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12/18

奥へ


通路を進むにつれ、蛍光灯の数が減っていった。


最初は二本に一本が点滅していた程度だったのに、

三つ目の階段を下りる頃には、まともに点いているのは数えるほどになっていた。


じ、と水銀灯が低く唸る。


「だんだん暗くなってきたな」


ユウが言う。


「深層ほど光が減る傾向がある」

黒川が答える。

「一応言っておくと、あの光に電気は来ていない」


「エコだね」


鳴海が指先で小さな火を灯す。

ほんのりとした橙色の光が、壁のひび割れを浮かび上がらせた。


「こういうとき俺便利だろ」


「よろしくな、ランタン男」


「もっと格好いい言い方してくれ」


階層表示板は、かろうじて「B2」と読めた。


そこから先は、空気が変わった。


湿度が上がる。

音が吸われる。

自分たちの足音すら遠く感じる。


壁の一部が脈打つように膨らんでいる。


「……あれ、生きてないよな」


「触るなよ」

黒川が即座に制す。


そのときだった。


回収ポイントに指定されていた旧倉庫区画へ入った瞬間、

床の一部が沈んだ。


ガコン、と鈍い音。


「罠だ!」


床板が傾く。

ユウは咄嗟に跳んだが、鳴海が一瞬遅れた。


「うわ、ちょ——」


足元が崩れる。


ユウが腕を掴む。


重みがかかる。


下を覗くと、二メートルほどの落差。

底には、さきほどの灰色の人型が数体、折り重なるように溜まっていた。


「誘導罠か……」

黒川が舌打ちする。

「落ちた衝撃で囲まれるタイプだ」


鳴海が苦笑する。


「いやー、初任務で穴落ちは洒落にならんって」


「掴まってろ、引き上げる」


ユウが腕に力を込めた。


強化された筋肉が軋む。


鳴海を引き上げた瞬間、

倉庫奥の闇が、ゆっくりと動いた。


それは“さっきの個体”とは明らかに違った。


背が高い。

天井に頭が触れそうなほど。


腕が異様に長く、床を擦っている。

皮膚は灰色というより、濡れたコンクリートのような色。


顔がない。


あるはずの位置が、滑らかに凹んでいる。


「……強敵だな」


黒川が低く言う。


音がしない。


だが一歩踏み出しただけで、

床の埃が波打った。


圧がある。


「ユウ」

黒川が言う。

「正面から行くな。あれは重い」


「了解」


鳴海が息を整える。


「ちょっと強めにいくぞ。崩すから、絶対合わせろ」


「外したら?」


「外さない」


鳴海の足元から風が渦を巻く。


横薙ぎの圧。


巨体がわずかに揺れる。


だが倒れない。


「硬っ……!」


次の瞬間、長い腕が振り下ろされる。


ユウが横へ転がる。

床が砕け、粉塵が舞う。


「ユウ、右!」


黒川の声。


ユウが跳ぶ。


鳴海が火を放つ。

強い炎ではないが、視界を焼く閃光。


巨体が一瞬止まる。


「今だ、膝!」


ユウが低く滑り込み、

関節の裏へ斧を叩き込む。


鈍い感触。


だが確実に重心が崩れた。


巨体が傾く。


「もう一発!」


鳴海が両手を前へ突き出す。


風圧が横から押す。


バランスが完全に崩れる。


ユウが跳び上がる。


首にあたる部分へ、全力の一撃。


衝撃。


骨のような硬質音。


巨体がゆっくりと、崩れ落ちた。


静寂。


粉塵が落ちる。


鳴海が膝に手をつく。


「……今のは、ちょっと焦ったわ」


「崩しは完璧だった」

黒川が言う。

「威力不足はユウで補える」


ユウは息を整える。


「重かったな」


「深層に近いほど密度が上がる傾向がある」

黒川が周囲を確認する。

「ここが事実上のボーダーだろう」


倉庫奥に、淡く光るものが見えた。


半透明の塊。


エーテル結晶。


鳴海が目を細める。


「……あれ、共鳴してるな」


外に長くいた者特有の、

鈍い感覚。


ユウも、わずかにそれを感じていた。


ほんの少しだけ。


光が、こちらを見ているような感覚。


黒川が言う。


「回収して撤退する。長居は無用だ」


だが奥の闇は、まだ静まりきってはいなかった。


深い階層へ続く階段が、

暗闇の中に口を開けている。


そしてその先から、

かすかな“擦れる音”が、聞こえた。


まだ、いる。


次に進めば、

確実に今より強い。


黒川が振り返る。


「どうする」


ユウは斧を握る。


鳴海が笑う。


「初任務だぞ。欲張ったらいけない。

 でも、ここは行っておきたい」


暗闇は、静かに待っていた。

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