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真夜中の迷い猫ラジオ  作者: ゆもニャ
第二章 居場所のないもの

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30/34

第30話:あれから数ヶ月

 あれから、数ヶ月が経った。


 春が来て、夏が過ぎ、季節は穏やかな秋へと移り変わっていた。


 花と蓮がバディとして動き始めてから、解決したお悩みの件数は、気づけば四十八件にものぼっていた。


 最初の頃は、怪異の一件ごとにいちいち戸惑い、手探りで動いていた。でも、今は違う。


 蓮とは、言葉を交わさずともアイコンタクトだけでお互いの役割分担ができる。


 花が優しく話しかけて、蓮がその内容を記録する。


 みやびがこちらの世界との境界を補強して、花が異界へ声をかける。


 そういう一連の連携が、いつの間にか、三人の体に心地よく染み込んでいた。


 手帳の「解決済み」の欄には、ずらりとチェックマークが並んでいる。


 その手帳のチェックが、今夜で四十九件目に増えるはずだった。


 サボリが読み上げたメールを、花はいつものように静かに聴いた。


「ラジオネーム『終電の窓』。ビニール傘の付喪神、複数から。拝読します」


 サボリは少し喉を鳴らしてから、続けた。


「『花さんと蓮さんへ。私たちは終電の車窓に映るビニール傘の群れです。改札で忘れられ、駅のゴミ箱に捨てられ、誰にも取りに来てもらえないまま、ずっと終電の窓に映り続けています。一度だけ、誰かにちゃんと見ていてもらえませんか』……以上です」


 そのメールを共有された夜、蓮が「俺が行きます」と言って買って出た。


 蓮は一人で終電に乗り込み、ガタゴトと揺れる窓際の席に座った。そして、車窓の暗闇の向こう、街灯に照らされてぼんやりと映り込む透けた傘の群れを、最後の駅に到着するまでずっと、ただ静かに見続けた。


 翌日、「見てきました」と蓮は少し眠そうに花に報告した。


「どうでしたか」と花が訊ねると、蓮は少し頭をかいた。


「……なんか、じっと見られたら満足したのか、途中でふっと消えました。ちゃんと見てもらえれば、彼らはそれでよかったみたいです」


 四十九件目、チェック。


 これほど件数が順調に積み上がっていったのは、サボリのラジオだけのおかげではなかった。蓮の本業である「不動産」の仕事が、思わぬルートを開拓したのだ。


 営業をしていると、地主や大家から「どうしても買い手や借り手がつかない物件」の相談が来ることがある。いわゆる、訳あり物件、事故物件、あるいは、なんとなく空気が重くて不気味だと言われる物件だ。


 以前の蓮なら「リフォームをすすめる」か「価格を下げる」くらいしか手がなかった。けれど今は、まず花に相談する。


 花がその物件へ足を運んで様子を見て、みやびに気配を感じてもらい、夜にサボリへ報告する。


 サボリが「そこにいる何かに、ひとこと声をかけてやれ」と言えば、今度は花と蓮が二人で現地へ向かう。そういう心強い流れが出来上がっていた。


 たとえば、三十件目。


 築五十年の古い木造アパート。壁の中に住み着いた古い座敷わらしが「リフォームで住処がなくなる」としくしく嘆いていた。花がみやびを連れて行くと、みやびが「一緒に来ますか」と声をかけ、その子は嬉しそうについてきた。今もみやびの友人として、この家(花の部屋)のどこかを転々としているらしい。



 たとえば、三十五件目。


 駅前の商業ビル。エレベーターがなぜか特定の階で必ず止まってしまう原因は、昔その場所にあった小料理屋の女将の霊だった。


「最後の日の売り上げを、ちゃんと数え終えたかった」という未練を残していたため、蓮がマイ電卓を持っていって一緒にパチパチと計算してあげたら、すっきりと解決した。



 たとえば、三十九件目。


 蓮の担当エリアにある古い一軒家。縁側の下に古びた狸の置物の付喪神が住んでいて、「新しい住人に存在を気づいてもらえない」と拗ねていた。花が縁側の下を覗き込んで「ちゃんとここにいましたね」と微笑みかけると、それだけで満足して静かになった。


 怪異たちの間で、二人の口コミが広がったのはいつ頃からだろう。


 ある夜、サボリがラジオの向こうで珍しく深いため息をついた。


「……あー。今夜は、ちょっと多いですね。メールが」


「どのくらいですか」と花は驚いて聞いた。


「十二通、来ています。しかも全員の連名で。差出人は……『裏山のお地蔵さん一同』とのことです」


「拝読します」と、サボリは呆れたように言った。


「『花さんと蓮さんへ。私どもは山の中腹に並んでいる地蔵十二体です。異界の噂で、あなた方が困っている怪異の相談に乗ってくれると聞きました。私どもの悩みは、長年、誰にもお参りに来てもらえず、苔が生え、花が供えられず、ひどく寂しい思いをしていることです。できれば、一度会いに来てもらえませんか』……以上です。……十二体連名で、まったく同じ文面がばらばらに来ています。以上、十二件分」


 ラジオのスピーカーを挟んで、長い沈黙が流れた。


「……知らんがな」


 花はこたつの毛布に顔を埋めて、思わず吹き出した。


「まあ、お参りに行けばいいだけなので」と、サボリは気を取り直したように言った。


「掃除でもしてやれば、喜ぶでしょう。……一件の行動で十二体分解決できますね。効率がいい」


 翌週末、花と蓮、そしてみやびの三人で裏山へと向かった。


 生い茂る草をかき分け、道なき道を登って中腹に出ると、うっそうとした木立の中に苔むしたお地蔵さんが十二体、ちょこんと横一列に並んでいた。全員、律儀に同じ方向を向いている。


 三人で手分けして周りの草を抜き、優しく苔を落とし、買ってきた新鮮な花を供えた。


蓮が全員の前できちんと手を合わせ、みやびもその隣で、静かに小さな頭を下げた。


 帰り際、ふと後ろを振り返ると、十二体の地蔵たちが、心なしかさっきよりも少しだけ顔が明るく、嬉しそうに見えた。


 その夜、手帳に一気に十二件分のチェックを入れた。



 またある時は、深夜のコインランドリーに、ずっと自分の服を探してうろうろと回っている白い人影がいた。


「クリーニングに出したまま、急に死んでしまったらしいですよ」とサボリは言った。


「服がちゃんと戻ってきているかどうか、それだけがずっと気になって成仏できないみたいで」


 花が現地へ行き、その人影に「大丈夫ですよ、お洋服、ちゃんと戻ってきていましたよ」と優しく声をかけたら、「……本当ですか」と安心したように微笑んで、そのままスーッと消えた。一件、チェック。



 またある時は、深夜の誰もいない公園のブランコが、ひとりでに揺れているという相談が来た。


「子供と遊びたくて、ずっとそこに居座っているらしいです」とサボリが言うので、今度は蓮が夜の公園へと向かい、誰もいないブランコを後ろから押し続けた。律儀に三十分ほど押し続けた。


「疲れましたか」と翌日花が聞くと、「まあ、それくらいはいいですよ」と蓮は笑った。「子供と遊びたかったんなら、大人が遊んであげないとですからね」


 一件、チェック。


 五十四件目は、蓮の会社に直接持ち込まれた物件だった。


 家賃が相場の半額以下、駅から徒歩三分、築浅で日当たりも良好。条件は完璧なのに、なぜか入居者がみんな一ヶ月と持たずに出ていってしまう不自然な部屋だった。


「夜中に、部屋の奥から誰かの強い視線や気配がする、と言う人が多くて」と蓮は言った。「俺も一回、内見の案内で中に入ったとき感じたんですよね。クローゼットのあたりに何かいるなって」


 今度は花とみやびがその部屋へ向かった。

 じっと部屋の隅を観察していると、壁の向こうから古い鏡の付喪神が姿を現した。


 それは百年以上前の立派な合わせ鏡で、なんと昔のリフォームの際、業者が面倒くさがって壁の中にそのまま埋め込んで隠してしまったものだった。


「ここから出してほしい」と、鏡は窮屈そうに訴えていた。


 蓮が大家さんに事情を話し、「古い鏡が壁の中に残っている可能性があるので、一度確認してほしい」と粘り強く頼み込んだ。半信半疑で壁の一部を剥がす工事をしてもらったところ、本当に中から古い鏡が出てきたのだ。


 鏡は蓮の手によって近くの神社に丁重に納められ、その瞬間、部屋を包んでいたどんよりとした空気は嘘のように消え去った。次の入居者は、今も何事もなく快適に住み続けている。


 五十四件目、チェック。


 その夜、花はいつものようにラジオのツマミを回した。


「……フニャ。ハイどうも。サボリです。今夜は……」


 受話器の向こうで、少しだけ間があった。


「……五十四件目ですね。お前たちが動き出してから」


「そうですね」と花は頷いた。


「蓮さんと一緒に、手帳を見ながら数えていました」


「まあ、よくやっています」と、サボリは素っ気なく、けれどどこか嬉しそうに言った。


「……ただ」


 サボリの声が、ふっと低くなる。また、少しの間があった。


「……最近、気になることがあります。お悩みの件数が積み上がるにつれて、こっち(異界)の様子が、少しずつ変わってきている気がします。潮目が変わるというか、底の方で何かが大きく動いている、妙な気配がするんです」


「何かが動いている、というのは……?」


「詳しくは俺にも分からないです」サボリは呟いた。


「ただ、お前たちに念のため話しておいた方がいい気がして。……また何か異変があれば言います。じゃ、閉店」


 プツッ、と静かに電波が切れた。


 花はラジオをそっと棚に置いた。


 茶トラの「そら」がラジオのすぐ横で気持ちよさそうに丸まっている。


 黒猫の「のあ」は花の足元で暖を取るように眠っていた。


 そして三毛猫の「うに」は、ロフトの梯子の下で、みやびが下りてくるのを健気にじっと待っている。


「何かが動いている」


 サボリの残した言葉が、静かな部屋に木霊こだましているようだった。


 花は、使い込んだ手帳を開いた。


 そこには五十四件の、誇らしくも愛おしいチェックマークが綺麗に並んでいる。


 ――次のチェックが、何かを大きく変えるかもしれない。


 花は胸の奥でそんな予感を抱きながら、そっと手帳を閉じた。


 温かかった。


 心地よい疲労感のなかで、今夜も静かに眠れた。


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