表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
真夜中の迷い猫ラジオ  作者: ゆも


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/8

第4話:フィルターの話

 最近、よく眠れる。


 花は布団の中でそのことを、ぼんやりと確認した。確認というより、発見に近かった。


 いつから眠れるようになったのか、正確には分からない。気づいたら朝までちゃんと眠っていた。気づいたら、頭の中の独り言がなくなっていた。


 変わったのは、ラジオだ。


 防災ラジオのツマミを回すようになってから、眠れない夜が少し変わった。眠れないことには変わりない。仕事の悩みが消えたわけでもない。でも、砂嵐の向こうのだるそうな声を聴いていると、どうでもよくなる。


 今夜も、サボリの声を聴きながら、花はうとうとしかけていた。


「……あー。今夜のメールは特にないですね。皆さん元気なんですかね、異界の方々。元気なら結構です。私も早く寝たい」


 そうだな、と花は思った。今夜はもう寝よう。ツマミを戻そうと、半分眠った手を伸ばしかけた。


「……あ、もう一通あった」


 手が、止まった。


「……なんだこれ。……おい、眠れない人間。これ、お前の部屋のやつからだぞ」


 花は目を開けた。


「ラジオネーム、『フィルター』。……付喪神、ですかね。拝読します」


 爪が机を引っかく音がして、それからサボリが読み始めた。


「『最近、私の部屋の人間が早く寝てしまうので、夜が静かで少し寂しいです』」


 花は布団の中で、少し固まった。


「『以前は、午前三時になっても部屋の電気が消えなくて、ため息ばかり聞こえていたので心配でした。クタクタになって帰ってきた日は、なるべく早く部屋が暖まるように、私なりに強風で頑張っていたつもりです。最近は寝顔が穏やかになって、本当に安心しました。気づいてほしいわけじゃないけれど、いつも、今日も部屋を快適にしておいたよ、という気持ちを伝えるにはどうしたらいいでしょうか』……以上です」


 沈黙。


「……知らんがな」


 サボリが言った。いつものように。でも今夜はそのあとに、少し間があった。


「冷えは万病の元ですからね。ちゃんと労ってやれよ、お前。フィルターの掃除くらいしてやりなさい。……あと、これ契約外の話ですけど、付喪神になるくらい長く一緒にいてくれたもんには、たまに話しかけてやれば喜びますよ。経験則で」


 最後の一言が、いつもより少しだけ柔らかかった。


「……はい、閉店」


 プツッ。

 砂嵐になった。


-----


 花は布団の中で、天井を見た。


 それから、エアコンを見た。


 引っ越してきたときからそこにあって、別に存在を意識したことのない、普通のエアコン。掃除をしたことは一度もなかった。


 仕事のストレスで部屋が荒れ果てていた時期も。眠れなくて深夜に泣きながらラジオをいじっていた夜も。文句ひとつ言わずにずっとそこにあって、花のために適切な温度の空気を動かし続けてくれていたのだ。


 当たり前にあるものを、わざわざ意識していなかった。


「……ごめんね」


 小さく言った。


 エアコンは何も答えなかった。ただ静かに低い音を立てながら、温かい風を出し続けていた。


-----


 翌朝、花は早く起きた。


 週末の朝に早く起きたのは、いつぶりか分からない。休みの日はたいてい昼まで眠っていた。疲れているから、というより、起きても何もする気にならないから。


 でも今日は、やることがあった。


 クローゼットを開けて、掃除機を引っ張り出した。この部屋に来たときに一応持ってきたものの、一度も使っていなかった。


 エアコンのメーカー名を確認して、スマホで「フィルター 掃除 方法」と検索する。いつもなら「面倒くさい」と後回しにするはずなのに、不思議と指が軽く動いた。


 動画を見ながら、おそるおそるエアコンのフロントパネルに手をかけた。


 埃まみれのフィルターを慎重に外して、掃除機で吸ってから、お風呂場に持っていった。シャワーをかけながら、やわらかいブラシで撫でて洗い流す。洗い終えたフィルターをベランダに干して、乾くのを待つ。


 ベランダから部屋を見ると、散らかっていることに改めて気づいた。


 読みかけのまま放置した雑誌や本が積み上がっていたり、洗ったけれど畳んでいない服。今まで見ないふりしていたものが、今日ははっきりと見えた。


「……よし」


 花は小さく気合を入れて、部屋を片付け始めた。


 やることが一つ決まると、次も見えてくる。ゴミをまとめ、服を畳んでクローゼットに収め、床に掃除機をかける。部屋に風が通って、すっきりとしていく。


 完全に乾いたフィルターを、元の場所へと戻した。パネルを閉めて、エアコンを見上げる。見た目は何も変わっていない。


 花は少し照れくさくなりながら、誰もいない部屋で、その白い機械に向かって「……いつも、ありがとう」と小さく呟いてみた。


部屋ではなく、自分が、すっきりとしていた。


-----


 その夜、花はエアコンのスイッチを入れた。


 なんとなく、音が少し静かで、風がいつもより滑らかに出てくる気がした。気のせいかもしれない。でも花にはその風が、少し「嬉しそう」に見えた。


 花はスマホを手に取って、メールを開いた。


『ラジオネーム:よく眠れる会社員です。今日、部屋のお掃除をしました。フィルターも洗いました。空気があたたかくて、気持ちいいです。あと、エアコンに話しかけてみました』


 送信してすぐ、防災ラジオのツマミを少しだけ回してみた。


 ザザ……プツッ。


「……あー。部屋を掃除したとかいう報告が届きました。フィルターも洗ったと。……まあ、それで少しはマシな空気が吸えるんじゃないですか。よかったですね」


 少し間があった。


「エアコンに話しかけたとも書いてありますね。……何て言ったんですか、とは聞きませんけど。まあ、それでいいです。面と向かって言えないから、みんなうち(ラジオ)にメールしてくるわけですからね。……じゃ、閉店」


 最後に、喉を鳴らすような小さな音が聞こえた気がした。


 ツマミを戻して、花はベッドに入った。


 エアコンが、低く静かな音を立てている。温かい風が毛布の上から花をゆっくりと包む。


 目を閉じようとして、ふとエアコンをもう一度見た。


 ルーバーが、ほんの少し動いた気がした。またね、と言うように。


 花は笑って目を閉じた。


 部屋はあたたかかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ