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戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、実は魔法使いの杖に接続していました  作者: 時野マモ
戦闘用AIの僕が異世界に転生したと思ったら、宿題を手伝わされました
10/18

AIは少女を起こす(が起きない)

 何度も起こしても起きないノアがやっと目を覚まして、慌てて宿題をやっているうちにまた深夜となった。


 でも、僕が時々要点を教えたのもあって、なんとか全てを終えたノアは、そのまま再びベットにダイブする。


 あれ――全然動かない? と思ったら、すぐに、可愛らしい寝息が聞こえてきた。


 よかった、よかった。


 仮眠とったので眠れなくなるとかの体質(たち)ではないようだ。


 今から寝たら、朝食取らずにギリギリまで寝ているとして――5時間くらいは睡眠が取れるだろう。


 昨日ほぼ徹夜なので、それで十分とは言わないが、それだけ寝られたら明日はきっとピンピンしてるだろう。


 なにせ若い。


 地球の乃愛(ノア)の方は、大台近くなってめっきり体力が――とか、無理が効かなくなった――とかぼやいていたが……


 ああ、そういえば。


 僕は、念の為、地球側のカメラでそっちのの状況を確認する。


 ふむ――


 変わらない。


 時間が止まったかのように乃愛も柳生ニ佐も動かない。


 不思議なことに同じ場所にある演算装置その他のシステムは普通に動いて電力も供給されていることから、(アイビー)を動かす一連のリソースは「こちら」の世界に所属しているようだが、なぜそんなことになっているかはさっぱり意味がわからない。


 ……まあ、焦ってもしょうがない。


 ひとまずはこちらの世界の事情をしっかりと学習しないとならない。


 なので、僕の接続したシステム内にある情報の深い学習と、並行して杖に備えられた魔力の感知装置を通じた世界構造の把握を行なっていたのだが……


 これは!


 地球で特異点(シンギュラリティ)として知られる波動を、杖の感知装置が伝えてくるのであった。


   * 


 王都の夜は眠らない。


 少なくとも、眠ることを拒否したこの一角はそうだった。


 王都一の歓楽街ソド。


 通りの両側には酒場が並び、扉の外まで笑い声がこぼれている。


 酔客は千鳥足で石畳をふらつき、派手な服を着た客引きの女たちは、通りすがりの男たちに甘い声をかけていた。


 香ばしい料理の匂いと、酒と、香水と、立ち小便の匂いが混じってあたりに漂う。


 賑やかだが物悲しい、いかにも場末で雑多な印象を与える場所だった。


 誰もが今この瞬間の快楽に夢中で、すぐ足元に異変が迫っているなど思いもしない。


 その喧騒の中を、数人の男女が足早に進んでいた。


 全員、濃紺の外套を着ている。


 胸元には銀糸で、尾を引く星の印が刺繍されていた。


 王都防衛魔術局第三班。


 先頭を歩く男は、通りのざわめきの中でもよく通る低い声で言った。


「今夜こそ、当直を定刻で終えたいものだな」


 エンケ・ヴァルケン。


 第三彗星班の隊長であり、現場指揮官である。


 四十手前ほどの年齢。無駄な贅肉のない体つきに、短く刈り込んだ髪。酒場の用心棒にも見えるし、宮廷の近衛にも見える、どこか正体不明の雰囲気持った男だった。


 その後ろで、銀縁の眼鏡を押し上げながら、女性が肩を竦める。


「そう毎回うまくいくなら、私たちの部署にももっと勤務希望者が多くなるでしょうね」


 フォンテーヌ・カストラ。


 分析担当。痩せた指先に、淡く魔力光の残る手袋をはめている。夜だというのに髪は乱れておらず、長い睫毛の奥の目は妙に冷静だった。


「縁起でもないこと言わないでくださいよ」


 と苦笑したのは、支援担当のパーカー・プルームだ。まだ若い。班の中では一番年少で、一見気弱そうに見えるが、その動きにいっさいの躊躇はない。やはり、この集団の中にいるプロのひとりで間違いがないようだ。


 最後尾では、前衛担当、巨大な杖を肩に担いだタットル・ハーゲンが豪快に笑った。


「終わったら一杯やるんだろ? エンケ隊長。今日は奢ってくれるって聞いたが」


「聞いていないことにしておけ」


「えー」


「だが、さっさと片づけられたら考える」


「よしきた! じゃあ早速……」


「あれをな……」 


 エンケは立ち止まり、通りの先、酒場と酒場の間の狭い路地を指差す。


 そこだけ、空気が妙だった。


 夜風が吹いているはずなのに、布看板が揺れていない。


 石畳の上に落ちた水たまりが、鏡のように静止している。


 そして何より――魔力が、淀んでいた。


 全員が身構え「それ」を待ち受けた。


「来ます」


 フォンテーヌが言った。


 彼女の指先に淡い光が走る。測定用の小型魔石が、かすかな警告音を鳴らした。


「魔力乱流、急上昇。位相ずれ拡大。発生予測まで……三、二、一」


 空間が、きしんだ。


 何もない路上に、黒ずんだ歪みが現れた。


 それは最初、ただの影の染みのように見えた。


 だが次の瞬間、その影が立ち上がる。


 人の形。


 人に似ているだけで、人ではないもの。


 腕のようなものがあり、頭のようなものがあり、だが輪郭は曖昧で、常に溶け続けていた。


 見ているうちに微妙に形がズレていくのが気持ちの悪い。


特異点(シングラ)だ! 退避するように!」


 エンケの声が通りに響く。


 酔客たちは一瞬ぽかんとした顔をしたが、すぐにその異常さを本能で悟る。


 客引きの女たちも、酔っ払いも、裏口へ、路地へ、建物の中へと散っていく。


 まるで蜘蛛の子を散らすように、一瞬で人の気配が消えた。


「結界展開!」


 パーカーが前に出る。


 光の膜が通りを囲い、外への波及を抑える。


「タットル、右。パーカー、被害抑制。フォンテーヌ、解析続行だ」


「了解」


「はい!」


「続けます」


 魔法使いたちが隊列を整えた瞬間、シングラが動いた。


 歩くというより、空間ごと滑るような動きだった。


 その足元を通った石畳が、ざらりと削れる。


 フォンテーヌが息を呑んだ。


「移動型です。放っておくとあたり一面が削り取られます」


「誰がそれまで放っておくって? サボってるやつには酒奢らないぞ……構え!」


 エンケが杖を構える。


「対シングラ排除術式、第一段階!」


 高速で、言葉としては聞き取れない四人の詠唱が重なる。


 光の輪郭だけを抜き出したような、鋭い魔法陣が空間に浮かび上がる。


 シングラの輪郭が、わずかに揺れ、止まる。


「押さえています。今です!」


 フォンテーヌの合図で、タットルが吠えるように詠唱し、巨大な圧縮魔力弾を叩き込む。


 歪んだ人型がねじれ、半分ほどが吹き飛んだ。


「……やったか」


 パーカーが呟く。


 タットルは肩で息をしながらも、笑顔で言った。


「今日は、良い日だな。美味い酒が……」


 だが、最後まで言い切る前に、


「いえ……おかしい」


 フォンテーヌだけが、眉をひそめた。


「消滅した波動じゃなくて――」


 彼女が言い終わる前に、空中から魔力を吸い込んでシングラが再びその不気味な形を取り戻した。


 そのうえ、さっきより大きく、幾分輪郭が濃い。


 まるで、一度壊されたことで逆に形を定めてしまったかのように。


「なっ……!」


 パーカーが息を呑む。


 タットルが舌打ちした。


「おいおい、なんか不味かったのかよ! 俺……」


「いえ、ミスではありません」


 フォンテーヌが即座に否定する。


「術式自体は正しかった。ただ――排除対象の定義がこちらの想定と一致していない」


「つまり?」


「新型だとおもれます……10年ぶりの……」


「くそ、なんてひどい日だ……」


「おしゃべりしている暇はないぞ」


 エンケが一歩前へ出る。


「これで一気に行く」


 彼は背に負っていた長剣を抜いた。


 それは、杖ではなく、剣だった。


 刀身には複雑な魔法刻印が走り、抜かれた瞬間周囲の魔力が揺れて、地なりとなって辺りに鳴り響いた。


「隊長、それは――」


「宝剣の封印解除がとけた……つまり、そういうことだ」


「……ご武運を」


 首肯すると、エンケは軽く息を整えた。


「道を開けろ」


 タットルとパーカーが左右に跳び、フォンテーヌが後ろに下がった。


 人型のシングラが、ゆっくりとこちらを向いた。


 顔はない。


 はずなのに。


 見られている気がした。


「斬る」


 短い宣言。


 次の瞬間、エンケは突っ込んでいた。


 速い。


 あまりに無駄のない踏み込みで、まるで距離そのものを一つ飛ばしたように見えた。


 宝剣が白く光る。


 そして、縦一文字に振り下ろされる。


 黒い断面が、一瞬だけ夜の中に浮かび上がる。


 断ち割られたシングラは、すぐには消えなかった。


 黒い断面を晒したまま、まるで自分が切られたことを理解できないかのように、その場に静止する。


 夜気が一瞬だけ凍りついた。


 次の瞬間、切断面から細かな黒い粒子がさらさらと崩れ落ち、輪郭そのものが砂の城のようにほどけていく。


 次いで、音もなく崩れた。


 今度こそ。


 今度こそ、本当に消えた。


 通りに、静寂が戻る。


 誰もすぐには口を開かなかった。


 やがて、タットルが低く息を吐く。


「……終わったか」


「拡大停止。残留反応、急減」


 フォンテーヌが手に持った魔石を見つめながら言う。


「消滅判定で良いと判断いたします」


「ふう……」


 エンケは剣を下ろし、肩を鳴らした。


 隊員たちも一斉に安堵してリラックスした表情に変わる。


 ――その時だった。


 耳元で、声がした気がした。


「……これじゃ、まだだめか」


 男の声。


 吐息がかかるほど近くで囁かれたように感じた。


 エンケは即座に振り向く。


 だが、そこには誰もいない。


「隊長?」


 パーカーが首を傾げる。


「……いや」


 エンケは短く答える。


「気のせいだ」


 そうは言ったものの、エンケの胸の奥に残る、ゾッとするような気持ちはずっと消えなかったのであった。


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