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新生 学校の怪談  作者: 周防まひろ
第二章 侵蝕ノ刻
31/58

翳りゆく校舎の中で


    1


 亘は、翔のアパートがあった駐車場にいた。未来に電話をすると、この場所を教えてくれたのだが、どうやら当てが外れたようだ。

 彼は一体どこへ来たのだろう?

 時間は五時半になろうとしている。里親と交わした門限の六時が迫りつつある。彼は今までちゃんと家の決まりを忠実に守ってきた。二人に負担をかけないように、なるべく学校での波風を家に持ち込まないように努めていた。

 しかし、翔の事も気がかりで仕方なかった。自分のふがいなさを叱ってくれた彼は、同年代なのに心強く、とても安心できる友人である。彼をほって家に帰るのは間違っている。だからといって、このままでは里親に心配させてしまう。

 困ったな……。

 まさか、何処かへいなくなるなんてことは……なんて嫌な予感がよぎってしまうのを、何度も否定するしかなかった。

「おい、君?」

 亘に話しかける人がいた。駐車場でさっきから自動販売機の横にある空き缶のゴミ袋を交換しているおじさんだった。

「誰か待ってるのかい?」

「あ、はい。そうです」

「最近、ここにアパートがあったのを知っている子が来たよ。なんだか、よくわからない子でさ」

「黒澤くんだ……」

「黒澤さんの子供を知ってんだね? もしかして、坊やはあの子らの知り合いか。それなら、ちょうどいいんだが」

「友人です」

 おじさんは近くのトラックから何かを持ってきた。それは一通の封筒だった。

「この間、変な女の子と少年がここへ来てね。あの親子の知り合いみたいだったんだけど、こいつを渡しそこねたんだ。もしも、あの子に出会ったら、これを渡しといてくれないかい」

「おじさん、黒澤くんを知ってんですか?」

「いや、俺の死んだ親父がアパートをやっていた時に、親子が住んでたんだよ。母親と息子で、父親は消防士か何をしてたらしいけど、火事で死んだらしくて。その息子も行方不明になったんだよ。母親は半狂乱のように息子を探してさ、そのうち、道を歩く人に手当り次第聴いたりさ。それで過労で倒れてそのまま。親父もずっとそれを気にしてたんだ」

「この手紙は、その母親のですか?」

「ああ、アパートを取り壊す際に、部屋を整理してたら、それが見つかったんだよ。俺の親父がな、ずっと預かってたらしいんだ。いつか、この子供が帰ってくるんじゃないか、その時にこれを渡してやりたいって」

 手紙の便箋には、『翔へ』とだけ書かれていた。震えるような字体だった。これを書いた翔の母親は、普通の状態ではな買ったのかもしれない。

「この間、ここへ来たのが女の子と、髪の長い男の子は、消えた子の親戚だと思うんだよ。記憶で覚えていることクリソツだからね。俺だって、いつまでも、ここの管理ができるかどうか、分からないし。な、渡しておいてくれよ」

「はい」

 おじさんのトラックが走り去った後、亘はどうしても気になり、悪いと思いながらも手紙を出してみた。ずっと封筒に入っていたため、今日書かれたように白い便箋には、数枚にかけて切実な内容が書かれていた。


 翔、お帰りなさい。あなたがこれを読んでいてくれたら、お母さんはそれだけで満足です。あなたが家に帰ってきた証なのだから。

 あなたがどこへ行っていたのかはもうでもいい。家に帰ってきてくれただけで、お母さんは嬉しいです。お帰りなさい、翔。

 今にして思えば、あなたが怒ったのも無理はありませんね。お父さんが亡くなってから、あなたには苦労ばかりかけていましたね。学校でも大変だったのでしょ? でも、あなたは学校で何があっても、弱音を吐きませんでした。お母さんはつい、あなたの強さに甘えていたのかもしれません。本当は、母親である私が、あなたの苦しみに気づいて、支えるべきだった。私は母親失格です。だから、あなたに手を上げる資格も、私にはなかったはずなのです。

 だけど、これだけは分かってほしいのです。あなたのお父さんは、仕事で命を落としたとしても、私達のそばにいてくれているのです。あの人の死は、私やあなたを苦しませましたが、決して無意味ではありません。あの人は自分の命に変えて、人の命を救ったのです。あの人が殉職した火事では、小さな女の子が助かりました。あの人の死は無意味ではないのです。これだけは分かってほしい。お父さんは、今もあなたを見守っていると。

 

 亘はそれ以上読むのをやめた。胸が張り裂けるほどの思いに耐えられなかった。これを翔に渡さないといけない。絶対に渡してあげないといけないと思った。

 彼のいそうな場所を考えてみた。最初に浮かんだのは学校だった。だが、一人で行くには危ないのに行くかどうかも分からない。自分と同じ名前の妖怪もいるし。それでも、亘の足は一応、正門の前まで向かっていた。外から確かめるだけなら大丈夫だろうと思った。


    2


 土曜日の夕方は暁が運動場に差し込んで赤く染め上げている。そこに誰かが立っていた。最初は翔かと思ったか、スカートを履いているし、頭の茶髪には見覚えがあった。

「雛ちゃん?」

 ツカツカと近寄ってきた。また殴られると頭を隠したが、雛は正門の前で立ち止まった。起こっているような感じはしない。

「ちゃん付けしないでよ、亘。それより探し物があるから手伝ってよ」

「うん」

 何かがおかしい。いつもなら、人をブタ呼ばわりするなり、殴りかかってくるはずなのに。語調が柔らかい。亘も内心それを期待していたのだけれど、妙に引っかかるものがあった。でも、いつもの雛の姿をしている。違和感の正体は、彼女の足元にあるのに気づいて、亘は後ろに下がった。

「どうしたの? 早くこっちに来てよ」

「引っかからないよ」

「何を言ってんのよ、亘?」

「影がないじゃないか。影のない人間はこの世にいないよ。もし、本物の雛ちゃんなら、正門の外に出てみて僕をぶってみて」

 雛はふふふと低く笑うと、「見かけによらず利口だな、篠田亘」と口の隙間から乱杭歯を覗かせた。

「バレバレだよ。ねえ、どうして、君は僕らや黒澤くんに付きまとうの」

「飛び回るハエを叩き落としたいのは、人間と同じだからさ」

「僕らはハエ?」

「いいや。特上の餌だ。最後は恐怖に染めて、一人残らず喰ってやるさ。こうやってな」

 口が大きくがま口のように開いて、ひなの頭が後ろに下がった。そこから手が飛び出して、黒い学生服を来た小柄な少年が出てきた。頭がやたらに大きく、緑色の腐食した肌に赤い瞳が血走っている。鼻は抉られたように陥没し、反対に口元が耳まで伸びている。耳は上に向かって伸びる悪魔耳だった。その様は、抜け殻から脱皮する蛇を想起させた。

「オレが恐ろしい存在だと思うだろ。だが、それは人間の勝手な思い込みだ」

「思い込み?」

「人間は、自分達を食物連鎖の頂点にいると思い込んでいる。だが、考えてみろ。お前達よりも強い獣もいるじゃないか。ライオンやクマだ。あいつらが檻の中にいるから二番手に甘んじているが、もしも檻の外にいたら、果たして無事でいられるかね」

「君は檻の中の獣なの?」

「今のところはな」

 ワタルはケケケと不気味な笑いを漏らした。

「ところで、交渉しないか。お前だけでも命を助けてやる」

 嘘に決まっている。亘は無視して歩き出す。しかし、行く先々で塀の上にあいつがいる。

「黒澤を信じているなら、甘い夢は捨てた方がいい。奴は昔とは違う。大人の汚れた心が混じっている。いや、昔からそうだ。オレを倒すためにオレが狙いを付けた奴をわざと泳がしたりもした。近いうちにお前たちを裏切って、どこかへ消えるかもしれないぜ」

「黒澤くんはそんな事をしない」

「万が一いなくなれば、お前達には一切の手立てがなくなる。オレを封印する方法も知らないだろう。あの小賢しい呪いの本もどこにもない。お前達は卒業式の日までビクビクしながら暮らす羽目になる」

「そうはならないよ」

「家の中に閉じこもったらいいだろうな。だが、お前はそうはいくまい。里親が心配する」

 亘の歩みが止まった。そこまで考えていなかった。途端に雑踏に消えた翔を初めて疑う。探し物を取りに行ったのはただの口実で、本当は消えるために……。心臓の鼓動が徐々にたかなるのを感じて、彼は胸を抑えた。久しぶりの発作だった。

「ケッケッケ」

「何がおかしいの?」

「もしも、奴が逃げたら、お前は二度も見捨てられた事になるな。一度目は両親、二度目は親友だと思っていた奴に。つくづく、不運なガキだぜ、まったく」

「……うるさい」

 聞くな。コイツの話に耳を傾けてはいけない。亘は自分に言い聞かせる。こちらを挑発しようとしている。こいつが学校にいる生徒の心や記憶を読み取れるのは、翔から聞かされている。当然、自分の過去も知らないはずがない。

 自分は学校の外にいるのだ。コイツに襲われるわけがない。

 亘は来た道を引き返して正門の前に戻ってきた。胴をバネのように伸ばして、あいつが待っている。

「ここに黒澤翔はいない。お前だけだ。誰も助けには来ない」

「安心してよ。お守りは持ってるし、今日は学校に入るつもりはないから。君は学校の外には出られない。何か悪いことをした罰なんだろうね」

 そう言うとお守りをかざしてやると、あいつは顔をしかめた。

「オレはライオンさ。檻の中に一歩でも入ったら、すぐに食い殺してやる。だが、お前はは特別に見逃してやるんだ」

「聞いてないよ」

亘は両耳をパタパタ叩きながら声を出してごましてみたが、あいつの声だけは、はっきりと入ってきた。

「オレをライオンと言ったな。だがな、ライオンは檻の中ばかりいるとは限らないぜ」

 あいつは大きな笑みを浮かべた時だった。亘の前にあった地面に、誰かの影法師が差し込んだ。人の気配を感じて振り返る前に、背中を強く押された。亘はバランスを崩して、正門の内側に倒れこんだ。その際、手に持っていたお守りを落としてしまった。

 一体誰が……? 亘は振り返った。夕日が逆光になって分かりにくかったが、痩せた長身にメガネをかけた陰気な顔が無表情でこちらを冷たく突き放していた。

「佐奈田先生?」

 一組の担任、佐奈田清。雛をいじめて何か嫌なことをしようとしていた教師だ。心の底で怒りが沸き立つ直前、頭上から冷酷な声が響いた。

「ここは檻の中だぞ、篠田亘」

 校舎を背に立つあいつの目が怪しく光り、亘の世界は闇に包まれた。


    3


「それで一体誰がお前を呼んだんだよ」

 慌てて一也を呼び出して、未来は学校の正門前にいた。人の姿はない。

「おい、あれ……」

 一也が指さす方に何かが落ちていた。

「ああ、そんな、うそでしょ……」

 未来は正門の内側に落ちているおまもりを拾った。この街の神社で売っているもので、翔に言われた通りに買ったもので、徹も持っていたはずだ。

 でも、学校に行くなんて一言も聞いていない。そうでなくても、たまたま通りかかって、あいつに捕まったのかもしれない。

「学校の中にいるかもしれない」

「待てよ、未来。それが徹のものとは限らないぞ」

「そうじゃない証拠もないよ。それにあの電話の人は、ワタルのことを知ってた。いたずら電話なんかじゃないよ」

「ぜってー罠だよ」

「分かってる。そんなの、分かってるよ。でも私達にはお守りがあるから」

「俺も持ってるぜ」

 未来は覚悟を決めて校舎へ向かった。あたりを警戒したが、学校が休みだけあって、人の姿はほとんどない。夕焼けが校舎の壁面を赤く染め上げている。

 二人が下駄箱に入った途端、正門が勝手に閉まるのが見えた。

「とりあえずさ、徹の教室に行ったほうがいいな」

 一也が下駄箱から自分の上履きを取ろうとした時だった。ネチャッと音と共に、手の先がゼリー状の何に触れた。

「キャッ!」

 未来が叫んだ。一也もその理由を知り、思わず手を引っ込めた。

 下駄箱の中に小さな玉がたくさん詰め込まれていた。床にこぼれ落ちるそれらの正体が、二人を睨みつける。

 それらは生き物の目玉だった。下駄箱から覗く無数の目が細まり、訪問者たちを迎える。すると、急に一気呵成に破裂し始めた。緑色の粘膜が飛び散り、二人は悲鳴を上げて。下駄箱から逃げ出した。

「何なんだよ、あれは!」

「わたしが知りたいよ!」

 職員室の前を駆ける二人を、「コラッ!」と誰かが怒鳴るのが聞こえた。

「誰?」

 職員室のドアも開かない。誰もいないのか、隠れているのか?

「廊下を走るな」

 また、声がした。

「なんかすごく嫌な予感がするんですけど」

 一也が言いながら、壁に貼られたポスターを指差した。いつもはなかったはずのそれには、口の形をした絵だった。ギザギザの歯が並び、口の奥には血走った目が描かれている。低学年の落書きだろう。

「早く行こうぜ」

「うん」

 一年生の教室は、裏校舎の二階にあるはずだ。そこに弟がいるかもしれない。二人が駆け出しかけた時だった。

「廊下を走るなぁッ!」

 怒鳴り声が廊下に響いた。壁や天井、窓ガラスが一斉が揺れる。

「ああ、なんかやばくなって来たな」

「やなこと言わないで」

未来が後ろを振り向いた時だった。下駄箱へ通じる角から、何かが溢れ出てきた。赤い血の濁流が押し寄せてくる。

「何アレ?」

「そんなの言ってる場合じゃねえぞ、逃げるぞ!」

 一也に手を掴まれて、彼女は必死に走った。

 天井まで届く血の洪水がドドドッと濁音を立てながら二人のいる廊下に殺到した。

 二階への階段まであと少しだった。先に着いた一也が上りかけた時、あとに続く未来が寸前で足を滑らせた。上履きを履いていなかったせいだった。

 直後、赤い濁流が未来に向かって殺到した。

「キャッ!」

「未来、掴まれ」

 一也の伸ばした手に掴まる未来。しかし、洪水が押し流そうとする。一也は片方を手すりにつかまり、未来を支えていたが、片手では力が入らない。水かさがどんどん増えていく。口の中に水が入り鉄臭い味がして、未来は浮き上がっている足をなんとか床につかそうとした瞬間、一也の声を聞いた。

「もう無理……限界」

「一也、わたしを放して」

「そんなのできっかよ!」

「でも、このままじゃ二人共――」

「お前を助けない俺なんか、お前を好きになれるわけねえだろ!」

 一也が吠えた。そして、片方の力で、未来を手すり近くまで持ち上げた。未来はすかさず掴んで彼の負担をゼロにした。

「上がろう」

 手すりに足をかけて、一段高く上がると濁流の力が弱まった。もう一段上がり、踊り場に降り立った。

 一階の廊下の天井まで血の洪水が満たした。流れが止まったようだ。

「ありがとう、カズ」

「いいってことよ」

「ところでさ、さっきの告ったの?」

「え、俺なんか言ったか?」

「知らないならいいよ。聞かなかったことにするから」

「待った。言ったよ、言った」

「そうなんだ」

「ああ」

 気まずい空気に耐え切れずにいると、未来は吹き出した。

「カズの顔面白いね。さあ、二階へ行こう」

 一也はもうひと押しいうとしたところを止められ、肩をすくめると彼女の後に続いて階段を進んだ。

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