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帰り道におっさんが降ってきた


「甘いコーヒーが飲みたい。大量にだ」


「贅沢言ってやがるな」


偵察は戦闘らしい戦闘もなく、最低限で切り上げた。

深入りはしない。今日は物資が回収できた。それで十分。


崩れた物流施設を出て、夕暮れの色が落ちかけた帰路を歩く。

風が鉄骨を鳴らし、遠くで何かが崩れる音がした。


「……変だったな」

佐山がぼそりと言う。

「群れが静かすぎる」


「統率されてる感じがした」

ユウも短く返す。


そのとき。


上から声が落ちてきた。


「おーい!」


全員が即座に散開。

銃口が上を向く。


二階の手すりに、誰かが肘を乗せてこちらを覗いていた。


薄汚れたパーカー。無精ひげ。

妙に明るい顔。


ユウは目を細める。


「……あの時のおっさんか?」


「おっさん言うな。まだ二十代後半だわ」


軽い調子で返される。


黒川が銃を下げずに言う。

「降りてこい。ゆっくりだ」


「はい!」


男は手すりを越え――


そのまま二階から飛び降りた。


佐山が息を呑む。


だが男は、


ふわり、と。


羽毛みたいに着地した。



「……あぁ?」


ユウが間抜けな声を出す。


男は得意げに胸を張る。


「な? すごくね?」


「いやすごいけどまず説明しろ」


「やっと人間に会えた!」


両手を広げて駆け寄ろうとする。


ユウは即座に一歩引いた。


「近い近い近い」


「いやほんとマジで! あっちずっと毛のない猿みたいなのばっかでさ!」


「ゴブリンな」


「ゴブリンって言うの? 誰が決めたの? あいつら喋らないからさあ!」


黒川が静かに問いかける。

「お前、ここで何をしている」


男はあっさり答えた。


「いやー、なんか火とか出してたらさあ」


一同沈黙。


ユウがゆっくり振り向く。


「……は?」


男は両手を前に出す。


「こう、集中するとボッて。最初俺もビビったんだけど、あいつらめちゃくちゃウケて」


「ウケて?」


「神扱い」


佐山が素で言う。

「は?」


「いやマジで。リーダー、みたいな。ノリでこう……まとめ役?」


ユウが額を押さえる。


「ノリで群れのトップやるな」


「俺だってやりたくてやったわけじゃねぇよ!? でもさ、飯くれるし寝床あるし、悪くなくてさ!」


「お前順応性どうなってんだよ」


男は改めてユウを見る。


「で、あんた。駅にいたよな?」


一瞬だけ空気が止まる。


ユウは短く答える。


「ああ」


「だよな! なんか光って、気づいたら別世界。意味わからんよな」


黒川が視線を細める。


「……同時期の転移者か」


男は親指で自分を指す。


「鳴海。苗字な。無職です」


「胸張るな」


「職歴より今はサバイバルだろ?」


「その通りだけどそうじゃねぇ」


鳴海はきょろきょろと周囲を見る。


「で? あんたらどこ帰るの? ちゃんとした拠点ある感じ?」


ユウは答えない。

代わりにじっと鳴海の足元を見る。


さっきの着地。

明らかに異常だった。


「……さっきの、何だ」


「あー? これ?」


鳴海は軽くジャンプする。

やっぱり落ち方が柔らかい。


「なんかさ、集中すると軽くなんの。あと火出る」


「軽くなるのと火出るの方向性バラバラすぎるだろ」


「セットだったんだよ! 他にもあるぞ!」


黒川が低く言う。

「制御はできるのか」


「たぶん? 暴発はしない。今んとこ」


「今んとこって言ったな?」


鳴海は笑う。


「大丈夫大丈夫。たぶん」


ユウはため息をついた。


目の前の男はどう見ても危険人物だ。

だが同時に――


あのホームにいた、数少ない“同じ側”だ。


「……帰るぞ」


ユウが言う。


鳴海が目を輝かせる。


「え、マジ? 連れてってくれんの?」


「様子見だ。変なことしたら蹴る」


「やめろよ! せっかく人間に会えたのに!」


ユウは小さくぼやく。


「ほんとに人間かどうか怪しいけどな」


鳴海は笑った。


「ひでぇ!」


夕暮れの帰路に、

一人増えた。


騒がしくて、軽くて、

でも確実に――


何かが変わる予感だけは、あった。

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