奥へ
通路を進むにつれ、蛍光灯の数が減っていった。
最初は二本に一本が点滅していた程度だったのに、
三つ目の階段を下りる頃には、まともに点いているのは数えるほどになっていた。
じ、と水銀灯が低く唸る。
「だんだん暗くなってきたな」
ユウが言う。
「深層ほど光が減る傾向がある」
黒川が答える。
「一応言っておくと、あの光に電気は来ていない」
「エコだね」
鳴海が指先で小さな火を灯す。
ほんのりとした橙色の光が、壁のひび割れを浮かび上がらせた。
「こういうとき俺便利だろ」
「よろしくな、ランタン男」
「もっと格好いい言い方してくれ」
階層表示板は、かろうじて「B2」と読めた。
そこから先は、空気が変わった。
湿度が上がる。
音が吸われる。
自分たちの足音すら遠く感じる。
壁の一部が脈打つように膨らんでいる。
「……あれ、生きてないよな」
「触るなよ」
黒川が即座に制す。
そのときだった。
回収ポイントに指定されていた旧倉庫区画へ入った瞬間、
床の一部が沈んだ。
ガコン、と鈍い音。
「罠だ!」
床板が傾く。
ユウは咄嗟に跳んだが、鳴海が一瞬遅れた。
「うわ、ちょ——」
足元が崩れる。
ユウが腕を掴む。
重みがかかる。
下を覗くと、二メートルほどの落差。
底には、さきほどの灰色の人型が数体、折り重なるように溜まっていた。
「誘導罠か……」
黒川が舌打ちする。
「落ちた衝撃で囲まれるタイプだ」
鳴海が苦笑する。
「いやー、初任務で穴落ちは洒落にならんって」
「掴まってろ、引き上げる」
ユウが腕に力を込めた。
強化された筋肉が軋む。
鳴海を引き上げた瞬間、
倉庫奥の闇が、ゆっくりと動いた。
それは“さっきの個体”とは明らかに違った。
背が高い。
天井に頭が触れそうなほど。
腕が異様に長く、床を擦っている。
皮膚は灰色というより、濡れたコンクリートのような色。
顔がない。
あるはずの位置が、滑らかに凹んでいる。
「……強敵だな」
黒川が低く言う。
音がしない。
だが一歩踏み出しただけで、
床の埃が波打った。
圧がある。
「ユウ」
黒川が言う。
「正面から行くな。あれは重い」
「了解」
鳴海が息を整える。
「ちょっと強めにいくぞ。崩すから、絶対合わせろ」
「外したら?」
「外さない」
鳴海の足元から風が渦を巻く。
横薙ぎの圧。
巨体がわずかに揺れる。
だが倒れない。
「硬っ……!」
次の瞬間、長い腕が振り下ろされる。
ユウが横へ転がる。
床が砕け、粉塵が舞う。
「ユウ、右!」
黒川の声。
ユウが跳ぶ。
鳴海が火を放つ。
強い炎ではないが、視界を焼く閃光。
巨体が一瞬止まる。
「今だ、膝!」
ユウが低く滑り込み、
関節の裏へ斧を叩き込む。
鈍い感触。
だが確実に重心が崩れた。
巨体が傾く。
「もう一発!」
鳴海が両手を前へ突き出す。
風圧が横から押す。
バランスが完全に崩れる。
ユウが跳び上がる。
首にあたる部分へ、全力の一撃。
衝撃。
骨のような硬質音。
巨体がゆっくりと、崩れ落ちた。
静寂。
粉塵が落ちる。
鳴海が膝に手をつく。
「……今のは、ちょっと焦ったわ」
「崩しは完璧だった」
黒川が言う。
「威力不足はユウで補える」
ユウは息を整える。
「重かったな」
「深層に近いほど密度が上がる傾向がある」
黒川が周囲を確認する。
「ここが事実上のボーダーだろう」
倉庫奥に、淡く光るものが見えた。
半透明の塊。
エーテル結晶。
鳴海が目を細める。
「……あれ、共鳴してるな」
外に長くいた者特有の、
鈍い感覚。
ユウも、わずかにそれを感じていた。
ほんの少しだけ。
光が、こちらを見ているような感覚。
黒川が言う。
「回収して撤退する。長居は無用だ」
だが奥の闇は、まだ静まりきってはいなかった。
深い階層へ続く階段が、
暗闇の中に口を開けている。
そしてその先から、
かすかな“擦れる音”が、聞こえた。
まだ、いる。
次に進めば、
確実に今より強い。
黒川が振り返る。
「どうする」
ユウは斧を握る。
鳴海が笑う。
「初任務だぞ。欲張ったらいけない。
でも、ここは行っておきたい」
暗闇は、静かに待っていた。




