密室バレンタイン<後編>
俯きながらも恵茉が先に箱に手を伸ばした。勝手知ったる手の動きにツッコミを入れたくなるけれど、我慢してパイプ椅子を引き出した。あと黙ってないと口元が緩みそうで怖い。
中身を取り出して机に置きなおす。早々に箱を引っ込めるあたりに確信犯的な部分を物語っているけれど見ないふりをしてしまう。
「コレ、ザッハトルテですよ。……なんでこんな美味しそうなケーキがこんなところに……?」
芝居がかって見えるのは俺の心が躍ってるからなのだろうか。何も言ってないけれど恵茉から静止がかかる。
「ちょっと待ってください。事件です。何かおかしいですよ」
そう言いながらスクールバックから紙皿とフォークを二つ取り出した。準備が良いことで。
「ほら、高瀬君も見てください。これ、何かおかしいと思いませんか?」
俺の手前にキレイにコーティングされたケーキが差し出される。ビターに感じる黒いチョコが教室の光を反射している。えぇと、勝手に食っていいのだろうか。
「……あの、恵茉……」
俺の言葉には耳を貸さないと決めたのだろうか、恵茉が矢継ぎ早に説明をしてくれる。
「おかしいと思いませんか?このケーキ、さっきまで冷蔵庫に入ってたのかって思うぐらい冷えてますよ。食べてみてください」
お許しが出たので丁寧に一口頂く。脳内の麻薬が異常に出ているせいか死ぬほど甘く感じる。
「うん、めちゃくちゃウマい」
「そうですけど。嬉しい、じゃなくて、そうなんですけど、そうじゃないんですよ、冷たいですよね?」
「冷たい……まぁそうだな。さっきまで冷蔵庫で冷やしてたの?」
「おかしくないですか?」
恵茉が一段と声を張った。
「考えてもみてください。まず一つ目です。昨日にはこんなものは置いてなかった。つまりコレが何者かに置かれたのは今日のことになります」
何者か、をより強調させている。犯人探しなら当てられる自信がある。
「もう一つ。この冷たさから考えると、コレが置かれたのはついさっき。時間にしてだいたい15分前後だということになるでしょう」
恵茉の前提推論で土台が決まるのが嫌なので質問をはさむ。
「それ確実なの?2月ぐらいなら半日置いておいても溶けないぐらい維持できるんじゃねーの?」
思いついたことを口にしてしまったな、と思った。予想通りという雰囲気で恵茉が指を横に振った。
「今日の天候を考えて下さい。それにこの部室は日当たりが良いんですから。もし半日ぐらい置いておいたらこんなに冷たい状況じゃないはずです」
ここに隙はないみたいだ。
「そして三つ目。15分前後ぐらいにコレが置かれたとしたらですよ。15分ぐらい前というとどうでしょう?なにか気づくことはありませんか?」
あぁ、なるほど。恵茉が言いたかったこと、もしくはやりたかったことに気づく。15分ぐらい前。そのぐらい過去に戻るのは記憶に新しすぎる。俺と恵茉は職員室にいて、あろうことかこの部室の鍵を持っていたはずだ。
「そうです。あの時に恵茉達が鍵をもっていたのです。でもこの部室に来た時鍵は開いてましたか?」
あの時開けたのは、まごうことなく俺だ。しっかりと鍵はかかっていて、俺が開けたのだ。
「つまり、これは」
恵茉が間を開ける。ゴクリ、と生唾を飲み込む音。
「密室バレンタインです」
キメポーズさながらフォークをケーキに差し込んで恵茉が宣言した。
「密室バレンタイン……か」
普通に食べ続けてはいるが、あくまでもコレは恵茉が持ち込んだわけでも作ったわけでも無いと言いたいのだろうか。
「じゃぁ犯人でも捜す?」
俺の提案に恵茉はものすごい勢いで首を横に振った。
「その、犯人捜しは、ちょっとかわいそうじゃないですか。恵茉は、えっと、どちらかというとトリックさえ解いてもらえば問題ないというか。ほら罪を憎んで人を憎まずってあるじゃないですか。博愛精神は大事にしましょう。そうしましょう」
聞きながら思いなおす。確かにこのチョコは恵茉が持ってきたものだ!理由は俺にチョコを渡したかったからだ!なんて断罪できる気がしない。よほどの自信家じゃない限り無理だろう。
近くの窓を見る。もちろん施錠してあるし、ここはそもそも3階だ。ベランダもついていないから窓からの侵入は不可能だろう。ボケっと眺めていたら、窓ではないですと教えてくれる。やる気あるんか、お前。
「この部屋に繋がるドアは確実に1つですから」
隠しとびらや抜け道などは無いらしい。見たことも聞いたこともないからな。
「じゃぁまだ犯人は部室内にいるという線は?」
そう言って半分当たりで半分違うだろうと思いなおす。
「ごめん、違うな。そもそもこの部室内に隠れられる場所がないし」
掃除用ロッカーだけをとりあえず開けてみる。ここに誰かいたら終わるんだがそうもいかない。というか居たら逆に困るよな。
「鍵……か。マスターキーを使ったっていう選択肢があるんじゃないか」
考えていることを独り言のようにそのまま出す。恵茉ヒントが来るかと思ったがあれ以上は出してくれないみたいだ。
達成感を出しながら俺を眺めている。
マスターキーを使って施錠したとなると。すると、教員内に協力者がいることになる。または恵茉及び他の誰かがマスターキーを借りたことになる。生徒に貸すことは無いから後者は消えて、教員の協力者という線が残る。恵茉に協力してくれそうな教員、多分頼めば聞いてくれないこともないだろうが心当たりがない。一番身近な須藤は15分前後には職員室にいたというアリバイが残る。
「マスターキーって線は無いのか……」
どうでしょう、と恵茉が楽しそうに口にした。多分めちゃくちゃ楽しいんだろうな、と思うと無駄な多幸感に包まれた気がした。
すると本当に密室トリックを使ったことになる。足りない知識を総動員させて考えようとする。糸と針を使ってできるとかなんとか聞いたことあるような。変な何かに引っかかってはいるが、考えが行き詰まってしまった。
日が雲に陰って薄暗くなった。雪は降らないだろうが、夜はかなり気温が下がるかもしれない。高校に長居はできないだろう。解明できずに帰るのは負けな気がして嫌だから、何とか蹴りを付けたい。
帰ることまで思考が発展したおかげで思い出したことがある。
「ほら、ココに来る途中。女子生徒とすれ違ったじゃん。犯人、というか協力者というか。鍵をすり替えておく、っていうのはどうだ?恵茉が借りたのは文芸部室の鍵じゃなかったってパターン」
つまり誰か協力者が先に文芸部の鍵を借りておき、ギリギリにケーキをセットする。途中で恵茉と鍵を交換すればマスターキーに頼らない密室が完成することになる。
なるほど、と恵茉が顔を輝かせた。
「確かに、それなら上手くできますね。あ、そっちの方が良かったかもしれません。すれ違わなくてもどこかに置いておく場所を設ければ上手くいけば完全なトリックになりそうですね。うん、参考にします」
「……違うわけか」
ハイ、と隠す気もないのか、設定を忘れているのか。
「あのすれ違った子はイレギュラーです。恵茉の推理だとあの子もバレンタインの呪いに取りつかれた女の子だと思うわけですよ。だって旧校舎だったら人の目を気にせず渡すことができそうですから」
旧校舎に呼び出されて告白とかお洒落度高すぎるだろ。舞台設定としては周囲を気にすることなく、恥ずかしがり屋さんにもピッタリなのかもしれない。
「捜査線上は良いところまで進んでると思いますよ」
振り出しに戻るわけじゃないのか。良い線、というのはなんのことを指すのか。さっきの話で良いところをあげるとするなら、協力者だろうか。
「……誰か協力者がいて、その人にケーキを運んでもらい、鍵を閉めてもらう」
「そうですね。無からケーキは発生しませんから。あとは部室の鍵を閉めるのと部室の鍵を職員室に返す時間です」
結局行き過ぎたヒントをもらってしまった。本人から直接チョコは頂いていないのに、なんて拗ねた思いも出てきてしまう。
最終的なショーをする為にはもう少しだけ考えておく必要がある。今朝、恵茉を見かけた時にはこんな箱を持ってきている様子はなかったこと。昼休みに恵茉が仕掛けに行ってもいないということ。放課後が無理なら部室の鍵を借りて返すのは昼休みのはずだから。あとは、恵茉のこんな変な頼みを聞いてくれる理由とチョコが冷えていたという事実。
仮にコレが推理ドラマかなんかだったらバックには盛り上がるBGMでもかかっていたのだろうか。けれど現実は部活動の掛け声だけだった。
務めて冷静に、気負うことなく普通に声を出そうと思ったけれど最初の音が裏返ってしまった。
台無し、と恵茉が顔で物語っている気がするが、咳払いをして仕切り直しだ。
「恵茉ってもしかして、料理凄い得意だったりする?」
曇っていた日がまた顔を出して、淡い西日が部室に入ってきた。
「恵茉の得意分野の一つです。お菓子作りもかなり強いですし。あとそうですね、うん、はい。料理部の子から頼られるぐらいは得意ですよ」
「じゃぁその子が昼休みに部室の鍵を借りてコレをココにおいて鍵を閉めた」
「冷たいのはどうやって説明します?」
「推定時間を上手く変えたから。冷蔵庫から出して15分前後なのは否定しないけど、それはあくまでも冷蔵庫からだしての部分だ。他で冷やす方法が存在してればいい」
恵茉が言われる前に箱を引っ張り出してきた。
「ラッピングとかじゃなくて無機質に近いこの箱に細工してあるっていうのでどうかな」
無言で片したはずのそれを渡してきた。一見普通に見えそうだが、思った通り、保冷剤が補強されていて、簡易的な冷蔵庫の役割を果たしている。
「いやー、バレちゃいましたか。まぁ半分以上恵茉が白状した感じでもありますから、引き分けですね。ほとんど高瀬君の負けに近いかもしれません」
俺はふっと息をつく。
「推定時刻の妄言と証拠の隠滅は犯人の専売特許ですから。大事な何かを見すぎて、大事な何かを見逃してしまいましたね」
普通にダメ出しをされてしまった。
「ミステリ研ってことで楽しく終わりにできましたね。次も楽しみにしてくださいね。実は考える時に須藤先生にも協力してもらうかと思ってたんですよ、コレは裏話ですけど。でも先生って高瀬君の味方に近いじゃないですか。だからカウンターを喰らう気がして辞めたんですよね」
はぁー、と恵茉が伸びをした。残ったケーキやらゴミやらを手際よく片付けていく。
「じゃ、今日の部活も終わったんで帰りましょうか」
マフラーを小さい顔に巻き付けるせいで表情は隠れる。その仕草のせいで引っかかっていたものが解けた気がする。
『なんで、恵茉はこんなことやったのか?』
答えは多分、普通にチョコレートを渡すのが恥ずかしかったから、だ。何かに偽装して、回りくどくして、イベントにしなければ渡せなかったのだ。本気度を隠して、ゲームにしてしまう、そんなやり口。
それに気づくと、今日の恵茉が死ぬほど可愛いことに気づく。
「恵茉」
スマホをいじって顔を上げない女の子の名前を呼ぶ。
「チョコ、死ぬほど嬉しい。ありがと」
別に大したことじゃないですよ、と素っ気なく返された。
あのさ、と帰り支度って程でもないが、俺もコートを羽織りなおして、電気ストーブのスイッチを落とした。
「俺、恵茉のこと好きだよ」
多分、この世で一番かもしれないけど。それは足さなかった。
予想外の言葉に恵茉がフリーズした。ゆっくりと俺の顔を見る。
目が合って、一生に感じるぐらいの長い沈黙。
マフラーに顔を埋めなおした。表情は明かさないつもりらしい。
「……推理ショー始める時は緊張して声が裏返ったくせに、それは噛んだりしないんですね」
指摘されて確かに、とうなずいてしまう。
「いや、ほら緊張の種類が違うからさ」
「どういうことですか、それ……。普通こっちの方が度合いは強いと思いますよ」
「まぁ別にいいじゃん、帰ろうぜ」
部室の電気を落として外に出る。施錠はいつも恵茉がやってくれるからそのまま階段を目指す。
「ちょっと待ってくださいよ。先行かないでください」
少しだけ遅れて俺の後ろを恵茉が歩く。
「返事とかした方が良いんですか?」
「……え、それ俺に直接聞く?」
流石に急かしたりなんてもできないし、そこの判断は俺が持ち合わせてはいない。
「恵茉はミステリ研として必死に考えたのに霞んじゃいますよ。恵茉の方がミステリ研でもあるし文芸部っぽくもあります」
「あ、そっか。差出人が分からないラブレターみたいなのを作ったほうが良かったかもしれないな」
「嫌ですよ、そんな面倒な」
そう言った恵茉が何かに気づいて笑った。面倒なのが逆に良かったんだぜ。
「あ、3月のお返しの日はどうしてくれるんですか?恵茉、半端なやつだったら怒りますけど」
「それなりに考えておくことにするよ」
楽しみが増えますね、と恵茉が微笑む。
「でも良いんですか?」
何か思いついたように恵茉が俺に尋ねる。
「何が?」
たっぷりと間をおいて満面の笑みを俺に向ける。
「ほら、だって、唯一って言っていい高瀬君の友達がいなくなっちゃいますよ?」




