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探偵志望ワトソンさんと  作者: 北乃コウ
迷惑ラブレター
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18/36

迷惑ラブレター<前編>

時間軸的には図書館事件の後、文化祭の前ぐらいの感じです。推敲しながらゆっくりと更新していくつもりです。久々の更新になります。最後までお付き合いしていただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。

 

 制服の隙間から蒸し暑い空気が入る。ダラリ、と不快な汗が表に出ずに流れ落ちて、ただでさえ嫌な今の季節をより一層際立たせる。


「あっづ……」


 梅雨入り宣言前の曇り空はココの所変わることなく、徐々に高くなっていく湿度のベタベタ感に耐えられる気もしない。


 赤信号で立ち止まり、バタバタと学校指定のワイシャツの襟元を煽った。火照った体を気候のせいにしてみたけれど、そうもいかないとばかりに青信号に変わる。単純な遅刻なんだから焦って走れよ、と。


 結局、時間通りに間に合うことはなさそうだったので早々に諦めて体を冷ましながら校舎へと向かう。朝から付けられている蛍光灯の白い光が寒々しい。さっきまでの汗が一気に冷えていく気がした。


 ダラダラと上履き以外何も入っていない下駄箱を開ける。俺だけだと思っていたが、意外にも遅刻組はいるらしい。向かい側、確か二年生が使用する方からガタン、と音がしてバタバタと急ぐように教室へ向かう女子生徒が見えた。


 おや、と思った。ショートカットを揺らしたその女子生徒に違和感を覚えたからだ。


 何か、変なー。


 思考を始めようとして、気の抜けた音がポッケから鳴った。


 『遅刻ですか?遅刻ならまだいいんですけど。恵茉に許可なく休むのだけはやめてください。数学の予習部分を写したいんです。お願いします、今日絶対当たるんですよー(泣)』


 タイミングよく震えたスマホの画面に吹き出してしまう。


 天気が良くなくても、多少遅刻しても、休まず来る理由はもしかしたらこれが理由かもしれない、なんて思って教室へ急いだ。



「高瀬君、放課後は何か予定でもありますか?」


 5限目のHRが担任の采配により異常なほど早く終わり、クラスメイト達は三々五々部活やらに連れ立っている。俺の目の前に来たこの少女も例外では無いようで、わざわざこの後の予定を押さえる律義っぷりを発揮していた。


「なんもねーよ。部室でも行く?」


 俺の返答に満足したのか、唯一クラスで俺に話しかけてくれるこの子、家入恵茉は目を輝かせて応対してくれる。


「ならよかったです!恵茉、ちょっとこの後用事があって。というのは今日発売のミステリ小説があるんですよ。恵茉の少ない少ない大事な大事なお小遣いからの重大な出費です。一刻も早く読みたい気持ちがあるんです。で、着いてきてくれますか?」


「少ないって、無駄遣いのしすぎなんじゃねーの?」


 荷物をまとめて立ち上がると、恵茉は自分の席へ慌ててスクールバックを取りに戻る。持ってから来いよ。


「失礼ですね。恵茉はこう見えて結構倹約家さんですよ?高瀬君の方が浪費家さんっぽいです。今どき高校生のお金遣いと言ったら課金なんですから、小説を買いに行くなんて古風で上品でいいお嬢様感も溢れてますよね」


「偏見がすぎる」


 上半期が過ぎようとしているが、お互いクラスの中に特定の中の良い友人を持たないせいか、放課後のこの時間に会話が増えていく。自称ミステリ研の部長の恵茉に振り回されそうでそこまでもない日々は普通の高校生活と言っても過言ではないだろう。


 うちのクラスの帰宅が早いせいか、他の教室ではまだHRが行われている。廊下を歩く時は声を潜めるせいで何となくむず痒い。恵茉と階段を下る音さえ響いてしまうようで何か悪い気さえしてしまう。


 渡り廊下を過ぎて、下駄箱まで来るとそんな気は消え失せてしまったけれど。横で楽しそうに話す恵茉の言葉に相槌を打ちながら薄くなった曇り空を少しだけ恨みがましい気持ちで眺める。


 いや、だって、雨でも降ったらそれはこの時期特有の最高のシチュエーションに変わると思ったから。



「あっ」



 朝とは違う微妙に明るい下駄箱で恵茉の間抜けな声が反響した。



「なんかあった?」



「いや別に……何でも、何でもないです……」



 一度開けた下駄箱の蓋を閉めると、なにか居心地悪そうに恵茉が姿勢を正す。深呼吸をして息を整えたと思ったら俺に向き直る。



「あの、大変申し訳ないんですけど、恵茉、ちょっと用事を思い出したので先に帰ってもらえると助かるんですけど、どうでしょう?」



「は?今から?」



 キョロキョロ視線を泳がせて、何か意味深なことでもあったのだろう。恵茉は隠し事が苦手だということはこの3ヶ月間で理解したから察せないことも無い。噂が一人歩きするぐらいの美少女と狼狽えさせた下駄箱。この時点で十分すぎるぐらい分かることはあるが指摘なんてしない。



「そうなんです。これは、なんというか、その……」



「ふぅん、まぁいいや。じゃぁ先帰るわ」



 気になると言えば気になるけれど、詰めるほどの仲ではないことは俺が良く知っている。恵茉は何故かシュンとした表情で下を向いていた。



「恵茉が誘っておいて大変申し訳ありませんが、今日の所はこれで」



 軽く手を上げて、この場から立ち去ってあげようと俺も下駄箱を開いた。



 あとは少し汚れたスニーカーを手に取って颯爽と帰るだけのはずだった、のだが。



 「え」



 人間は驚くと意識せずに声が出るらしい。



 中には今朝入っていなかった小さな手紙が靴の上に乗っている。薄く黄緑がかった封筒で、宛名は見ることはできなかったが、多分、果たし状では無いと思われる。



 きっと、これはラブレターだろう。


 今度は俺の情けない声に耳ざとく恵茉が反応した。



「……何かありましたか?」



「……いや別に」



 少しだけ考えて絞り出すように答えた。別に、コレが、なにかって訳じゃないのに。



「靴、取らないんですか?」



 意地悪く感じるのは俺が気にしているだけなのだろうか。



「んだよ、用事があるんだろ?恵茉もさっさと向かえばいいだろ」



「高瀬君が先にどっか行ってください、それとも、なんですか?恵茉がここに居ると何かまずいことでもあるんですか?」



「ねーよ」



「ならいいじゃないですか。バイバイ、また明日です」



 こうなった恵茉はきっと梃子でも動かせないだろう。しょうがなく、というか、当たり前だけど俺の負けを受け入れて、俺を困らせた小さな手紙を手に取った。



「じゃぁな」



 そのままスニーカーを投げ捨てると、いそいそと履いて帰ろうとする。



 その俺の態度にさっきまで帰らせたがっていた当の本人が制止するという不思議な状況が出来上がった。



「ちょっ、ちょっと待ってください、それ、なんですか」



 まっすぐに俺の手に持った手紙の類を指差した。



「関係ねーだろ」



「いやいやいやいや、関係大ありですよ、え?蓼食う虫さんもグルメであってほしいですよ。さすがにこんな、え?は?いやだって……。ちょっとまってください思考を整理しますから……」



 訳が分からないのは俺も恵茉も一緒みたいだが、分かりやすくテンパっている恵茉を見て冷静になってしまう。



「帰るわ」



「待ってくださいよ。何言ってるんですか。意味わかんないですって!だって恵茉でさえ、恵茉でさえそんなことしてないんですけど……。というか恵茉以外から、えぇと、コレは違います。その、貰うような相手に心当たりがあるんですか?ないハズですよ、あっちゃいけないですから……あれ?……高瀬君ちょっと嬉しそうですね……」



「は?いや、そんなことねーから!」



 言葉がぐちゃぐちゃになる恵茉を見て笑っていたが、そう受け取ってはくれないらしい。でも嬉しいのはきっと間違いないのかもしれないから余計にたちが悪いだろう。



「いや、かなり嬉しそうです。見損ないましたよ。尖ってるみたいな格好しておいて腹の底じゃ高瀬君もただの男子高校生ってことですね。恥ずかしくないんですか?というか心当たりはあるんですか?もっといえばそもそもそれは本当にラブレターなんですか?どうなんですか?」



 つらつらと言葉を並べる恵茉につい余計な一言を出してしまう。



「嫉妬?」



 普通ならこんなこと言わないはずなのに、もしかしたら俺の気分は手紙一枚でだいぶ上がっていたのかもしれない。



 恵茉は顔を真っ赤にしてさっきよりもワントーン大きな声で喚きだす。もしかしたらHR中の教室まで聞こえるんじゃないかってぐらいの声量。



「はぁあああああー?!意味わかんないんですけど!なんで恵茉が嫉妬するんですか?それ本気で言ってるなら神経を疑うんですけど!?撤回です、撤回を要求するんですけど!?」



「分かってるって。冗談だって。ごめん」



 ヒートアップした恵茉と口論する気はさらさらないからすぐに謝ってしまう。



「……別に良いんですけど」



 今度はムスッとし始めた恵茉に若干の申し訳なさを覚えたが、とりあえず手紙を読み始める。多分、口角が緩んでいたはずだけど、徐々にそれは消えて行ったであろう。



 ざっと読んで理解が追い付かない。封筒を裏返す。宛名が見えなかった、と思ったが単純にこの手紙には宛名も差出人も書いていない。




 何故かそっぽを向いている恵茉が視界の端に映ったせいで一旦考えるのを打ち切った。



「……これ」



 中身のわら半紙を恵茉に手渡す。



「良いんですか?」



「別に問題なさそうだから」



 俺の答えに首を傾げた恵茉が受け取って読み始める。その間に読んだ文章をもう一度心のうちで反芻していた。



 中身はいたってシンプルなラブレター。きっとグーグルで『ラブレター 書き方』で検索したら出てくるような感情のこもっていない文章。そして何よりも、手書きの文字であるにかかわらず原本ではないということ。何故か一度書いた手紙をコピーして印刷したものをしたためているのだろう。封筒は可愛い洒落たモノなのに中身は便箋ですらない。



 顔を上げると読み切った恵茉が丁寧に折りたたんで返してくれた。情緒がグルグル回りに回って、今は難しい顔をしている。



「確かに、コレはちょっとラブレターだとは言い難いかもですね……」



「だよな、期待して損した」



「やっぱり期待してたんじゃないですか」



 下手な擬音が付きそうなぐらい頬を膨らませる。



「それは……」



「まぁ別に良いんですけど!」



 結局、いつものテンションの恵茉に戻ったみたいでこれ以上は何もないだろう。



「無駄に時間だけとられたし、帰るわ」



「いや、待ってください」



 けれどこの不可解な現象を楽しむ女の子に俺は心当たりがある。彼女は俺の顔を真っすぐにのぞき込んで小さく言い切った。その言葉は俺がもしかしたら高校生活で聞きなじんでしまうほどのワンフレーズかもしれない。



「ミステリです」



 恵茉の手には俺と全く同じ手紙が握られていた。






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