AIは少女と体育館で待機する
校庭に静寂が戻ったのは、シングラが消滅してからしばらく経ってからのことだった。
誰もすぐには動けなかった。
削れた地面。舞い上がった土埃。あちこちで腰を抜かしている生徒たち。さっきまで聞こえていた部活動の掛け声は消え、代わりに気の抜けたような声や、恐怖と安堵が入り混じってすすり泣いきの音だけが校庭を満たしていた。
「全員、その場を動くな!」
アリアの声に全員がハッとなった。
杖を手にしたまま、校庭全体を見渡しているアリアの目つきは、いつもよりさらに鋭い。生徒たちは迷うことなく彼女の指示に従った。
ちょうど、他の数人の教師も校庭に出てきたところだった。彼らはアリアと目配せをすると、生徒たちの誘導を始めた。
「ようし、みんな、先生に従って移動だ」
教師たちは、シングラがまだ現れることを警戒しているのか、杖を構え、いつでも魔法の発動ができるようにしているように見えた。
生徒たちは、校舎の中にいた者もそのまま体育館に移動させられて、クラスごとに集まった。
特異点のためだけではないのだろうが、事前に定められた避難手順に従って、学生たちは速やかに移動して次の指示をまった。
点呼が始まる。すでに学校の外に出ていってしまっていた生徒もいるが、遅れて到着した魔術団が協力して消息を確かめてくれるようだ。
まあ、校庭で起こった異変なので、学校の外にいたら安全だったに間違いがないが……
まずは全員の状況が判明するまで、生徒は待機となる。
「ああ、びっくりした……」
ノアは、さっきシングラに攻撃されたことを思い出しながら言う。
「シングラの一番近くにいたと聞いたぞ。大丈夫だったのか」
「大丈夫というか……なんとかなったので……」
まあ詠唱が間に合うかギリギリであったが、結果オーライである。
「まあ、それなら良いのだが」
パラスは心配そうな表情で言う。
ちなみに、レスリング部の練習がもう始まっていたパラスはシングレット姿のまま体育館にやってきていた。
他にも、タイツ姿や、水着姿……演劇部で背景の木に扮しているものまでいたが、それを笑うものはいない。
そんなことを考える余裕がない緊張感があたりには漂っていた。
しかし――
「みんな、先生がついているから大丈夫だぞ」
「はい」
近くに、アムア教諭のクラスがいた。
彼は生徒たちの中心に立ち穏やかな笑みを浮かべていた。
「心配しなくて良いよ。先生を信じて」
その一言で、女生徒たちの目が一斉に彼に向く。まるで恋でもしているかのような熱烈な目で。
いや、それだけではない。男子生徒まで、うっとりしたような顔になっている者が少なくない。
不自然だった。
生徒の反応が、揃いすぎていた。
アムアが軽く微笑むと、近くの女子が頬を染め、男子まで妙に安心しきった表情になる。
それは、生徒個々で、一見全くバラバラの行動のように見える。
しかし、生徒の反応には、自然ではありえないくらいの相関が見出された。
バラバラの動きと思われる、個々の動作が作り出すベクトルは、一つの方向へと収束している。
外部から与えられた「重み」によって、注意が一方向へと強制的に向かう。
何か生徒たちを操るパラメーターの存在を僕は予測する。
そして、もし、そんなものがあるとするならば、
「さあ、みんなきっともうすぐ安全宣言がでるよ」
――その通りだった。
魔術団の現場班のリーダーがステージの上に立つと、もう帰っても大丈夫と大きな声で生徒たちに伝えた。
神経質そうな、メガネをかけた魔術師は言った。」
「出現確率は測定限界以下まで低下し、現時点で校内に残留反応は確認されていないため、もうシングラが再び現れる危険はありません」
教師達が誘導し、生徒たちはホッとした顔で、体育館から外に出た。
今日は流石に、この後の部活は中止のようだった。
そのまま寮に帰る者が多いため、自然とグループが分かれていった。
ジュノー率いる貴族令嬢グループや生徒会長のマルス侯爵家の長男のグループなどが、やはり目立っているのだが、アムアのそばをいつまでたっても離れない女生徒たちが一番目立つ……いや、悪目立ちをしていた。
さて、悪目立ちといえば、いつの間にかボッチ状態になってしまったノアもそうだ。
さっさと、人の流れに乗って学校から出てしまおう。
そう思ったノアは歩き出すのだが、
「ノア」
アリアの声が後ろでする。
「は、はい」
条件反射で背筋が伸びる。
「聞きたいことがある。だが、それは後でだな……今日はもう帰れ」
「……はい」
いったい何を聞かれるのか。
ノアは不安そうだったが、アリアから離れることにもなるし……
とりあえず下宿に戻ることにしたのだった。




