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通路にて

地下街の通路は、昼も夜も区別がつかない。

ただ、人の流れの向きが時間を表している。


ユウたちが整備区画の角を曲がったときだった。


「……ちょっと待て」


低い声がかかった。


振り向くと、探索装備の男が立っていた。

年齢は三十前後。肩幅が広く、片腕の装甲だけが妙に新しい。


その腕を見て、栞の表情が少しだけ曇る。


「佐伯さん」


男は真っ直ぐ栞を見た。


「本当なのか」


声は怒っているというより、焦っている。


「探索班に入るって話」


栞は小さく息を吐いた。


「ええ。本当です」


「なんでだ」


男の声が少しだけ荒くなる。


「お前は地下の医療班だろ。ここにいれば安全だ。なんでわざわざ外に出る」


周囲の探索者がちらっと視線を向ける。


男はそれを気にする様子もない。


「お前がどれだけ貴重な人材か、分かってるだろ」


鳴海が小声でユウに言う。


「人気者だね」


ユウは小さく肩をすくめた。


栞は落ち着いた声で答える。


「分かっています。でも、私が決めました」


「決めたって」


男は一歩近づいた。


「ふざけるな」


その言葉に、栞の眉が少しだけ寄る。


男は自分の腕を軽く叩いた。


金属の装甲が、鈍く音を立てる。


「覚えてるだろ」


「三階層で、あの化け物に腕をちぎられかけた時」


栞は黙って頷いた。


男は続ける。


「骨も神経もぐちゃぐちゃだった。医療班は切断するしかないって言った」


「でもお前が直した」


通路の空気が、少しだけ静かになる。


男は腕をゆっくり動かした。


指が普通に動く。


「エーテルで変化させながら組み直したんだろ。神経の流れも、骨の形も

 医者が見て頭抱えてたぞ」


栞は苦笑する。


「完全じゃないですよ」


「十分すぎる」


男は強く言った。


「俺だけじゃない。足を治してもらった奴もいる。内臓を持ち直した奴もいる。

 お前は地下に必要なんだよ!」


少しだけ声が低くなる。


「……だから、外に出るな」


栞は静かに聞いていた。


そして言う。


「心配してくれているのは分かります

 でも、それでも、私は行きます」


男の顔が歪む。


「なんでだ」


「みんなお前に感謝している。できる限りのことはなんだってするだろう。

 それでも外に行く理由ってなんだよ」


栞は少しだけ視線を落とした。


それから、ゆっくり答える。


「帰りたいからです」


男が言葉を失う。


「……帰る?」


「はい」


栞はまっすぐ言った。


「私は、まだ高校生でした

 家族もいます。だから帰りたいんです」


少しだけ、声が柔らぐ。


「それに」


「外に出たほうが、もっと助けられるかもしれません」


男は首を振り言葉を吐き出す。


「理屈じゃない」


「外は危ないんだ」


「お前は戦闘向きじゃない」


「だから俺が言ってるんだ」


その声に、本気の心配が混ざっていた。


ユウはその様子を、横で黙って聞いていた。


そして。


小さく息を吐く。


「……話、長いな」


男が振り向く。


「なんだお前。関係ないだろう」


ユウは肩を回す。


「さっきから聞いてたけど、要するにさ」


少しだけ顔を上げる。


「この子の人生、お前が決めるって話?」


男の眉が吊り上がる。


「違う、俺は守ろうとしてるだけだ」


ユウは頷く。


「うん」


「そういうつもりなんだろうな」


そして一歩近づく。


「でも」


「本人が行くって言ってんじゃん」


男が言い返す。


「ガキが分かった口きくな!

 お前、外がどれだけ危ないかもわかって——」


その瞬間。


ユウの拳が、横から飛んだ。


ゴンッ


鈍い音が通路に響く。


男の体が横に吹き飛び、壁にぶつかった。


周囲が一瞬凍りつく。


鳴海が小さく拍手する。


「おお、躊躇ゼロ」


男は壁にもたれながら顔を押さえる。


「……なにしやがる」


ユウは淡々と言った。


「さっきからさ」


「心配してるのは分かるって言ってるだろ」


少しだけ声を低くする。


「都合を押し付けて、この子の気持ちを無視するなよ」


男が睨む。


「お前……」


ユウは続ける。


「それに」


栞をちらっと見る。


「この子、別に弱くはなさそうだ」


鳴海が笑う。


「そこ?」


ユウは肩をすくめた。


「治療できるってことはさ、死ににくいってことだ。

 運動部だろう。鍛えてそうだ」


栞が少しだけ驚いた顔をする。


「……水泳部なんで、殴り合いとかは、ちょっと」


男はまだ怒っていた。


「……それでも危ない」


ユウは頷く。


「うん。

 危ないよ。だから俺らが一緒に行くんだろ」


その言葉に、少しだけ空気が止まる。


ユウは栞を見た。


「来たいんだろ?」


栞は小さく頷いた。


「はい」


ユウは男に視線を戻す。


「だってさ」


そして軽く言う。


「諦めろ」


鳴海が笑いながら言う。


「まあまあ、安心してくれ」


男が睨む。


「何を」


鳴海は肩をすくめた。


「この子、結構図太い」


栞がすぐに言い返す。


「それ褒めてませんよね」


「褒めてる褒めてる」


鳴海は笑う。


「それに」


少しだけ真面目な声になる。


「ゴブリンとの戦闘経験豊富な俺が保証する。」

 この班、すごくうまくいく気がする」


男がぽつりと言う。


「……意味が分からん」


鳴海がにやっと笑う。


「分からないほうが健康だね」


栞は少しだけ困った顔をした。


それから男に向き直る。


「佐伯さん」


男が顔を上げる。


「ちゃんと帰ってきます」


「だから」


少しだけ微笑む。


「その腕、また壊さないでくださいね」


男はしばらく黙っていた。


それから、小さく舌打ちする。


「……バカが」


そう言って、通路の向こうへ歩いていった。


ユウがその背中を見ながら言う。


「いい人だ」


鳴海が答える。


「えっ、殴ったよね」


栞は小さく息を吐いた。


そして、少しだけ笑った。


「……変な班ですね」


鳴海が即答する。


「今さら?」

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