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地下拠点と降る光


鉄格子が開いたのは、三週間目の朝だった。


「朝霧ユウ。出てください」


「ついに無罪放免?」


「仮釈放です」


「言い方」


ユウは伸びをしながら立ち上がる。

相変わらず体は軽い。むしろ軽すぎる。


廊下に出ると、初めて見る景色が広がっていた。


長いコンクリートの通路。

天井は低く、配管とケーブルがむき出し。

壁にはところどころ、古びた案内板。


――地下鉄 東口方面


「……駅?」


ユウが眉をひそめる。


女性研究員が歩きながら言った。


「ここは旧地下鉄跡です」


「地下?」


「ええ。地上は基本的に居住に適しません」


「ちょっと待て」


ユウが立ち止まる。


「俺、地下にいたの?」


「最初から」


「じゃあ外の景色って」


「ありません」


衝撃がじわっと来る。


「三週間、地下生活?」


「あなたは比較的恵まれた環境です」


「比較的って怖いな!」


通路を進むと、急に視界が開けた。


広い地下空間。

かつてのホームを改装したらしい広場。

簡易店舗、ベンチ、発電機の唸り。

人の気配がある。


子どもが走り、工具を運ぶ男たちが行き交い、

仮設の看板には手書きの文字。


「……町じゃん」


「地下街です。いくつかの駅を拡張して接続しています」


「ここだけ?」


「福岡県内の一部が主な生活圏です。それより外は通信も安定しません」


「通信?」


「電波異常が常時発生しています」


ユウは天井を見上げる。

分厚いコンクリートの向こうに、空がある。


「地上、そんなにやばいのか」


女性研究員は少しだけ言葉を選んだ。


「白い雪のようなものが降ります」


「雪?」


「光の粒子です」


ユウの胸が、わずかにざわつく。


「触れるとどうなる」


「長時間浴びれば変異します」


さらりと言う。


「……変異って?」


「個体差があります。外見が崩れる者、能力が変質する者。

 人型を保つ者もいれば、そうでない者も」


ユウは口を閉じた。


「それが天候のように発生します。私たちはそれを“エーテル”と呼んでいます」


「エーテル……」


言葉の響きだけが、どこか非現実的だ。


「地下は比較的安全です。濃度が低い」


「地上は?」


「地域差があります。固定化した変異種が徘徊している場所も」


「固定化?」


「元が何かは判別できないことが多いです」


ユウは無意識に拳を握る。


「で、俺は?」


女性研究員は足を止め、真正面から見た。


「あなたは耐性があります」


「耐性」


「通常なら、あの濃度に晒されれば症状が出ます。

 あなたは出ていない」


ユウは思い出す。

駅のホーム。

白い光。


「俺、どれくらい浴びた」


「直接降下域にいました」


「普通は?」


「無事ではいられません」


沈黙。


地下のざわめきが遠くに聞こえる。


「だから監禁?」


「観察です」


「言い換えがうまいな」


女性研究員は視線を逸らさない。


「あなたの身体能力の上昇も、それと無関係とは思えません」


ユウは軽く腕を曲げる。

筋肉が張る。

異常なほど自然に力が入る。


「副作用とか」


「今のところなし」


「“今のところ”が怖い」


彼女は小さく息を吐く。


「お願いがあります」


「嫌な予感しかしない」


「地上に出てください」


即答で。


「は?」


「物資回収です。ダンジョン化した建物から、食料や医薬品、電力資源を持ち帰る」


「ダンジョン?」


「時折、異常構造に変質した建造物が出現します。再生成されるたびに物資の回収が可能です。

 攻略しなければ再生成も起きません」


「待て情報多い」


「簡単に言えば、危険な建物です」


「それを俺に?」


「耐性があるからです」


「防護服は?」


「着用しますが、限界があります」


ユウはしばらく黙る。


地下の空気は、少しだけ油と金属の匂いがする。


「他にいないのか」


女性研究員の視線がわずかに揺れた。


「……います」


「いるんだ」


「数は多くありません」


「そいつらも俺みたいに?」


「似た経緯です」


言葉が濁る。


ユウはにやりと笑った。


「仲間候補?」


「協調性があれば」


「俺に?」


「努力してください」


地下の遠くで、警報のような音が一瞬鳴って止む。


誰かが「地上観測だ」と叫ぶ声。


ユウは天井を見上げる。


コンクリートの向こうに、白い雪が降っているかもしれない。


「……なあ」


「はい」


「俺がやらなきゃどうなる」


「ここにおいて置く意味はありません」


「正直だな」


「ここは現実です」


ユウは深く息を吸う。


「報酬は」


「生活権の保証」


「最低限だな」


「コーヒーの優先販売」


ユウが即座に振り向く。


「本気?」


「検討します」


「やる」


即決だった。


女性研究員は呆れたように目を細める。


「単純ですね」


「動機は大事だろ」


彼は拳を握る。


この力の使い道が、ようやく見えた気がした。


地下の町は、かろうじて生きている。

地上は白い雪に覆われ、変わり果てた建物が待っている。


そして、自分と同じような“耐性者”が他にもいる。


まだ会ったことはない。


だが確かに、どこかにいる。


ユウは口元を歪めた。


「面白くなってきたじゃん」


地下の灯りが、わずかに明滅する。


白い光の記憶が、胸の奥で静かに疼いた。

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