新人
「次の班員候補だ」
その人物が、ゆっくりとこちらを向いた。
部屋には若い女性が一人。
裸電球が机の上の紙束と、その横顔を平たく照らしている。
制服ではない。
けれど、どこか学生の雰囲気が残っていた。
背筋がすっと伸びていて、手元の端末を閉じる仕草が妙にきっちりしている。
そして。
「……あ」
彼女は一瞬だけ目を見開いた。
ユウと、鳴海を順番に見て。
「……やっぱり」
小さく、そう呟いた。
鳴海が眉を上げる。
「おや。知り合い?」
彼女は首を横に振る。
「いえ。知り合いではないです」
少しだけ、口元に皮肉っぽい笑みが浮かんだ。
「でも、たぶん——あの時ホームにいた人ですよね?」
ユウの頭の奥で、何かが引っかかった。
夕方とも夜ともつかない、色の薄い時間。
ホーム。
電車の風。
真面目そうな女子高生。
「……あ」
思い出すまで、数秒かかった。
「……あの時の」
彼女は軽く会釈した。
「はい。たぶん、あの時のです」
言い方が妙に丁寧で、でも少しだけ距離がある。
「一ノ瀬栞です」
黒川が腕を組んだ。
「同じ転移者だ。耐性持ち」
それだけ言うと、さらに続ける。
「能力はエーテル操作。治療が可能」
鳴海が口笛を吹きそうな顔になる。
「ほう」
「地下街が手放したくない人材じゃ?」
栞は肩をすくめた。
「そんな言い方されると、ちょっと物みたいですね」
でも否定はしない。
ユウは少しだけ眉をひそめる。
「それで……なんで俺たちに?」
黒川が答える。
「本人の希望だ」
栞が静かに続けた。
「探索班に入りたいんです」
その言葉に、鳴海が笑った。
「ほう。危険なほうへ行きたいと」
「ええ」
栞はあっさり言った。
「ここにいると安全なのは分かってます」
少しだけ間を置く。
「でも」
彼女の視線が、ユウに向く。
「帰れる可能性があるなら、外に出ない理由がないですよね」
その言葉は、妙に真っ直ぐだった。
ユウは少しだけ視線を逸らす。
帰る。
その言葉は、最近あまり考えないようにしていた。
地下での生活は、もう日常になっている。
訓練して、潜って、食って、寝る。
正直に言えば——
前の生活より、分かりやすい。
だけど。
将来があるわけでもない。
「俺もなぁ……甘いもの、食いたいし」
気づくと、そんなことを口にしていた。
栞が一瞬きょとんとする。
「……甘いもの?」
「ケーキとか」
ユウは肩をすくめた。
「コンビニスイーツでもいい」
「地下にはないですよね」
鳴海が横から笑う。
「ないんだよ。悲しいほどに」
栞は少し考えてから言った。
「それは……」
真面目な顔で。
「確かに帰る理由になりますね」
鳴海が吹き出した。
「いいね君。嫌いじゃない」
そして、ユウを見て言う。
「まあ俺はこっちのほうが楽しいけどね。命が軽くて、単純だ」
栞が少しだけ呆れた顔をする。
「楽しいって言う人、初めて見ました」
「君は?」
鳴海が聞く。
栞は少しだけ考えてから言った。
「正直に言うと」
「怖いです」
でも。
「家には帰りたいです」
それだけは、迷いがなかった。
黒川が壁にもたれていた体を起こす。
「話は終わりか」
そして三人を見る。
そして最後に言った。
「次の探索班は四人編成にする」
「ユウ」
「鳴海」
「俺」
「それと——」
栞が静かに背筋を伸ばす。
「一ノ瀬栞」
鳴海が笑った。
「さて」
「面白くなってきたね」
地下の蛍光灯が、また一度だけチカチカと瞬いた。




