検査室あがりのやつ
主人公の名前で悩んだ結果……名前を間違っている箇所がありました。朝霧ユウで統一します。
研究区画の前のベンチは、いつもより人が少なかった。
消毒液の匂いが強くて、長く座っていると妙に落ち着かない。
ユウは自販機代わりの配給箱から缶を一本取り、
開けずに指先で回していた。
コーヒーではあるがブラックだ。ガムシロップとは言わないが砂糖を手に入れたい。
扉が開く音。
振り向くと、白い簡易服のままの男が出てくる。
髪は少し濡れていて、首にタグがぶら下がっていた。
「よぉ」
「……生きてたか」
「第一声それ?待っててくれたの?」
鳴海――と呼ばれていた男は笑いながら隣に座る。
ベンチがわずかに軋んだ。
少しの沈黙のあと、ユウが横目で見る。
「で、どうだった」
鳴海は天井を見上げたまま言う。
「いやー、なんかさ、思ってたより大ごとだったわ。血液だの脳波だの能力測定だのって一通りやられてさ、最後なんか透明な箱の中入れられて『火出してください』『風出してください』『出力上げないでください』って注文多くてさ、俺シェフかよって思ったわけよ、でも出すたびに向こうがざわつくからちょっと面白くなってきちゃってさ、いやちゃんと抑えてたよ? ほんとだよ? 途中で偉そうな先生みたいな人が来て『これは非常に興味深い』とか言うからさ、いや俺の人生ずっと興味本位で見られてる気がするんだけどって思いながら、でもさ、ちゃんとデータ取れる環境あるってやっぱ安心するなって、あっちじゃ試すたびに周り燃えるか猿が騒ぐかだったから」
一息で言い切る。
ユウは缶を軽く揺らした。
「……長ぇ」
「まとめると?」
「問題児認定。でも危険度は低いって」
「自己評価じゃなくて公式は」
「似たようなもん。制御できてるなら協力してくれってさ」
ユウは小さく頷く。
「でもさ」
ユウを見る。
「ちゃんと“人間扱い”だったわ。檻とかじゃなくて」
一瞬だけ、言葉が軽くなくなる。
ユウは視線を逸らす。
「俺は3週間入れられたけどね!」
「暴れたの?」
「……目が覚めたら怪しい施設にいたんだよ。向こうも警戒してたし。」
「何やったのよ」
「俺、こっち来てから力が強くなってたみたいでさ。それに気づいてなくて3人まとめて吹っ飛ばした」
「うわぁ。スーパーマンかよ」
鳴海が横目で見る。
「でも、おれと会った時はうまくやってそうだったじゃん?」
「何が」
「ここ、居場所って感じする?」
少しだけ間が空く。
ユウは缶をようやく開ける。
炭酸の音が小さく弾けた。
「……まだ分かんねぇよ」
鳴海はふっと笑う。
「俺はな、もうだいぶする」
「早ぇな」
「だって人いるし、飯あるし、ツッコミ役いるし」
「ゴブリン基準になってんじゃねえか」
鳴海は背もたれに体重を預ける。
「でもさ、ホームで一瞬見ただけのやつと、こうやって普通に話してんの不思議だよな」
ユウは視線を前に戻す。
「まぁな」
「変な縁だわ」
「……腐れ縁にならなきゃいいけどな」
鳴海が笑う。
「もう遅い気がする」
廊下の向こうで誰かが走る音がする。
いつもの地下の騒がしさが戻ってきていた。
鳴海が立ち上がる。
「とりあえずさ」
ユウを見る。
「よろしくな」
ユウは缶を軽く持ち上げるだけで答えた。
「……勝手についてくんなよ」
「それ拒否権ある?」
「ねぇよ」
「じゃ決まりだ」
軽い調子のまま、
でもどこか自然に。
ふたりの距離が、
ほんの少しだけ縮まった。




