AIは少女と学園を歩く
アリアの魔法学で午前の授業も終わり昼休み。
ノアたちはいつものように食堂のテーブルを囲んでいた。
今日はセレスも参加で、仲良し四人が集まっての昼食となった。
和気あいあいと、冗談を言いながら、笑いながら。幸せなひとときである。どうでも良いような話で心から笑いあえる。まだまだ未熟で人生経験にも欠ける少女たちであるが、だからこそ純粋に楽しめる、仲間とのひととき。
話題はあっちこっちに飛ぶのだが、
「そういえば……」
ベスタが同じ寮の王都の商家の娘から聞いたという、
「これ……例のやつですよね?」
「あれだ!」
隣のテーブルを見たベスタは思わず叫んでしまう。
「……?」
「あ、すみません」
びっくりして振り返った別のクラスの少女たちに、謝りながら、
「それがクイニーアマンですよね」
「……そうよ。なんか昨日の夜から急に出回っててさ」
「めちゃくちゃ美味しいって評判。昨日の夜に入手できた人がプレミア価格で転売してるって」
「ありがとうございました」
少女たちが丁寧に答えてくれたことに礼を言い、
「うちの店でも仕入れようかって話になっているみたい」
「貴族の間でも話題になっているようですわ」
セレスも続けて言う。
「本日、ジュノー様のところにも届けられる予定だとか」
「え、もうそんな広まってるの?」
ノアが驚く。
「商家の流通と、貴族の話題性が結びつくと広がりは早いのですわ」
なるほど、と僕は理解する。
流通ネットワークと権威の拡散力。
この街の最強の組み合わせなのだろう
「……なんかすごいことになってない? おばさん舞い上がりすぎてなければ良いけど」
「それ、それ、このお菓子作ってるのノアの下宿先なんじゃないの? 酒場オールトってはなしだったけど」
「そうだよ……」
ノアの下宿先の酒場――オールト。
昨日は夕方に店が始まってすぐにクイニーアマンが話題になり、テイクアウト希望の貴族や商家の遣いのような人たちがたくさんやって来て大騒ぎだったらしいが……
その間は寝ていたノアはどのくらい店が大変だったのかわかっていない。
そんなに大変だったのか……
今日は店の手伝いをする予定なので、忙しすぎなければ良いが。
そう思ったらしいノアは少しだけ遠い目をした。
しかし、
「何、あれは筋肉に良いのか?」
パラスはとなりのテーブルの少女たちがクイニーアマンを分け合って食べる姿を見ながら言う。
「たぶんあんまり……」
「つまらんな、興味がなくなった」
といういつも通りの筋肉バカを見て少し心が軽くなるのであった。
*
というわけで、騒がしくも楽しい昼食を終えた後。
「じゃあな! あと校庭20周だ!」
パラスはいつものように元気よく立ち上がる。
今日も宿題できなくて罰で走るのだ。
果たして、彼女は走れば宿題しなくて良いものと勘違いしていないのか心配だが……
「筋肉はペンより強いぞ!」
意味不明の格言を残して消えるパラスであった。
「では、わたくしも失礼いたしますわ」
セレスが優雅に立ち上がる。
「ジュノー様にお呼ばれしておりますので」
「……がんばってね」
自分が呼ばれているわけでもないのに、背筋に寒気が走っている様子のノアであった。
悪意はないと思うのだが、なんかネットリとした圧を持ってよってくるジュノー様は苦手なようである。
「はい……」
さり際の表情を見れば、それはセレスも同じようだが。
「うちは今日当番だから教材取りに行かなくちゃ」
軽く会釈をして、ベスタも去っていった。
ノアは一人になったのだった。
「……どうしよ」
教室に戻るにはまだ時間がある。
少しだけ考えてから、
「ちょっとぶらぶらしようかな」
と、特に目的もなく歩き出す。
アステラ魔法学院は広い。
石造りの校舎だけでなく、中庭や庭園、訓練場に実験棟と、いくつもの施設が緩やかに繋がっている。
そのあちこちに、奇妙なオブジェが置かれていた。
巨大な魔石を削り出した彫刻。
意味不明な紋様が刻まれた石柱。
空中に浮かび続ける金属片。
それらの多くには、小さな銘板がついている。
なんたら侯爵家寄贈。
なんたら商会寄進。
ノアは気にも留めず通り過ぎていくが、生徒の生家の裕福さや、国の中核をなす貴族や商家、つまり政治や経済とも密接に関わり合った場所だということが分かる。
それは、誇らしいいことでもあるのだろうが、少々息苦しくもある。
ただ――
そうした威圧的な場所ばかりではない。
少し歩けば、静かな木陰や、小さな噴水のある中庭、風の通る回廊など、落ち着ける場所もいくつも用意されている。
勉学の場としての緊張と、休息のための緩和。
そのバランスは、よく考えられていた。
「……ここでちょっと休むかな」
ノアはその中のひとつ、小さな林に入る。緑に囲まれたその場所は、外の喧騒が嘘のように静かだった。
木漏れ日がやわらかく地面を照らし、風が葉を揺らす音だけが聞こえる。
置かれていたベンチに腰を下ろす。
「はあ……」
短いが、確かな休息だった。
その時だった。
「あれ……?」
ノアが視線を上げる。
林の奥。
明らかに「隠れているつもり」の二人組がいる。
だが――隠れ方が雑だ。
というか、オーラあり過ぎで目立ち過ぎである。
ジュノー様だった。
派手な縦ロール髪。
目立つ装い。
木の陰にいるつもりらしいが、ほとんど意味をなしていない。
「……ジュノー様と、セレス」
そして、その少し離れた場所にも、同じように様子を窺っている令嬢が二人。
みんな同じ方向を見ている。
その先にいたのは――
アムア教諭。
その隣には一人の女生徒。
距離が近い。
いや、近すぎる。
肩が触れている。
女生徒は、うっとりとした表情でアムアを見上げていた。
ノアは一瞬だけ迷ったあと、小さく身をかがめて木陰を伝うように移動する。
気づかれないように、ゆっくりと。
ジュノーたちの背後まで近づき、そっと足を止めた。
セレスがちらりとこちらを見て、一瞬だけ驚いた表情を浮かべる。
だが、すぐに何も言わず視線を戻した。
声を出さないで。
そういう空気だった。
「……あたし、ああいうの苦手だな」
ノアが小さく呟く。
僕も同意見だ。
その時、
「……許せない」
低い声が漏れる。
ジュノーだった。
「あの子も、私のものだったのに……」
空気が、わずかに張り詰める。
背後の令嬢たちは何も言わない。
否定も、同意もない。
ただ、その言葉を受け入れている。
「女の子は全部、私のものなのに……」
静かな、しかし揺るぎのない声だった。
いや、少しは欲望隠せよジュノー様であるが。
その視線の先にいた、アムアがふと顔を上げた。
こちらを見る。
あきらかにジュノーたちに気づいている。
――見られていることを理解している。
そして、見せつけるように女生徒の体に手を回し、抱き寄せる。
女生徒は抵抗するどころか、嬉しそうに身を預けた。
アムアの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
それは――
ぞっとするほど冷たかった。




