幕間:深夜の学校
その夜、僕――アイビーははその場にいなかった。
だが後に、その全てを知ることになる。
僕に、この時、もっと力があったのならば、この後に起きる事前に防ぐことができたかもしれなかったのだが……
*
深夜の学園は静まり返っていた。
夕方のシングラ騒ぎなどなかったかのような【静寂の別の言い方、静野路は使わない】があたりを支配していた。
月明かりに照らされた石造りの回廊も、中庭も、風の音だけが通り抜けていく。
だが――
その静寂の中に、わずかな違和があった。
人の気配があった。
それも、ひとつやふたつではない。
十人ほどの少女たちが、音を立てないように注意しながら、校舎の後ろを歩いていた。
誰も一言も話さない。
行き先を確かめる素振りもなく、慣れた様子で……
目的地に向かって真っ直ぐにすすむ。
そのまま集団は学園の奥の森に入る。
しばらく細い道を歩き――
その深くにある小さな噴水のある池の横に、少女たちは集まっていた。
横一列に並び、視線は中心の何もない空間に集まった。
何かを期待した体は耐えきれぬように細かく震えていた。
誰も喋らずに、荒々しい、興奮したような呼吸音だけが暗闇に響いた。
最初はバラバラだった少女たちの動きが、呼吸が、心臓の鼓動でさえ同期していった。
個々の身体が、ひとつのリズムに従って動き始め――
やがて、その中心に、影が現れた。
いつの間にかその影は実態を持ち始め……
現れたのはアムアだった。
学園一の人気教師は、ゆっくりと少女たちの前に歩み出る。
月明かりを背に受けて、その輪郭が淡く浮かび上がる。
整った顔立ち。
穏やかな微笑み。
昼間と何も変わらない――
邪悪な男だった。
彼は、一人の少女の前で立ち止まる。
そっと、手を伸ばす。
触れたのは、額。
軽く、押し当てるように。
その瞬間、少女は体をビクンと震わせて、歓喜の中失神する。
倒れかかる少女を受け止めたアムアはその首筋に唇を当てて、隠していた牙を出して――吸血する。
他の少女たちがわらわらとアムアに群がって、我先にと自らを差し出す。
月が雲に隠れて真っ暗となった中で、狂ったような笑い声と歓喜に身を任せた叫び声が聞こえた。
月が、再び雲間から顔を出した。
アムアの姿が暗闇から浮かび上がった。
いつの間にか、骨で作られた不気味な椅子にすわり、半裸となった少女たちは彼に群がって、次々に血を吸われた。
アムアは満足げに微笑みながら、その姿を影の中に沈めてゆくのだった。




