうだった。


 中には十人ほどの客がすでにいたが、窓ぎわのテーブルが空いているようだった。


 店員に案内されふたりはその席に座った。


 これで満席となったが、テーブルは余裕がある配置であり、みな静かに会話を楽しんでいて――


 落ち着いたリラックスできる空間であった。


 葉の香りがゆるやかに満ちていた。


 その匂いにうっとりとした顔になる2人に運ばれてきたのは琥珀色のお茶だった。


 香りは紅茶に近いようだが、発酵はそこまで深くない。地球で言えば、紅茶とウーロン茶の中間くらいの発酵の飲み物だろう。渋みは穏やかで、代わりに少し青さが残っている。


 だが、それが悪くないようだ、


「美味しいですね」


 セレスが、少し驚いたようにいった。


「うん。なんか、すっきりしてる」


 ノアはカップに鼻を近づけて香りを確かめる。


「軽いというか……」


「はい。発酵を浅く止めているのだと思います」


 セレスは少し考えるようにカップを傾けた。


「茶葉の色も、完全に黒くなっていませんでした。半ばで止めているのでしょう」


「へえ、そんなの分かるんだ」


「父の領地でも、少しですが茶葉を育てておりますので」


「え、そうなの?」


 意外そうにノアが目を丸くする。


「はい。山の斜面に小さな畑がありまして……霧が出やすい土地なのです。強く発酵させたものよりも、このように軽く仕上げた方が風味が出ると聞きました」


「じゃあ、これも似たようなとこで作ってるのかな」


「おそらくは。湿度があり、日差しが強すぎない場所……それと、乾燥させる時の火加減も重要です」


 セレスはそう言いながら、もう一口ゆっくりと味わう。


「……少し青さが残っているのは、そのためでしょうね」


「青さかあ……」


 ノアももう一口飲んで、少し考える。


「でもそれがいいね。なんか、飲みやすい」


「はい。食事にも合わせやすいと思います」


「確かに。市場の後だと、こういうのの方が落ち着くかも」


 セレスは小さく頷いた。


 ノアは笑いながらカップを持ち上げた。


「これは、気楽に飲める感じだね」


「はい」


 セレスも同じようにカップを持ち上げる。


「とても、落ち着きます」


 そう言いながらセレスは興味深そうに窓の外を見ていた。


 ただ眺めているだけではなく、見て、考えていた。


 そんな様子にノアが気づいたようだ。


「……そんなに面白い?」


 そう尋ねると、セレスは嬉しそうに微笑みながら言った。


「……はい。とても」


 カップを置いて、セレスは続ける。


「私の故郷でも、父は民と近くあるべきだとよく申しておりました」


「へえ、お父さんの影響? 街を見るのが好きなの?」


「はい。でも、子爵家といっても小さな領地ですから、領民とともに街を作っていかなければ立ちゆかない、という現実的な理由もあるのですが……それでも、父は、必要以上と思われるほど良く街へ出て、民の声を聞いておりました。私も、小さい頃から一緒に良く街に連れ出されておりました」


「じゃあ、セレスもそういうの慣れてるんじゃないの? まあ、王都は雰囲気違って面白いのかもだけど」


 ノアの率直な疑問に、セレスは少し困ったように首を横に振る。


「はい慣れているつもりですが……」


 セレスは言葉を探すように、視線を落とす。


「……どうしても、皆さま、気を使ってくださるのです」


「ああ……」


 ノアにもそれはなんとなく想像できたようだ。


 領主の娘。


 それだけで、相手は本音を隠すだろう。


「アステラ魔法学院に入る時父にも言われていました。王都へ行ったなら、本当の民の姿を見てこい、と」


「本当の姿」


「はい。迎えられるだけではなく、混ざってみろ、と」


 セレスは、窓の外の路地をまた見た。


 行き交う人々。


 笑いながらかけっこをする子供。


 店先で値段交渉をしている女主人。


 肩で荷を運ぶ若者。


「でも、入学してからは……」


「来れてなかったの?」


「はい。授業もそうですし、貴族の方々との交流もありますから」


 そこで少しだけ言い淀む。


「特に……ジュノー様のお側にいる時間が長くなりまして……いやありがたいご配慮なのですが」


「ああ……」


 ノアは妙に納得したように頷いた。


 確かに、あれは忙しいだろう。


 精神的にも余裕がなくなりそうだ。


「だから、こうして街をゆっくり見て回るのは、今日が初めてです」


「そんな大事な時に私の案内なんかで良かったのかな? 私、街のことなんて全然詳しくない。森から出てきたばかりで……」


「いいえ」


 セレスは、まっすぐな目でノアを見ながら頷いた。


「さっき市場でのノアさんを見て……自然に、この街の中にいるように見えましたので」


「え、そうかな。買い出しとかで良く行くから顔馴染みなだけだよ」


「いえ、皆さま、ノアさんを信頼して可愛がって……仲間として……」


 セレスはそこで言葉を切って、少し考え込むような表情になると、


「私は……仲間なのでしょうか?」


 そして――


 誰と? とは聞けなかったノア。


 その後、2人は一瞬沈黙してしまうのだが……


 

「あっ! ノアさん! こんなところで!」


 元気の良すぎる声が飛んできた。


 振り向くと、カフェの入り口で大きなかごを抱えた少女がぶんぶん手を振っていた。


「ラーラ? なぜここに」


「納品です!」


 そう言って、ハイテンションな少女は店の奥へ走っていく。


 かごの中にはクイニーアマンがぎっしりと入っていた。


「遅くなりましてすみません! クイニーアマン持ってまいりました!」


 ラーラは店主に伝票らしき紙を渡しながら、わざと店内に聞こえるように言っているとしか思えない大声で言う。


 すると――


 クイニーアマン? クイニーアマン……


 店内の雰囲気が少し騒然となり、


「クイニーアマンください!」


「こっちも!」


「お願いします」


 話題のお菓子を食べてみようと店内中から声が上がる。


 その様子を見たセレスが、


「すごいですね、ノアさんの下宿先のお店が作っているんですよね。大忙しで……そういえば、ノアさん手伝ったりしなくて良いのでしょうか?」


 忙しい時にノアを連れ出してしまったのかとはっとなる。


「ああ……それ……」


「今は、ネビュラ商店(わたしども)が作っております」


「ん?」


 振り向くとそこには納品を終わらせたラーラの姿。


「ハレーおばさん、すぐ飽きましたので、今はうちの商会から菓子職人さんに委託して量産してます!」


 そうなのだった。


 クイニーアマンばかり作るのにすぐ飽きたハレーおばさんは、レシピをラーラに伝えて、さっさと手を引いてしまったのだった。


「そうなの……?」


 ノアをチラリと見るセレス。


 首肯するノア。


「まったく、ハレーおばさんはこんな大ヒット商品の権利を早々に譲ってくださって本当に欲がないですね――太っ腹です」


 いや、最初は欲にまみれていかに独占してやろうか結構どぎつくネビュラ商店の、ラーラの上司に交渉していたのだが……


 最初の1日で怖いくらい売れたのを見て、


 ――わたしゃクイニーアマン(これ)からは手を引くよ。


 と言ったのだった。


「おばさんにもいろいろ考えがあるんだと思うよ」


 まあ、長年の酒場経営出つちかったカンによるものなのかもしれないが、僕にもこのクイニーアマンの流行は少し加熱しすぎだ。


 流行は広がる時早ければ、落ちる時も速いものだ。


 僕は有頂天になっているラーラの映像を分析す(ながめ)る。


 引き際を間違わなければ良いが。


 もっとも、それは今すぐ問題になる類の話ではないだろうが……


「それでは私は次の店がありますので!」


 ラーラはぺこりと頭を下げて、店の外に置いていたカートを押しながら走り去っていった。


 元気満点であった。とてもこの間バターの発注量を間違えて発注してこの世の終わりのような顔をしていたのと同一人物とは思えない。


「……忙しそうだねラーラ」


「はい。でも、嬉しそうでした」


「うん……まあ、それならなによりで」


「そうですね」


 それ以上何を言えば良いかわからずに無言となるふたり。


 気を取り直してお茶を飲む。


 店の中は話題のクイニーアマンを食べられて喜ぶ客の声に騒がしくなっていたのだが……


 店の奥にいつの間にか座っている女性は身動きひとつしないで、こっそりとこちらを伺っている。


 目立たない地味なコートに体をすっぽりと包み、帽子を深々とかぶり、大きなサングラスを掛けている。


 ノアたちは気づいていないのだが、あからさまに怪しい下手な変装でカフェの隅に座っているのは……


 セレスの侍女コレーだった。


 紅茶を注文したが、こちらを気にしすぎて、まったく飲んでいない。


 ノアもセレスも気づいていないようだが……


 まあ、それで困ることもないので、今は放置で良いか。


 だが、


「ところで」


 突然、ノアが言った。


 さっきまでより、少しだけ真面目な声だった。


「ほんとに行くの?」


 セレスが、カップを置く。


「はい」


 迷いのない返事だった。


「市場の表通りだけじゃなくて……もっと奥も見てみたいのです」


 ノアは、少しだけ眉を寄せる。


 面倒そう、というより、心配そうな顔だ。


「……あんまり変なとこ行くと危ないかもよ」


「それでも」


 セレスは小さく息を吸って、まっすぐにノアを見る。


「見たいのです」


 その答えに、ノアは数秒だけ黙り込んだ。


 そして、


「……わかった」


 と、少し悩みながらも頷き、


「じゃあ、行こうか」


 と言った、その瞬間、店の奥でコレーがびくっと肩を揺らしたのに、僕はしっかりと注意(アテンション)を向けるのだった。

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